第3話 もっと上のお話さ
自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。
大界
…この大きな世界の呼び名のひとつ。“大”には“大きい”という意味と同時に“大袈裟”という意味も含まれている、というのが通説だが、出典は不明。
他の呼び名として『大砂場』『永土』『グランディオース』などがある。(大界大大辞典)
―――
その空洞には、生活に必要な最低限の明かりが等間隔で灯されていた。光を頼りとしないここにおいて、音は何より重要な情報源であり、警戒の対象である。
そこにユラは突然、控えめに言って土足で踏み込んだ。
シェイルは何か考えがあるのだろうとユラを信じてはいたが、したって急が過ぎた。
しかしそこはシェイル。破裂しそうな心臓を抑え、足の震えを気合いで止め、後ろ手を組みユラを見上げた。革命人の同胞としてふさわしい立ち振る舞いを、はりぼてで作り上げた。演劇は1人では完成しない。
主演は再び語り出す。
「ここにいる人々は鉱床病によって隔離という名目で拒絶され、常に空腹を強いられるほど低賃金で働かされている!人から人へ伝染る科学的根拠などないのにも関わらず、医療が発達するまで陽の目を浴びることも叶わない!その“発達”も、いつになることやら…
おかしいだろう。今私が見ているものが、人として相応しい扱いか!」
原稿を丸暗記したにしても流暢な語りが、空洞中に響く。
「私はこの現実に嘆いた。きらびやかな水晶の裏には輝くことの出来ない奴隷のような人々がいたのか、と。だから、行動を起こした。」
「断言しよう!私がことを起こした目的は政治的策略などではない!個人的な、衝動だ。
私は見た。今、地上の警備は手薄だ。これだけの人々が動けば、ひっくり返せる。」
「さあ!」
「ツルハシを握れ!」
「立ち上がれ!」
「この腐った社会を
打ち砕こうではないか!!」
ユラは、まるで本当の革命家のようだった。ツルハシを持ち腕を上げるその姿はまるで英雄の銅像。
しかし、覇気だけではうまくいかないもので、
「ガハハハハ!」
先程立ちふさがっていた男たちはユラを見て笑い始めた。
その中でも特に図体の大きな男が馬鹿にしたような口調で話す。
「ほーう。俺らを助けるってか。そんだけでかい口叩くするたあ、よほど強いか、頭がおかしいかだ。
お前は何ができる?まさか大声でスピーチ垂れ流すだけじゃないよなあ」
「ああもちろん。私は、魔法使いだ。」
「ハハハ!
冗談もいい加減にしとけよ。笑えねえぞ」
「そう思うのもしょうがないね。誰か、バケツをもってないかい」
大男の殺気に、ユラは汗ひとつかいていない。近くにいたここの住人が、ユラにバケツを渡す。
「よく聴いていてくれよ」
そういうとユラは置かれたバケツの中に手を突っ込んだ。すると
ばしゃん。
液体のはねる音がした。その空洞にいた者すべてが耳を疑う。
ユラはバケツを持ち上げ、ひっくり返す。
ばしゃばしゃばしゃ。
空だったはずのバケツから流れてきたのは、大量の水だった。高台から流れ落ちる涼しい音に、誰もが聴き入る。駆け寄る。手を伸ばす。触れる。
「ここでは、水は貴重だろう?今日はもう魔力を使い果たしたから、この程度しか出せなかったが、別に資源を提供しようというわけではない。
上へ行けば、水に困る事なんてないんだ。
だから、立ち上がる必要があるのだ」
大男もさすがにこれにはたじろぐ。しかしまだ、疑いは残るらしく、
「はっ!そんなものインチキだろうが!仮に魔法が使えたからといって、信用する理由にはならねえ!みんな騙されるんじゃねえぞ!」
大声で疑念を訴えた。
「ふむ。そうかもしれない。なら、これではどうだろうか」
そういうとユラは後ろを振り向き、岩壁に近寄る。そしてそこに埋まる水晶に向かって
大きくツルハシを振りかぶった。
がん!がん!がん!
ツルハシが水晶を砕く音と同時に、飛散する水晶の粉塵。それを前にしてユラは、
大きく深呼吸をした。
「な、何してやがる!」
大男は慌てた様子でユラのところまで走っていく。ユラはせき込みながら、大男に手のひらを向け
「…大丈夫」
と止めた。
ここの住人なら嫌というほど聞いた水晶の散る音。人間が大きく息をする音。大男の慌てる声。革命家の決意を伝えるに十分な“スピーチ”だった。
「紹介が遅れた。私はユート。
どうか、私を信じて、
ついてきてはくれないか?」
次に、空洞に響いた音は、拍手だった。雄たけびだった。つられてシェイルも、大きな拍手をユラにおくっていた。
―――
スピーチの後、ユラの周りには人だかりができていた。握手したがる者、涙ながらに何かを懇願する者、膝をついて手を合わせる者。シェイルはそれがいいものとはあまり感じられなかった。まるっきり、カルト宗教の教祖と、狂信者にしか見えなかったからだ。
騒ぎがひと段落付いた後、ユラはシェイルに駆け寄る。
革命家の顔は、途端に死にかけの鼠のような顔になった。
「はあ、はあ、怖かった…よかった…死ぬかと思った…ちょっとやりすぎちゃったなあ…」
自分の行いを反省する教祖がいるものか。シェイルは追い打ちをかけるようにいつものごとく質問をぶんなげる。
「まあ、まずはお疲れさまでした。そいで、俺が鉱床病と言ったらなぜ、ああいう行動をとったんですか端的に一万字以内で答えなさい」
「それ全然端的じゃないじゃん…えっと、可能性に賭けたまでさ。盗賊にしちゃあ、手を見ればどうも熱心に仕事をしていると見えた。なのに出会ったとたん、何者か答えろではなく身ぐるみをはがすと言ったんだ。その時点で、だいぶ生活に困っているとお見受けした」
滝のようにわいてくる汗をぬぐいながら話を続ける。
さっきの魔法かその汗は、と少年が皮肉めいたことを考えたのはまた別のお話。
「そいで君が言ったのが鉱床病」
鉱床病とは、特定の水晶の粉塵を体内に取り込んだ際、血中に含まれた水晶の成分が皮膚で結晶化し、体を侵食する珍しい病気のこと。まだ謎の多い病で、シェイルは本で読んだことがあったためとりあえずユラに伝えたのであった。ユラも知っていたが、どうも忘れてしまっていたらしい。
「あれは高台まで歩いている時に確信に変わったが、ここの住人はみなどこかが水晶化していた。マスクも粉塵の吸引を最小限にするためだろう。地上では一人もそんな人いなかったのに。前この都に来た時のことを思い出したんだ。その時もいなかった。まあ、絶対そうだと言い切るにゃあ足りないピースもそりゃあたくさんあったが、顔色を見れば確信に変わったね。したがって
「したがって、革命家のフリをして何とかやり過ごしたと。よくもまあ土壇場であんなこと思いつきますよね。魔法だって、あれ『海底のコルク栓』の残りでしょ?」
綿都ミルミスで警備員を追い払った時に使った魔法の小瓶だ。
「おお、さすがだね。飲まれちゃいかんからこぼしたのさ」
「そして粉塵を吸い込むフリをして、信頼を勝ち取ったと」
「いや?あれはほんとに吸い込んだ」
「え?」
「僕の顔の右のこめかみあたりに違和感があるんだ。見てくれない?」
そう言ってユラは前髪をかきあげた。シェイルはユラの顔の右のこめかみあたりを見る。そこには、まるでのりではっつけたような小さな小さな水晶があった。
「ユラさん!鉱床病かかってるじゃん!まずいですって!」
「まあまあ。これ以上吸わなければ悪化もしないし、かわいくていいだろ?それに
ほっとけなくなったのさ。単純にね。そういう意味ではさっきのは半分演技で半分本気だ」
シェイルは、へなへなと崩れ落ちる。今置かれている状況が、頭から血液を奪おうとしている。
「君もそう思うだろう?この現状をみたらさ。地上の警備も手薄だった。この人数が動けば、きっとうまくいくと思うよ」
「そ、そうかもしれませんけど…」
いつものようにニコニコ笑う店主。
「俺には、
あなたは英雄に向いているように思えます」
と、シェイルが何気なく言ったのと同時に、
ユラははじめて表情を曇らせた。
「シェイルくん。僕は、英雄にはなりたくない。そんなきれいな存在として生きたくはない。あくまで、人助けをしたいだけの、ただの商人だ。後世に名が残るようなことは、したくない」
ユラは、一切笑っていなかった。
ユラが言ったことは、のちにシェイルが質問しようとしていた「なぜ偽名を使ったのか」の答えになっていた。ユラの名は、轟かない。轟くことを望まない。
「おい、ユートさんよ」
と。こちらに歩み寄ってきたのは先ほどの大男だった。その男はマスクを外し、しゃがんでユラに挨拶をした。
「先程は無礼をすまなかった。オレはリコン。よろしく」
「ああ、よろしくだね。」
「君は彼、いや彼女…の付き人かい?」
「え、ええそうです。ユr、ユートさんの活動に協力しているシェ、シェラルドという者でして」
ユラとシェイルは、すかさず革命人の顔に戻る。
「単刀直入で申し訳ないが、革命の計画の全容が知りたい。いつ、どこを目指し、それに何人必要かということだ」
「明日の朝。三階建ての、あの大きな三階建ての館を目指す。動ける者全員必要だ」
「そ、そんなにはやくか…しかし、」
「食料なら問題ない。きっと成功するのだから、今日のうちにあるだけ食べてしまうんだ。そしてゆっくり寝るんだ。準備はそれだけだ」
「なんとも大胆だな…」
「やり過ぎでないと、革命は成功しない。自分と、仲間と、そしてここの人々を信じて、今は明日に備えるのだ」
「…わかった。」
あの頑固な大男が、こうまですんなりいうことを聞いてしまう。まあ作戦は確かに突拍子もないが、理にはかなっている。落とすなら早い方がいい。
その日はそうして食料をたらふく喰らい、寝床についた。
シェイルは、何か大事なことを思い出せない気がしていたが、疲れていたのでそのまま眠りについてしまった。
―――
翌朝、クアット鉱山第一搬入口前。
見張りの兵士二人はあくびをしながら、ユラたちが出てくるのを待ち構えていた。
「これさあ、でてこなかったらどうするんだろなあ。その可能性も大いにあると思うがな」
「全くだ。あの病人どもに身ぐるみはがされて、肉は煮込んで喰われ、骨までスープに使われちまってるかもな」
「おっかねえこと言うねえ。まあ、ありえん話じゃねえ」
と、
「いち」
扉の奥から、
「にの」
何やらいかつい男の声が…
「さーーん!!」
どがーーん!
爆音とともに扉はたたき起こされる。というか、飛んでいく。
鉱山の中からは、ツルハシを持ち、マスクをつけた人々が雪崩のように湧いて出てきた。
「な、なんだあ!」
驚いた兵士が武器を構えるがもう遅い。
勇ましい鉱山労働者の肉体に、ただの兵士が敵うわけがない。
たちまち吹っ飛ばされ、踏まれ、蹴られ、馬車に轢かれた林檎のようになってしまった。
その軍勢の中からゆっくりと現れる首謀者二人。
「どうも煮込みでーっす」
「どうもスープでーっす」
ユートとシェラルドは、小さくハイタッチをした。
英雄ではないとはこういうことなんだと、シェラルドは少しわかった気がした。
―――
同時刻、三階建ての館。全速力で町長のもとに走ってきた兵士。
「町長!大変です!あろうことか、鉱床病の労働者の軍勢が、こちらに向かってきています!首謀者は指名手配のユラと思われます!」
町長は、悠長に葉巻を吸っている。
「まあ落ち着け。想定内だ。奴のことだ、これくらいはすると思っていた。まあこれだけの騒ぎ、もうそろそろ上が動くだろう」
「動く、とは、まさか“あの”の騎士団のことですか?」
灰都エーシュのガレット社謹製。
「そうだ。安心していろ。奴らは、ここまでたどり着くこともできんかろう」
最高級葉巻『トムライ』。
「ユラ。お前はこの都の秘密を知らない。もっとこの国の歴史を学んでおくんだったな。ああ、なんとも、
この葉巻はうまいなあ」
一室は依然として、煙と悪意で充満していた。
―――
ユラは、パワーのあるものが先導しろと言い、指揮は完全にリコンに任せていた。軍勢の中間あたりに居ながら、ゆっくりとあの大きな館に近づいていた。
「自称魔法使いさんは、こんなところで何をしているんですかねえ」
「現状の確認だよ。真っ暗闇を突き進ませるわけにはいかないからね」
「それエセ魔法いらないですよね」
「エセいうなエセ。いいのさ。必要な存在なんだよ案外」
聞こえるのは善良(あの鉱山の現状を見て見ぬふりしていたんなら怪しいが)な市民の叫び声、と、それを塗り替える怒号。うねる風の音。存外、気分の悪いものではなかった。
ん?
うねる風の音?
雰囲気にのまれて、それくらい起きるだろうと思い込んでいたが、物理法則君は嘘をつかないと少年は知っていた。シェイルはその奇妙な音に段々と意識を傾ける。
ん??
「ユラさん」
「どしたー?」
「あのでっかい鳥の大群みたいなの、なんですかね?」
「え、空かい?」
ん???
二人して空を見上げる。
確かに、青空に浮かぶ、小さく見える鳥のようなもの。
それは次第に、下へ下へと降りてくる。
視力が追いつき、その物体のディテールを見せる。
どうやらそれは鳥ではなく、
人工物のようだった。
「ユラさん!あれ人が乗ってます!」
「!!!」
シェイルの大きな声が、岩の町に響き渡る。
比較的通る声をしているため、それは周囲の革命を起こさんとする人々にも聞こえた。
みな、空を見上げる。
そこには、夥しい数の、いわゆる、
小型の飛空艇がこちらめがけて飛んできていた。
「なんだあれはあ!!!」
軍勢は足を止める。
白色の飛空艇はどんどん地面に近づく。
動力源は不明だが、翼のようなものが両側についており、それによって進行方向を変えているようだ。一つの飛空艇には二、三人兵士が乗っており、その軍服の腕の部分には、
地上の兵士の服にはなかった、エンブレムのようなものがついていた。
そこで、シェイルは思い出した。閉本記の内容。この街の政治体制。
町長が一番良い家に住んでいる?
「ユラさん、この都って、
王都ですよ」
すさまじい風を起こしながら、飛行艇は着陸する。白服の騎士は飛空艇を降りるなり剣を抜き、暴動を起こす軍勢にとびかかった。
ユラは叫ぶ。
「みんな!空からの襲撃だ!!気をつけろ!!」
次々に着陸する飛空艇。立ち向かうもばたばたとなぎ倒される男たち。地上の兵士とは全く格が違うことが、見るだけでわかった。
「シェイルくん、さっきのは真実かい」
「ええ。八年ほど前、つまり閉本記の著者であるライエース=レンズがこの都を訪れた時、まあ通り過ぎただけだったのですが、彼は疑問を抱いていました。
王様はどこだ、と」
「!」
金属のはじける音があたりに響く。ここから動かなければならないとわかりながら、ユラもシェイルも、直面している謎を放っておくことができなかった。
「もうひとつ。俺たちがこの都に来てからずっと、
あの大きな白い雲は同じ位置にある」
「…何が言いたいんだい」
ユラは珍しく結論を急いだ。
シェイルは、閉本記の一節から導き出した一説を、齟齬のないようゆっくりと話す。
「この都に、王様はいる。この雲の上だ」
「な、」
「あの大きな雲は雲の島だ。そして我々が本当に落とすべきはあの館じゃない
あの雲の上にきっとある、
浮雲城だ」
ユラは、シェイルは、思いもしなかった。
冒険が追い求める、伝説、絵空事。そのファンタジーが現実となった時、
こんなに絶望するなんて。