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不可能世界と黄昏商  作者: ざらめ
第二章 満月を喰らう狂気が欲しい
20/20

閑話休題:猫問答


氷のように冷たい、という表現が直喩になってしまいそうなくらいに冷たいその商人の肌は、同じ毛布に包まれた少年の体温によって少しずつ人間味のある温度を取り戻しつつあった。

ここは、冷えた山岳地帯を縫うようにして走る列車の中。

と言ってもそれは客席のずっと後ろにある貨物列車の中。彼ら二人と一匹の馬が悲劇的所以の運搬物、という物騒な話ではなく、彼らは望んでこうなっている。いろいろ事情があるのだ。

ふと、

少年シェイルは思った。

隣に縮こまっている商人、ユラと一緒にいる時間は多々あったが、こうして二人きりでじっくり話せる時間は滅多なものだ、と。

少年シェイルは思い出した。

稲妻のように突然で衝撃的な逃走劇を起こしてから今まで、商売のこと、彼の友人のこと、沢山話をしてきたが、もっと本質的な、付き合っていれば普通わかるような事柄が何一つわかっていない。最近やっと本名を知った程度で、それも少年自身の名前との等価交換のようなものだった。未だなんの香水をつけているかも、利き手がどちらかさえも知らないではないか、と。

少年シェイルは思いついた。

目的地に到着するのはまだしばらく先。“暴く”という乱暴な言葉は適切でないにしても、彼の言う“秘密”はどこまでが“秘密”なのか、それがなぜ“秘密”なのか。そのくらいは好奇心を振りかざして紐解いても良いのではないか、と。

そして、少年シェイルは思い立った。


「あなたのことがもっと知りたいです!」

「なんだい、口説く練習なら壁にでもしてておくれ」

「勘違いを。文字通りの意味ですよ。ユラさんのことがもっと知りたいから、いくつかなんでもない質問をしたいんです。ただ、普通にやっても面白くないですから、ルールを決めましょう」

「ほう」

「1つ。一人が質問をしたら、次はもう一人の方が質問をします。一辺倒に質問攻めじゃ面白くないですからね。

1つ。同じ質問をそっくりそのまま返してはいけません。応酬が単調になってしまいますから。

1つ。答えたくない質問は答えなくても結構です。ただし、答えられない、答えたくない場合は『にゃーにゃー』と鳴いてください」

「…なぜ猫の真似を?」

「猫なら全てに納得が行き、全てを許せるからです」

「たしかに」

「というわけで、私から質問、よろしいですか」

「いいよ。君のにゃーにゃーが聴けるなら、やってやろうじゃないの」


この商人は、面白ければ大抵乗る。シェイルはそれをよーく知っていた。作戦成功だ。

ユラは読んでいた本を閉じ、シェイルに小さく笑いかけた。

宣言通り、質問は少年から始まる。

最初は軽いものから。



―好きな食べ物はなんですか?―

―果物。水分の多いものなんか特にね。おいしいフルーツの為なら心臓の二つや三つ、喜んで差し出せるさ。

なに、“心臓の数まで猫になることないでしょう”だって?美味いこと言うじゃないか―


―じゃあ、苦手な食べ物は何だい?―

―苦いもの全般です。ミルクの入ってないコーヒーだったり甲羅ウリだったり。渋い顔になっちゃいます。こら、なにクスクス笑ってるんですか。あなたも苦手なくせに―


―そういえばその素敵な歯車の耳飾り、どこかで買ったものなんですか?―

―これは貰いものなんだ。元々ある機械の部品の一部でね。大事に持っていてくれとお願いされたんだ。ま、ここから先の話はこれからの質問で答えることになるかもね―


―君の大事にしているペン、大事にする理由は一体何なのだろうね―

―同じ質問、とまでは言いませんがギリギリのラインですね…。まあいいでしょう。これは私が以前住んでいた綿都の部屋を掃除していた時に出てきたものです。一つの書置きと一緒にね。

“押入れの冒険を終え、このお宝を手にした者よ。

この付け筆が、君の想像力の一助とならんことを”

身勝手な父親が書いた身勝手な文章だと即座に分かりましたよ。でも、父親が私に残した唯一のものですから、大切にしようと決めたんです。このペンのデザインが時代遅れになるまでくらいは、ね―


―黄昏商になったきっかけというのは―

―単純さ。旅もしたい、商売もしたい。どちらもできる生き方があった、それだけのことさ。僕の思いつきそうなことだろう?―


―シェイル君はどーんな子が好みなーんだい?―

―この遊びの本質がつかめてきました。されたくない質問は先にしてしまえ、ということですね。

まあ、そのための対抗措置を作っておいてよかったです。答えはにゃーにゃーです。あの、なぜ勝ち誇った顔をしているんですか―


―そういえば、そもそも黄昏商とは何なのでしょうか。旅商人と何か違うのですか?―

―いい質問だね。というか逆に、なぜ今までそれを説明していなかったのかというほどでもある。少し長い話になるけど、時間はたっぷりある。付き合ってくれるかい。

まず定義だけど、黄昏商も旅商人だよ。ただシェイルくんもなんとなく気づいてると思うけど、黄昏商って呼ばれる人たちは、特定の土地に根を張ることなく、最低限の利益だけを作って、お得意様ができる前に次の土地へ行ってしまう。一見物寂しいともとれるこのスタイルに“黄昏商”と名前が付いたのは、少し昔のある商人が発端なんだ。


今から五十年ほど前、陸路が急速に発達して貿易が盛んになった時期。この世界グランディオースは奇妙なことに、文化や伝統の全く違う都が隣同士で乱立している。したがって、その都のものを隣に運ぶだけで、物珍しさに引き寄せられた人々は躊躇いもなく大枚をはたいた。そこに悪い旅商人が目を付け、『ストローキャラバン』と呼ばれるカルテルを作り、利益を独占した。この名前くらいは君も聞いたことあるんじゃない?

人々はそれが適正価格と信じ込み、いつも財布やら他の客やらとにらめっこ。『ストローキャラバン』って名前も大々的に売り出しブランド化して、もう他の組織が付け入る隙はなかった。

運び賃っていうのは正確な価値を示しにくい。様々な要因によって変動するからね。だからこそ、商品の明らかに馬鹿らしい売値に、公的機関も簡単に口出しは出来なかった。

『ストローキャラバン』は実用性のある、希少性のあるものだけを売った。それは一番簡単に、人々がお金を出したくなるものだったから。それぞれの都は“便利”に汚染され、“最新”に毒され、“価値”に犯されていった。

その不実を知るのは同じ旅商人のみ。中には善良な人もいたんだろうけど、そのほとんどは大いなるものに吞まれてしまった。不可抗力さ。

高騰する価格。混濁する尊き文化。依然悪くなる状況。それを一変させたのは、一人の商人だった。


「なんだそれ、ロマンに欠けているだろ」


悪名高い『ストローキャラバン』に対抗するでも、異議を唱えるでもなく、たったその一言で一蹴したそうだ。

彼の名前はいくつもある。どれも噂程度の信頼性だけど、ここでは敬意を込めて“ヨタ”という名前で呼ばせてもらおう。

駆け出しの旅商人ヨタはややこしい経済や勢力など気にもせず、行きたい都に行き、仕入れたいものを仕入れ、訪れたい土地に訪れ、ひっそりとさびれた路地裏に店を構えた。

最初にその店を訪れたお客はどんな気持ちだっただろう。実用性なんて皆無な、手に取るのも勇気のいる奇妙な品々。しかしながら、妙な魅力のある個性的な品々。そのどれもが、簡単に手の届く価格で並べられているお店に出会ったときの気持ちなんて。

察するに余りあるよね、余りにも。

口づてで広まっていったその雑貨店『よたばなし』は徐々に客足が増えていった。品揃えはもちろんのこと、店主の雲をつかむような無駄話も人気を博したそうだ。

でもある日、人々がいつものごとくそこに訪れると、


空っぽだったんだ。何もなかったかのように。

ふと人々はその時、まだ彼の名前すら聞いていないことに気づいた。あれだけ色んな話をしたのに、その素性に関しては誰も知らなかった。

突然で、煙に巻かれたような、でも悪くない心地。

人々は口をそろえてこう言った。


「彼は何者だったんだ」


誰彼商(たそかれしょう)”。そう、元々はその不思議な商人を指した言葉だったんだ。ロマン、なんて言葉をここで使うのは軽率かもしれないけど、そのロマンは各地で人々を虜にした。

ロマンは何よりも早く伝播する。馬よりも、機関車よりも早くね。

それが新しいお客を生み、新しい誰彼商を生んだ。

結果どうなったと思う?文化を重んじ、あくまで人々の楽しみのために、人々との出会いのために商いをした商人と、そうでない商人。火を見るよりも明らかだね。

『ストローキャラバン』はみるみるうちに縮小し解体。その時に独占されていた貿易網は必要な物資の運搬や小さなキャラバンに使われることになった。人々の認識も変わり、自分たちの都の伝統は失わないよう、取り決めを設けた都もあった。


「ロマンは不便利を愛する。古めかしさをいたわる。凡百を尊敬する」


今もどこかでこじんまりと開店の準備をしてるやもしれない彼の言葉らしい。

それから時は流れ、名は変わる。

夕暮れ時に現れ、夕暮れ時に消える商人、「黄昏商」とね。


…長い話になったね。少し早いけど、お昼でも食べようじゃないか―


前の都で買ったパン。まだ少し暖かい。

頬張りながら後半戦。


―シェイル君、夢はあるのかい?―

―わかりません。でもにゃーにゃーというつもりはありませんよ。選択肢の問題です。今の恵まれた状況を最大限に活用して、本当にやりたいことを見つけたいなと思ってる次第です。当分は付き合ってもらいますからね―


―ユラさんの氷の魔法は、いつ身につけたものなんですか?―

―シェイルくん。こればっかりは君のためににゃーにゃーと鳴かざるを得ないところなんだけど。どうしても聴きたいというなら、少しだけ身構えておいた方がいい。

…好奇心には抗えないか。それじゃあ僕が話せるところまで話そう。


消えない炎があったんだ。

水をいくらかけても、どれだけ時間がたっても、消せない炎。

放っておけばいいじゃないか、そう思うだろう?


じゃあ、その炎の中に親友がいたとしたら?


長い時間がたっても、絶えず苦しみの叫び声をあげていたとしたら?喉が焼かれ、段々と低く鈍くなっていく友の声を、ずっとそばで聞いているとしたら?


…水でだめなら炎ごと凍らせてしまえ。そう思ってしまいたくもなる。

そんなちょっとだけ昔の話。

食事中だったね。ごめんごめん。この話はまた次の機会にしよう―


―シェイルくんは魔法と(ツルギ)の才能、自分にどちらかがあると思うかい?―

―わかりません。

ユラさんの言う通り、この大界には魔法使いと対になるように、不思議な力を持った剣を持つ剣士がいるようですが、どうやらその剣は魔法のように習得すれば誰でも使えるものではなく、選ばれた人間だけが持てる特別なものだそうですから。自分自身の出自が分からない以上、あるともないとも言い切れませんが、私の父親は剣の才能があったとかなかったとか。私専用に作られた剣がある、なんてことなら話は別ですが、そんなファンタジーめいたものとは無縁な人生を送ってきてたもので…

え?なんで胸ポケットを凝視するんです?ペン?あのですねえ、ペンは剣よりなんとやらと言いますが、ペンが剣なんてことはないでしょう。そんなまさかですよ。…そんな、まさかですよ、ね?―


―生まれ故郷の話を聞きたいです―

―にゃーにゃー。…これで満足かい。あれ、ほんとに聞きたかったの?まあどちらにせよだけどね。

秘密さ。トップシークレットだよ。とても寒いところだった、とだけ言っておこう。まあ、僕の本当の名前を知っている君は、なんとなく予想がついてるんだろうけどさ―


―シェイルくんの子供の頃の写「「「にゃー!!にゃー!!」」」真と…か、割り込んでまで鳴かれちゃあ仕方ない。無用な詮索はしないでおくよ―


―ぶっちゃけカフネさんのことどう思ってます?―

―鳴くタイミングを逃してしまった…不覚。

どう思うも何も、立派で素敵な商人じゃないか。え?そういうこと聞きたいんじゃないの?

さあ。僕のどこに彼女を惹きつけるものがあったのか。どうもご執心のようだね。彼女ならもっといい人が見つかるだろうに。

僕が嫌いだからって理由で煙草をやめさせることができたのはよかったと思ってるけど。そうだろ?イメージないだろ?まあ煙を吐いてる彼女も様にはなってたけどね。

ひとつ言えることは、この前書都で会ったとき、やろうと思えばカフネは、強制的に僕を惚れさせることができたのにやらなかったってことだ。

天使の権能にそういう類のものがあってね。恋のキューピッドってやつさ。デミとカフネの契約状態は完全ではないにせよ、デミに頼めばそれくらいのこと、ノーリスクでできたはずなんだ。

言うなればそれはカフネの健気さの証拠であり、どれだけ本気なのかの証明でもあるということなの、…って、自惚れが過ぎるかもね。好かれても期待には応えられないのが残念だけど、嫌われるのは嫌だな。いい子だもん。カフネは僕にとってそういう子。…なにニマニマしてるんだよ。


―しゃべり疲れたよ~シェイルくんなんか面白い話して~―

―もはや質問ではなくなってしまった…喋らせれば食うに事欠かないエンターテイナーじゃあるまいし、そんな面白い話ありませんよ。

…小耳にはさんだ程度ですが、少し興味深い噂を聞くには聞きました。真には受けないでくださいね。

最近、喪服を纏った集団があちこちの都で事件を起こしているらしいですよ。

なんでも彼らは商人だそうです。

不眠商(インソムニア)”。“眠れず”ではなく、“眠らず”の。

メンバーは10人足らずで、酔っぱらい、アンデッド、料理人に爆弾魔。何でもいて、何でもできるそうです。

必ず現れるのは夜。ターゲット(お客様)は「眠れない人間」。

商品は極上の夜。対価は命以外の全て。

“眠れない”夜を“眠らない”夜に変えることで、最高の夜更かしができるよう努めているそうです。

よく覚えているでしょう?私は記憶力が良いんです。

その噂を教えてくれた人だって思い出せますよ。つり上がった口角が特徴的な中性的な顔立ちの人で、黒い服で、あれは確か喪服の……ん?

こんなもんで満足ですか。…大袈裟な拍手、痛み入ります―


―商人の勉強はどこで?―

あ~師匠がいてね。その人に教え込まれた!頑固なオヤジだったよ~~。この『うたたね』って店の名前も半ば強引につけられたんだんだ。仕返しに師匠の店の名前を『わからず屋』にしてやったけどね!ハハ!ちなみにこの耳飾りをくれたのもその人さ!そのうちシェイルくんにも会わせてあげるよ。ハハハ!



その誰彼商は本当に疲れたようだった。

隣の少年も同じく。

ここいらでこの楽しい楽しい問答は終了のようだった。


少年のこの試みに果たして意味はあったのか。それは彼らだけが知ること。


新たな事実と新たな秘密に包まり、二匹の猫は静かに眠る。

それを尻目に、機関車はなんの配慮もなく、ごうごうと音を立てて目的地へと走るのだった。

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