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不可能世界と黄昏商  作者: ざらめ
第一章 醜い王子はもう泣かない
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第5話 ネックレスのように

自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。


迷え。その都は素直に現れてはくれない。森に迷うことこそが、一番の近道なのだ。―『閉本記:14』



―――

「魔法の定義を説明しておくれよ、イルくん」

「嫌がると喜ぶからつっこみませんからね。魔法の定義…何だったかな。もっとも一般的なのは、魔法学校で広く用いられている教科書、『森の導き(タラ・ランタン)』の導入部分にありますね。

“科学では観測できない現象を意図的に起こし、不可能を可能にする魔の法律”でしたかね」

「…聞いといてなんだが、僕もそこまで完璧に覚えてはいなかったよ…君の記憶力には驚かされるね」


未だ雲の上を飛ぶ飛空艇の上で、ユラはシェイルに予習を促していた。しかし相手は優等生。“だったら先生の代わりに授業をしてみろ”という皮肉を本当に成せる生徒なのだ。


「君を本の虫と言うのならまさに有害指定生物だね。図書館を食い尽くしそうだ」

「なんて人聞きの悪い…普通に褒めてくださいよ」

「ははっ。すまないすまない。正直、初等教育しか受けてないとは思えないよ。本を読む、なんてのにはとどまらない、君は学びの才能が大いにあるよ」

「あ、ありがとうございます」


ああは言ったものの、いざ褒められるとたじろいでしまうシェイル。少しだけ顔を赤らめて目をそらす。ユラはにこにこしながらそれを眺めている。なんて平和な青空教室。

こう元気に会話をしてはいるが、あの都を飛び立ってから実に()()()空を飛んでいる。食料はバッグに入っていた分でどうにかなり、夜も交代で番をしていたため不自由はなかったが、彼らが生粋のおしゃべりでなければとっくに疲れ果てていることだろう。風音も苦には感じなくなり、すっかり空を味方につけてしまった。


と、


「お、もうそろそろだね」

「へ?さっきと何も変わらず、目下は雲と森が続いているばかりに見えるのですが」

「んま、僕っちの特殊能力でわかるのさ」

「勘とか言ったらここから落としますよ」

「なんだか物騒だなあシェイルくんよ?さ、ゆっくり降下しようか」


ユラは操縦レバーをゆっくりと前に倒す。二度目の夕陽に光るこめかみ。雲を抜け、高度は段々と下がっていく。すると、そこには、

一面森。


「いややっぱ森ですって!」

「僕を信じなって。頭を低くして!少し危ない着地になるかも!」


どう見たって森、森、森。

360度どの景色を切り取っても同じそこに、ユラは迷いなく突っ込んだ。


ばつばつ!


枝の折れる音。葉の跳ね飛ぶ音。飛空艇は大自然に抵抗し前に進み続ける。必死の抵抗の末、地面に着地したらしい。森でこけた時のようなにおいが鼻をついた。


―森?これって、いつの記憶だ?―


「いやあぴったし!無事付いたね。もう都の中だよ」


ゆっくりと頭を上げるシェイル。眼球を脊髄に任せて泳がす。


「ここが魔法使いのひっそりと住むところ。人呼んで迷った先の秘密の都。緑都サーナだ」


シェイルの両目は左右だけではなく、上下にも泳ぐことになる。

そこには、大木の立ち並ぶ緑の囲まれた人里があった。

大木の大きさは見る者の首を悪くするほどであった。根は都を分け隔てるほどで、枝はまるでそれだけで一つの木のようであった。その枝々からランタンがぶら下がっており、優しい黄色の光を放っている。それが都の緑をより引き立たせ、光の届かない地面を照らしていた。

シェイルが特に驚いたのはその大木の幹だった。ところどころに十字の木枠の窓が見え、そこから光が漏れていた。そう、大木はそこにあるだけではない。人々の暮らしの礎になっているのだ。その大木には“階”もあるようで、上の階で枝から枝へ渡る人も見える。都全体に網目状に張り巡らされた立体の住居。その生活様式にシェイルは心を躍らせた。本で読んだことこそあれど、やはり、百聞は一見に如かずだと思った。


「でっかい…」

「語彙力を失うのも無理はないね。ここにたどり着いた迷う旅人はみんな同じようになるだろうさ。木々の狭間に突然現れる人の営み。この大木より大きな安心感故さ」


ユラとシェイルは二人がかりで飛空艇を路地裏に持っていく。着地したのが偶然人気のないところで助かった。大通りならお咎めものだっただろう。

移動させたのち、ユラはまだ路地裏に用があるらしく、地面に何やら木の棒で大きな魔法陣のようなものを書いていた。シェイルは見た事のない文字と幾何学模様に首をかしげる。


「ユラさん?これって一体…?」

「カトロアに、私は忘れ物をしている。大事な大事な商売道具と馬車さ。それを今から呼び戻す」

「呼び戻す?エセ魔法使いは魔法陣も専門分野ときたか」


ユラは舌打ちをしながら指を振った。そのまま魔法陣から少し離れ、何やらベルのようなものを取り出し、


「魔法とは少し違うんだよ、流石の優等生もこれは、


リンリンと鳴らした。


「知らないかな?」


少しだけそよ風が吹く。瞬間、その奇怪な魔法陣の上に、

見覚えのある馬と馬車が現れた。


「な!」

「ふふーん。科学を凌駕するのは魔法だけではないのだよ」


赤毛の混じった茶色い毛並みの立派な馬。小さな屋根の付いたいろんな香りのする荷台。間違いない。カトロアに置いてきた馬車だ。鼻を鳴らすユラは荷台の商品を確認する。


「よかった。車上荒らしにはあってないみたいだ。置いてっちゃっごめんよ~元気にしてたか?ペガちゃん」

「ペガちゃんっていうんですね…」

「そ。世にも珍しい“閃馬(せんめ)”と呼ばれる馬なんだ」


出発する準備をしながらユラは新出単語の説明をする。


「北の方に生息する馬で、この子たちは冬の寒さの厳しい時期になると気候の穏やかな場所へ瞬間移動するんだ。ある生物学者によると次元の狭間を飛んでいるらしく、人間に懐いた馬なら特定の暗号と合図を感じ取って任意の場所に飛んでくれる。荷物も一緒にね」

「生物学というより物理学っぽいですね」

「そうだね。かなり前、旅の途中で出会った黄昏商がこの馬を売っていてね。一目ぼれして、その時持っていた商品全部を引き換えにその馬を手に入れたんだ。今までで、おそらくこれからもだが、人生で一番大きな買い物だったよ。でもそれだけの価値はあった」


ユラは荷台から馬の餌を少し多めに取り出し、ペガにあげた。


「すごい馬なんですね…でも瞬間移動できるなら、歩いて旅をするなんて閃馬には嫌になったりしないんですかね?」

「…ずっと一緒にいるからわかるけどね、ペガちゃんはね、長い道のりほど気持ちよさそうに歩くんだ。これは学者でも何でもない僕の見解だけどね、

馬だって、旅の途中を楽しむんだよ」


―――

サーナは数ある魔法都市の中で男人禁制の文化が残る都で有名で、魔法学校の先生以外にはこの都に男は存在しない。少し昔までは多くの魔法都市がそうであったが時代が進むにつれ緩和され、今ではサーナのような都市の方が少なくなった。よって男と性別不詳がうろつくのはまずい。

ということで、ユラが持っていた茶色のローブに二人とも着替え、シェイルはフードを少し深めに被った。ユラはいわずもがなで、シェイルは顔が幼いのでどうにかごまかせそうだった。ユラはフードの中の少年をのぞき込んでにこっと笑った。


まずは腹ごしらえと、二人は都の中心部にある大木に向かった。そこは都で一番大きな木の中のレストラン。入ると緑色のエプロンを着たウェイターが対応、満席の階を通り、階段を上り、空席のある五階に案内された。レストランは店の中心が吹き抜けになっており、席から下まで見下ろすことができた。

呼び鈴の音、ブーツを光らせ宙に舞いそこへ向かうウェイター、浮かぶお盆、見た事のない料理。情報量で言えば、シェイルの頭はもうお腹いっぱいになりそうだった。


「ご注文お決まりでしたらそちらのベルでお呼びください~」


そう言ってウェイターはふわりと下に姿を消した。


「シェイルくん、テーブルを指で二回コンコンしてごらん」

「え?こうですか?」


シェイルは人差し指で木製の年季の入った机を叩く。すると叩いた場所から水の波紋のように光が広がり、小さな文字を浮かび上がらせた。


「うわあ!ユラさん!実は知ってました~」

「なあんだよお~つまんないの」

「メニューですよね?本で読んだんですよ~」


ユラはつまらなそうに口を膨らませて文字を読みだした。

メニューは豊富というわけではないが、どれも空っぽの胃を刺激するものばかりだった。


「ミー鶏のハーブ焼」

「茶鯉のズーマ煮(辛味に注意)」

「魔女の特製スープ(日替り)」


―味の想像がつかない。―

迷ったが、シェイルは敢えて聞いたことのない料理を注文した。


「晩御飯でだって冒険はできるんですよ」

「ほーん。僕の前で冒険を語るか。まあ、いい心がけだね。それで、いってなかったことがあるんだが」


少し多めに注文をしたユラは話しを始める。窓の外はもう真っ暗だった。


「やっとこさ黄昏商の本分である商売をこの都でやるよ。カトロアで手に入れた水晶は人里離れたここじゃ高く売れるはずだ。しかし、肝心の店がないと商売ができない。そこで、あまり手を借りたくはないが店を貸してくれる友達を呼んでおいた、できればあ、借りたくはないんだけど」


苦虫を嚙みつぶしたような顔をして、ユラは下の階を覗く。


「そろそろ来ると思うんだけど」

「はあああ~い!あ、連れがいるのよ~大丈夫~さてさてどこかしらん~」

「噂をすれば…」


入り口のベルと同時に、何やらマダムな声が聞こえてきた。ウェイターを押しのけ、吹き抜けを飛び、その人物はこちらへやってくる。


「あんら~久しぶりねえ!ユラちゃん元気してたあ~?あんら、その横の子はどちら様かしら、なんだか男の子のようにみえ…ああ、言わない方がいいかしら!内緒だからフード被ってるのよね!大丈夫よ!おばさん、こう見えても口は堅い方だから!でもお酒とか入れちゃうとだめなのよ~おばさんお酒に弱くってね~口が羽毛のようにかるくなっちゃっ

「ああしゃべり過ぎ!ストップストップ!、え~こちらがさっき紹介した店を貸してくれる商人の

「シャンデリア=モスコミュールで~す!あ、年齢は、トップシークレットよん」


きゃぴーんとポーズをとったのは紛れもない、元気な元気なおばさんだった。黒髪の混じったくせっ毛白髪の長髪で、ローブではなく、ジャストサイズの革製のジャケットを着て、耳には雫の形をしたガラス製のピアスに、これまた年季の入った革製の大きな三角帽子を被っていた。三角帽子はこの都の住人のトレードマークだが、それはひときわ大きなものだった。

おしゃべりがまた口を開く。


「そうだ!ユラちゃんあのお手紙素敵だったわよ~!封蝋は少し失敗してたけど、ユラちゃんのおちゃめだと思うとあれはあれで味があっていいものね!それで、要件はお家を貸してほしいってことだったわよね!もー久しぶりに会えてうれしいから家賃はおおまけにまけてあげるわよん!それにしても来るの早かったわねえ!手紙じゃもう少し後だって言ってたけどね!まあユラちゃんの

「あああ!それくらいにして!」

「ん~?あんら、その子には色々と()()にしてるのかしら?なんとまあ秘密が多いこと~」

「ったく…でも店を貸してくれるのは助かるよ、ありがとう」


シェイルは、ユラがシャンデリアというこのマダムを煙たがる理由がなんとなくわかった。同じおしゃべりとは言えど、おばさんは抽象的に言えば“眩し”かったからだ。夜道のランタンではなく、名前の通りコンサートホールのシャンデリアを思わせた。所謂やりずらさを、シェイルは感じ取っていた。


「シャンデの分はもう頼んであるよ、いつものでいいよね」

「あんら~気が利くのね!それで~この子とはどういう関係なのかしらん?どこで出会って、どんな旅をしたのかしらん?おばさんに聞かせてちょうだいな」


席に座り、頬杖をついて、優しい笑顔でシェイルの方を見た。シェイルは緊張こそしたものの、ユラほどの抵抗は感じなかった。

三人は料理を食べながら、旅と商売の話をたくさんした。シェイルはユラとシャンデリアの関係について深くは聞かなかったが、“いつもの”がわかる程には親密な関係である事は理解した。そして、いつのまにか二人が頼む飲み物は強い酒気を帯びたものになっていた。


「そしたらユラちゃんなんて言ったと思うぅ?『性別なんてネックレスと一緒。その日の気分で変えるもの』って!かっこいいわよねえぇぇほんとぉ!」

「るっさいねえ。どんだけ前の話よ全く」

「で、つまるところどっちなのよぉぉ」

「教えないっての。それもネックレスと一緒さ。“付けないのも選択肢の一つ”ってね」

「ふうぅ!かっくいぃぃ!」


何を見せられているのだろう。と、しらふのシェイルは一人、料理の残りをついばみながら思っていた。結局その日は、出来上がった二人をシェイルがシャンデリアの家まで介抱しながら連れて行った。幸い、酔っぱらう前に家を聞いており、場所も近かったのでなんとかなった。

シェイルも疲れていたので、二人をベッドに寝かせ、自分も横になると、意識はすぐに大木の根に吸い込まれてしまった。



―――

かちゃかちゃ。

せわしく何かを運ぶ音。朝の一日の準備の音。

むくりと起きたシェイルは二階から降りる。そこには、昨日までの泥酔がうそのように、てきぱきと開店の準備をする二人がいた。


「おはようございます」

「お!起きたかい!まだ寝ててもよかったのよ~」

「甘やかしすぎだぞうちの従業員を。んま、身支度が済んだら手伝っておくれよ」


シェイルは軽くシャワーを浴び、お店の服に着替え、店内に戻る。

ぱっと見は、シェイルが通ったミルミスの『うたたね』と同じような、ドアで店の内外が区切られている、少し薄暗い店だった。違うところと言えば、全体的に草木が生い茂っているところだ。大木の切り株を切り抜いてできた店の為、伐採された後も場所を求め体を伸ばしているようだった。人工物になり切れていない内装は、ミルミスの時とは違った不思議さを醸し出していた。


「さ!今日からウチ『ダンスホール』は一時閉店!しばらく『うたたね』としてやっていくわん!」

「ああ、久々の仕事、腕がなるね。さ、開店だ!」


ユラは、ドアの立札をひっくり返しOPENに変えた。


実を言うと、『うたたね』は連日大盛況だった。需要と供給をつぶさに把握しているユラは、この都のかゆい所をうまくついていた。シェイルは呼び込み、ユラは会計周り、シャンデリアは当然のように品出しやシェイルの手伝いをする。仕入れた『ルナダンス』は、三日もせずにほとんどなくなった。


「ふー。『ルナダンス』、もうほとんどないじゃないですか。ユラさん流石ですね!」

「ふふ。まあ運が良かったのもあるのさ。予定通りだとこの都につくのはもっと先の話だったからね。飛空艇のおかげだね」


閉店間際、夕暮れのほとんど客の入らない店内で、三人は一息ついていた。このまま今日はもう閉店か、と、店じまいをし始めた時、


キーッ。


店の入り口のドアが開いた。

ドアベルは、何故か鳴らなかった。

いちはやくそれに気づいたユラとシャンデリアは、少し険しい顔をして入口の方を見る。

そこには、真っ黒のローブを羽織った五、六人の集団が立っていた。

シェイルでも理解できた。


―すごく、怪しい―


集団の一番前に立つ、薄紫の髪に濃い紫の帽子を被った女が口を開いた。


「あのう、」

「いらっしゃい。何を、お探しで?」

「満月を盗む勇気が欲しい」


なんとなくわかっていた、その返答。

ゆっくりと動く口だけが、シェイルからは見えていた。


「…『白昼夢』へようこそ。どんなご用件かな?」

「『夢爆弾』のレシピを、1億リーレで買いたい」

「「!」」


それを聞いた瞬間、シャンデリアとユラは驚嘆の表情に変わった。ようやく顔を上げたその客は、帽子の陰から眼を見せる。


その眼は、毒々しい緑色に光っていた。







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