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不可能世界と黄昏商  作者: ざらめ
第一章 醜い王子はもう泣かない
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第7話 秘密を賭して守るべきもの

自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。


魔法使い

①…魔法を使う人間の総称。大きな帽子とローブがトレードマーク。魔法は特定の土地、血筋、才能を持ち合わせていないと使うことはできないため、万人がなれるわけではない。

②…不思議な力で人々を楽しませる人間を、敬意を払ってこう呼ぶことがある。人の笑顔を願う者なら、誰でもなれる。(大界大大辞典)



―――

―分からない。

彼らがなぜ“夢爆弾”のレシピを知っていたのかが分からない。

先日、紫髪の女は僕に“夢爆弾”のレシピを教えてといったんだ。魔法草と少しの魔力で完成する、強力な安眠ガス。魔力が込められているだけあって、“酒断酒”よりも強力で即効性のあるものだ。仮に知っていて僕に聞いていたとしたら、何の目的が?―

―解らない。

シェイルくんを攫った理由が解らない。

僕目当てなら僕を攫えばいい。命を狙うならそこで殺せばよかった。無抵抗な相手に無数の選択肢。なのになぜ無駄足を踏んだんだ?ひょっとしてシェイルくん目当てか?僕の知らない秘密が?―

―判らない。

シェイルくんが攫われた場所が判らない。

“夢爆弾”は効力こそ絶大だが、持続時間は長くはない。僕が起きたのはシャンデが言うに2時間後。今はすっかり夜だ。都から出るのは容易かもしれないが、都の外は迷いの森。夜に出歩くのはあまりにも危険が伴う。じゃあ空を飛べる魔法使いがいるのか?もしくは隠されたアジトが?―

―わからないわからないわからないわからない―


「ユラ!」

「…!」

「一旦落ち着きな」


ハッとした。ユラは夜の森の中で座り込み、下を向いて目を泳がせ、大きな疑問と対峙していた。しかし草むらに答えが書かれているわけでもなく、木が囁いてくれるわけでもない。謎が謎の足を引っ張る蟻地獄に陥っていたところを、シャンデリアが救ってくれた。


「ユラ。アタシ今から少し説教おばさんになるよ。」


シャンデリアはいつもの笑顔とは違う表情で、ユラに話す。


「アンタは強い。頭も切れるし、その思いついたアイデアを実行する力も持ってる。でもね、アンタは大抵うまくいくがゆえに、最悪を想定しない。最高しか考えないから、リスクが指の隙間から零れ落ちていくの。危機管理能力の欠如、というより、意図的に目を背けてる。だから前を見て。目に良くない真実と、絶望的未来をかき分けて、答えをつかむのよ」


ユラの想定したがらない、「最悪の結末」。持ち前の器用さと柔軟さの賜物であり、副作用でもあった。しかし、

新入りの約束が、そのセオリーを壊した。

ユラは、約束があまり好きではなかった。未来には確証がないし、約束によって見えない縛りが生まれて、言いようのない不自由に苛まれると知っていたからだ。

だがそれでも、約束をした意味。


「それだけ、魅力的で、大事ってことなんだろうね。へへ。まだ出会ってこれっぽっちなのにさ」


危機的状況に、ユラは先ほどまで見せなかった笑顔を見せた。

草木がゆるやかに、風に揺れる。


「ありがとうシャンデ。答えが見つかりそうだ」

「あんら。いいってことよ」


夜でもわかる白い歯を見せ、シャンデリアは鼻を鳴らした。

―最悪に目を向けろ。

なぜ“夢爆弾”のレシピを知っていた?なぜシェイルを誘拐した?どこに連れて行った?

想像しうる最悪に、無理やり目を向けるなら答えは一つ。これならすべてがつながる。―


「…いやがらせ、報復か」


生産性のない事象には感情が絡む。

商売をやっているユラはよく理解していた。付加価値が一番読めない相場であること。人ならなおのことだ。

ユラに嫌がらせをするために、シェイルをさらう。なんとも非合理な合理的思考。


「でも心当たりなんて、、、あるなあ…」


敵対してきそうな人間はよくよく考えればたくさんいる。旅の先々で怨恨を残すとは、恥のようにかき捨てられないものだなとユラは頭を抱える。

―まあしかし、そんなこといくら考えていてもしょうがない。会ったらわかるだろう。

今は、シェイルがどこにいるかだ。―


「彼はアタシが思うにアンタに似ているわね。頭がよく回る子だ。もしかしたら何か、行き先の証拠を残しているかもしれないわ」


シャンデリアはふとシェイルの置いていっていたバッグに目をやる。

―魔法草がたくさん詰まっているバッグ。あの瞬間まで背負ってたのにそこに置いてあるということは―


「バッグを置いてく余裕があった?」

「あんら、私も今同じこと考えてたよ」


シャンデリアは草に覆われたバッグに近づく。


「意図的におろしたってことは、中身に用があったのかしら?」


ユラも近づき、バッグに目をやると、留め具が外れていた。袋に小分けされている魔法草の口が、1つ、空いている。袋の香りを嗅ぐ。


「子犬の鼻みたいな匂い…あ、なるほど…くふふ、あははは!!」

「ええどうしたのユラ!」


突然笑い出すユラ。暗い森は笑い声を包んで隠す。シャンデリアはなにか笑いを誘発させる魔法草の胞子やらを吸い込んだのではと慌てる。

それをユラは手のひらで制止し、シャンデリアに目線を送る。


「“シロネコダケ”だ。眠気覚ましや気付けによく使われるキノコ。僕が夢爆弾と言ったのを聞いて咄嗟にこれを取り出してかじったんだ。そして、意識があるうちに“シロネコダケ”を服に忍ばせた。何故かわかるかい?助手君よ」

「助手…?んまあ乗ってあげましょう。そうですねえ 、、、あ!“胞熱反応”ですか!」

「その通りだ助手君!」


急いたところで仕方がない。かと言って開き直りすぎな気がするが、2人は探偵ごっこを始める。


「“シロネコダケ”は“クロネコダケ”とめっぽう相性が悪い。互いの胞子が近づくと高温の熱が生まれる。森の火事の元になったりすることで有名だね。この珍しい反応を“胞熱反応”という。もしかしたら、シェイルくんの運ばれ方によっては、“シロネコダケ”の胞子が道に落ちていっているかもしれない。ということは、ここら辺に“クロネコダケ”を近づければ…」


袋から取り出した“クロネコダケ”を事件現場周辺に近づける。


「…シェイルくんは天才だ」


森の入口側。一見何の変哲もない草むらが、一瞬熱を発した。その少し先も、その先も、その先も!


「急ごう、探偵さん!」


―犯人は、この先にいる。きっと。ー

2人は、燃える足跡を追いかけた。

解決編は近い。


―――

暗く湿った場所。

不揃いな水滴のリズム。冷えた空気。ほのかな人工の光と鼻をつんざく薬品の匂い。広さも深さも読めない空間で、シェイルは手術台のようなものに縛られていた。

拘束はきつくないが解けそうには無い。少し前までは脱出を試みていたが、体力の無駄だと悟り早々にやめた。


―ま、こんなことしなくても、退屈はしなさそうだな。―


カツンカツン。

かかとの細い靴の音。

尖った指先は何かを転がしながらこちらへ近づく。

怪しい集団、「毒喰皿(ベノムカルト)」の長、べノと名乗るその女は、シェイルの前に何度目かの登場をはたした。


「なんだか余裕そうだな。自分が今置かれている状況、理解できるわけもないが、分からないんだろう?今から私が何をするのかも」

「うん、わからないよ。でもあなたが前言ったことを聞いて安心してるだけだ。」

「?」


緑色の目をした女は首を傾げる。


「“ゆっくりゆっくり殺す”と言っただろう。まあこういった時点で予定変更されちゃ意味無いけど、もしそれがあんたにとって必要な手段なら、そうせざるを得ないんだ。私が苦しんでる間に、

ユラさんは俺を助けにくる」

「はっ。すげえ信頼だな。一体何を根拠にここの辿り着けると言っているのか」


ゆるい拘束とはいえ、体重がかかれば拘束部分が痛む。すでにシェイルの両腕は青くなり始めていた。

しかし、すました顔は取り乱さない。


「まあいい。何を言おうが今のお前は檻の中の動物よ。宣言通り、計画のため、ゆっくりゆっくり殺すとしよう」


ぐいと、べノがシェイルに近づく。少年の顔を見ながらゆっくり舌なめずりをした後、

ベノは突然、シェイルの口に指を突っ込んだ。


「この丸薬はな、魔法の込められた神経毒だ。

噛み潰した瞬間まずは脳が犯され次に手足の指先に耐え難い激痛が走るその痛みがじっくりじっくり心臓まで近づいて最後には絶命気絶するほど痛いが脳が最初に覚醒させられてるから気を失うことは出来ない時間にして3時間早く殺して欲しいとお前は懇願することになるだろう」


丸薬は大きめのキャンディ程だった。奥歯に挟まれたそれには即席の死が込められている。シェイルの口の中をじっと見つめながら、ベノはありありと執行内容を語った。


「もし、ユラの手の内、弱点を教えてくれるのであれば、刑はもう少し後に回そう。内容によっては命だけは助けてやらんこともない。さあえらb


ガリッ。


何かが粉々になる。

それは丸薬と、

べノの指先が砕ける音だった。

シェイルは話を聞き終わる前に、自由だったその歯で答えを示した。


「…っつ!」


流石のべノもこれには驚き、後ろ飛びをして臨戦態勢になる。丸薬の中身はほろほろとほとけていく。


「何か勘違いをしてないか?ユラさんは絶対に来る。これは揺るぎない事実だ。だから私は、刑がいつ執行されようと構わない。

こんなのただのキャンディだ。

まあ、最後の晩餐にしちゃ味が悪いけど」


シェイルの口の中は、丸薬の中身と血で最悪の味になっていた。確かに、最後のセリフは悪態が過ぎたかもしれないが、強がりでは決してなかった。

自分の命より、2人の矜恃を優先したのだ。

商人として、旅人としての矜恃を。


―こいつ、ただの付き添いの少年だと思って連れてきたがとんだ大ハズレだったかもしれない。いかれたやつの部下は、いかれてるんだ。

久しく感じる、焦り。本能が冷や汗をかく。

しかし、やることは変わらない。教団の教義に従うだけだ。―


――毒を喰らわば皿まで――


「せいぜい強がるといい。いつ命乞いをしてくるか、楽しみだよ」


それだけ言い残して、ベノはまた先の知れぬ暗闇に身を投じた。



―――

「ビンゴ」


そういうふたりの先には、見慣れた大木。

見慣れない点はその足元。“クロネコダケ”を辿って見つけたのは、人1人通れる程度の小さな穴だった。


「間違いないだろうね」

「そうね。あまり遠くへ行ってはいなかったわね。確かにここなら、簡単には見つからないわ」


シャンデリアは袖から取り出した魔法の杖で発光魔法を使い穴の中を照らす。中は思ったより大きな空洞になっている。ひと通りみた限り、中には誰もいないようだ。


「シャンデはちゃんと魔法使いだね」

「ちゃんとじゃない魔法使いなんているの?」

「そりゃあいるさ」


そう言ってユラは穴の中へと入っていった。シャンデも後を追う。


中は湿気が多かった。木の根がそこら中に張り巡らされており、お世辞にも居心地がいいとは言えない。

少し歩いたところに扉があった。頑丈そうな木製の扉は鍵もかかっておらず、錆びた茶色のドアノブを回すと嫌な音をたてながら開いた。


次も同じような空間、だったが少し勝手が違う。


「どうやら僕程名の通る名探偵となると、丁重なお出迎えをしてくれるようだね」


蝋燭で明かりの強く灯された空間には、べノの手下であろうローブの魔法使いが数人いた。奥にはまた木製の扉。


「あんら、そうみたいね。モテモテって羨ましいわあ。ここはアタシに任せなさいな!」


魔法使いの帽子を深く被り、シャンデリアは扉を指さす。

もちろん行く手を阻まない訳もなく、手下たちは各々毒々しい魔法を手の中で錬成し、臨戦態勢に。

シャンデリアは帽子のつばを左手で持ち、右手で杖を持ち、凛々しく立ちこう言った。


「アタシはシャンデリア。もちろん本名じゃないわ。

なぜこんなに眩しくて煌びやかな名前にしているのか、知りたい?知りたい?知りたいわよね!

それはね、

アタシの魔法があまりにも曇ってて、やーになっちゃうからよ」


杖の先から飛び出し、空間を瞬く間に埋めたのは、大量の()

シャンデリアは、誰よりもキラキラした、

煙の魔法使いだった。


「感謝する!」


ユラは、扉めがけず、走る。

直行ではルートがバレてしまう。

魔法攻撃の間を縫って、回り道で扉にたどり着く。今度は、扉に鍵がかかっていた。

がちゃがちゃとドアノブを回す音に気づいた手下は、ユラの方に向かって走る。それに気づかないシャンデリアではない。


「読め読めよォ!」


ユラは咄嗟に扉から離れる。シャンデリア渾身の飛び蹴り。見事手下に直撃。勢いそのまま木製の扉も巻き込まれ………



―――

―激痛。

べノの言ったことは半分脅しだと思っていたが、眉唾ではなかったようだ。指先に大量にまち針を刺されたような気分だ。それがどんどん指の付け根、手首と這い上がってくる。

気が狂うほど痛い。なにか別のことを考えて気を紛らわそうにも痛みが全て塗り替えてくる。悲鳴をあげようにも気管支が上手く機能しない。神経毒というのはこれほどまでに恐ろしいものなのか。

全身がえぐれそうなほど痛いのが、もう1時間と30分ほど続いただろうか。気絶はできない。辛い、痛い、辛い、痛い、辛い、痛い。

それでも、彼はきっとくる。

おそらく、いつもの如く、どこか余裕のある顔で。―


どん!!!

がらがらがら。


―ほらね。―


「いやーこりゃ全治3ヶ月はくだらないね。全くシャンデは繊細な魔法使いの癖に肉体派なとこがあるね」


煙たい扉の向こうから出てきたのは、シェイルの予想通りの顔のユラだった。


「って、シェイルくん!大丈夫か!!」


表情のパネルをひっくり返したように、ユラは動揺してシェイルの身を案じる。


「よくわかったな。この場所が」

「シェイルくんを返せ」


今までシェイルの見たことの無いような鋭い目付きで、そう言った。

まるで相手を呪うような言い方だった。


「まあ待てよ。取り返したところで彼に飲ませた毒は複雑だからあなたには取り除けない。だから、こうしよう。あなたが私たちの目的を当てたら、この解毒剤を渡そう」


そういってベノはポケットから丸薬を取り出した。指先でつまんでちらつかせ、答えを仰ぐ。

横の暗闇から無数の人影。先程の部屋とは比べ物にならないほどの手下が、ここにはいた。


「顔をよくみたって思い出せないな。一応聞いておくが、人違いでは無いのか?」


煽りでもなんでもないその言葉が、べノの琴線に触れ、たちまち彼女は激昂した。


「んなわけねえだろ!てめえがやったんだ!!さあ思い出せ!さもねえと激痛の中、こいつが死んでいくぞ!見殺しにするつもりか!」


ユラは、混乱する。最悪の想定。ここでもそれが大事なのだろうが、心拍数の高まる緊張の中、冷静な判断ができるわけが無い。

また、ユラは想定の沼に陥ってしまった。


―ユラさん。―


死すら厭わないシェイルが気に病んだのは、

この後のユラこと。


―べノの手下は大量にいる。シャンデリアも奥の部屋で苦戦しているようだ。

魔法草はそのままじゃ使えないものがほとんど。おそらくユラさんの手の内は、ほぼ手ぶら。

奇手を使ってもどっちみちこの狭い空間じゃ、多勢に無勢で負けてしまう。

そう。奥の手がなければ。

ユラさんは私を見殺しにしたと言っていた。見殺しにする、というのは助ける力があるのに助けないと言うことだ。何らかの理由でセーブしている力があって、もしそれが使えるなら…―


シェイルはたまに見るユラの優柔不断の原因をつかみ始めていた。そしてそれを取り除くには、

自分の言葉が必要であるということも。


残り少ない体力をふりしぼり、


シェイルはユラにこう言った。




「ユラ、さん、助け、て」




…!


そうだ、

僕が守るんだ。

もう二度と、見殺しになんてしない。



キーーーーーーーン。


刹那。

無数の部下は、

透明の中に、

閉じ込められた。

ぴきぴきと氷の軋む音。

冷えた空気。

そびえ立つ氷塊は、自然のものでは無い。

それは、()()()()()()()()()()()()()


「僕の、

秘密を賭して守るべきものが、

またひとつ増えてしまったね」


大きく白い息を吐く商人こそが、その元凶。

シェイルが限界の最中見た事実。


黄昏商のユラは、

紛うことなき、

氷の魔法使いだった。


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