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不可能世界と黄昏商  作者: ざらめ
第一章 醜い王子はもう泣かない
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第2話 あゝ、輝けぬものたちよ

自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。


―あれは本当に、ただの大きな雲なのだろうか。

あの雲が、この都の大きな謎を覆っている気がしてならない。―『閉本記:3』 ライエース=レンズ


―――


真っ青な空。


「も~ユラさん!」


真っ白な大きい雲。


「なんだいイルくん~」

「その呼び方をやめてっていってるんですよ!」

「いいだろーかわいいじゃないかあ」


真っすぐに舗装された道。

層都カトロアは綿都ミルミスの姉妹都市であるため、石畳の道でつながっている。

とはいえかなりの距離があるため、ユラとシェイルは一度野宿をした。その朝、ユラは何を思いついたかシェイルのあだ名を考え、それを嫌がるシェイルをおちょくっていた。


「ほんと…たまに蝶々を追いかける子供のような目をしますよねあなた…」

「黄昏商の掟その3。童心忘るるべかららず、だよイルくん」

「掟なんてあったんですね、ってかいい加減怒りますよ?」

「僕が勝手に作ったんだがね、ってはいはい」


ユラは大げさにお手上げのジェスチャーをかました。シェイルのこめかみに血管が浮き出たのはいうまでもない。


そうこうしているうちに大きな石造りの門が見えてきた。朝焼けの日差しが門を照らす。それは奇妙にも、先程のユラの瞳のようにきらきらと光っていた。


「カトロアの多くの建物はーって、君に説明は不要かな?」

「ええ、まあ。ここは石を掘り出して作った、歴史ある都。どこを掘っても良質な透き通った水晶がでてくるため――

“大界でもっとも眩しい都”と呼ばれています」


門をくぐるとそこは、目を痛めるほど輝く街が広がっていた。

水晶の混じった岩石をそのまま掘り出して作られた建物は、まるで一つの芸術作品のようだった。灰色のなかに時折混じる水晶の原石は、見る方向によって七色に色を変える。その町並みの中を、馬車はさながら美術館を練り歩く評論家のようにゆっくりと進む。

朝を駆けるのは若い女商人の細い足、見回り番の兵士の甲冑の足、荷物を運ぶ屈強な馬の足。そのどれもが、1日の始まりのリズムを奏でていた。


「黄昏商は一般的に、一つ前に訪れた都で仕入れたものを次の都で売り、またその都で物を仕入れ、というサイクルで商売をする。だがここは綿都と姉妹都市だから衣服の流通が盛んにおこなわれているもんで、ミルミスで服を仕入れても売れやしないのさ。だからミルミスでは売り専だったわけ」


仕事上重要なことをさらっと話すユラ。だがそこはシェイル、逃さずちゃんと聴く。


「だからこの都には“売る”目的で来てはいない。かといって“買う”目的でもあまりないんだけどね」

「ん?どういうことです?」

「簡単だよ、“採る”のさ。この都には僕の知人が居てね。そいつに鉱山に入る許可をもらって、直接採りにいくのさ。狙うは『ルナダンス』」

「ルナダンス?」

「別名『零時の舞』。月明かりにだけ反応して紫色に発光する特殊な水晶でね。需要も価値もここのところうなぎ上りだ」

「なるほど…大変そうですが面白そうですね」

「商売は需要と供給。黄昏商になるとそこに“好奇心”が入るのさ。っと?」


馬車の横に現れたのは薄い服を着た女商人だった。


「あのう、黄昏商、ですよね?」

「ええ、そうですよ。移動中も営業しております。最近新人君が入りましてね~接客は任せようかね。シェイルくん!初仕事だよ」

「え、あ、はい!『うたたね』にようこそ!」


急いで服装の乱れを整え、ぎこちない決まり文句。


「何をお探しで?」

「満月を盗む勇気が欲しい」



「…白昼夢へようこそ、ご用件は?」


シェイルは一瞬で、これが自分の仕事ではないことを悟った。後ろを向くと、ユラが先程とは一変し、うつろな目で客を見つめている。


「『酒断酒』のレシピを教えてほしいのです」


―シュダンザケ?―

シェイルは聴いたことのない単語を反芻する。


「ほう。買うのではなく作るのだね?」

「ええ。今必要なわけではないんです」

「ふむ。残念ながら僕は作り方を知らないんだが、知ってる奴を知ってる」


ユラはおもむろににセピア色の紙と鉛筆を取り出し、ささっと何かを書いて渡した。恐らくレシピを知っている人間の名前か所在だろう、とシェイルは推測する。


「くれぐれも悪用は厳禁だよ」

「はい、ありがとうございます。あのう、代金なんですが…」

「僕が直接教えたわけではないからね、雀の涙程度で構わないんだが、ああそうだ」

「はい?」

「町長の家って、わかる?」


―――

ユラは以前来たはずの町長の家を忘れてしまっていたらしい。情報料の代わりとして、目的地まで案内してもらったのだった。


「ここです」

「はて、ここだったかな?やはり案内なしではたどり着けなかったよ。助かった、ありがとうね」

「こちらこそ、ありがとうございます」


シェイルはたどり着いた町長の家に目を見張った。今まで見てきた岩石の家とは明らかに違っていた。窓の並びから見て三階建てのようで、大きさもすさまじい。それももちろん他と違うところではあるが、焦点を当てるべきはその加工の精密さだった。

掘り出されたとは思えない均一で凹凸のない壁。計算されたとしか思えない位置に生えている水晶の原石。明らかに使われている技術が違う。底知れない財力と権力を感じるものだった。


「最後に一つ」


案内人、もとい商人は突然地面を見て口を開く。


「地下にはご用心を。それでは」


そう言って、商人はその場を後にした。


馬車を人目の付かない路地に停め、家、というより館に足を踏み入れた二人。玄関の先は、見回す限りの宝飾品の数々がずらりと敷き詰められていた。しかし、水晶ばかりというわけではなく、どちらかと言えば金や銀、そういった貴金属で作られたものが多かった。


「この都じゃ水晶は掃いて捨てる程採れる。だからこそここの地主や貴族は、外の都からしか手に入らない宝飾品を飾ることで権力を示した。金属製のものが多いのはそのためだね」

「なるほどですね…」


シェイルは圧倒されたまま、館中央の階段を上り、町長のいる部屋へ入った。

そこには、葉巻を吹かすふくよかな、いかにも権力者というような風貌の男が座っていた。


「おお、ユラか、久しぶりだなあ」

「久しぶりだね、バックカットさん」


バックカットというその男は、葉巻の火を消しながら、用意されたソファーに座るよう手招きをする。


「さて、お前が今、ここに来るということは、『ルナダンス』だな?」

「ご名答」

「それも買いに来たわけじゃなさそうだ」

「続けてご名答」

「鉱山に入る許可が欲しいと、まあそんなところかな?」

「話が早くて助かる」


シェイルは口をはさむ余地がなかった。このバックカットという男、親の七光でも成金でもないことぐらいはわかった。物と人と金の出入りを敏感に感じ取っている。実力者同士、同業者同士の会話に、固唾を呑んで聴き入る。


「それで、入山料はいくらにしようかね」

「ふふん、これでどうだろうか?」


そういってユラがポケットから取り出したのは、小さな金属製の四角い入れ物だった。留め具を外した中からは、渋い色をした葉巻が五本。


「灰都エーシュのガレット社謹製最高級葉巻『トムライ』五本入りだ」

「ほーうほうほうほうほう!本物だろうなあ」

「吸ってみりゃあわかるさ」


ユラは一本手に取りバックカットに渡す。バックカットは明らかに上機嫌に葉巻に火をつけ、ひと吸い、ひと吐き。


「あーーあ!間違いない!本物だ。よかろう!ルナダンスでもなんでも好きなだけ持っていくといい。」

「はは、煙には目がないねえ」

「煙が俺に首ったけなのさ。こいつが鉱山の鍵だ。場所はこの館をでてずっと真っすぐだ。馬車はここに置いていくといい」

「ありがとさん。それじゃ、今後ともごひいきに」

「おうとも」


ばたん。


「…フフフ」

二人が部屋を出た後、町長は怪しげな笑みを浮かべていた。

「すまんな。ユラ。まあこの葉巻は、大事に大事に楽しむことにするよ」

一室は、煙と悪意で充満していた。


―――

「あの葉巻、そんなにいいものなんですか?」

「ああ。実際灰都エーシュの殺人事件の五割以上が、『トムライ』をめぐるもめ事が原因らしいね」

「なっ。おそろしや…」


鍵を人差し指でくるくるとまわしながらユラは答える。

そうこうしているうちに、鉱山の入り口にたどり着く二人。

ユラがカギを差し込み、古ぼけた扉が目を覚ます。

キーという嫌な音とともに扉が開いた。

寝覚めが悪かったようだ。


「どうやらあまり使われていない入り口のようだね。もう掘りつくした廃鉱山ってことはないだろうから、ただ単にもっと鉱山があるのか、それとも、」


ピッ

その不気味な音にユラは素早く気付いた。

危険。


「シェイルくん!走って!」

「え!何!」


二人は鉱山の奥へと走る。

と、


ばん!


背後から耳をつんざくような爆発音がして、鉱山が揺れた。シェイルは少しだけ宙に浮いた。

がらがらと崩れ落ちる岩。二人は逃げきれたらしいが、扉は無事ではなかった。先程使った入り口は、岩によってふさがれてしまったようだった。


「あー。なんでこの可能性を考えなかったんだ…」


ユラは暗闇で頭を抱える。


「な、なにが起きたんですか」

「入り口をふさがれた。僕たちを閉じ込めるためだ」

「閉じ込める?なんでそんな」

「姉妹都市。むこうで指名手配になってりゃあこっちでもお尋ね者か…馬車より電報が早いに決まってる。向こうから伝達があって、捕まえりゃ懸賞金ってなことなんだろうね」

「あっ、なるほど…確かにそうか。でもなんで鉱山で?さっきの館で捕まえればよかったじゃないですか」

「僕の戦術は逃げが基本。あの館で兵士を十人集めたところで捕まえられないと踏んだのだろう。賢い判断だと思うよ。その程度じゃあ僕は捕まらない」


ユラは薄暗い手元でなんとかマッチに火をつけ、持ってきたランタンに火をともす。


「閉じ込めたってことはほかの入り口からは遠いんだろう。なんならここじゃ『ルナダンス』は採れないんだろうね。全く騙されたよ」


ユラはやれやれといった表情で歩き始めた。


「まあ、言ってもしょうがない。中で待機してる兵士がいると思えばそうでもないみたいだし。ピンチになるまで、発掘を楽しむとしよう」

「ええ、そんなのんきな…」

「“どうせ”ってのは冒険の合図だ。楽しまなきゃ損だよ」

「そういうもんですかねえ…」


ユラはわくわくといった表情で歩き進める。

ランタンが照らすオレンジ色の暗闇。人工物はおろかめぼしい鉱石一つ見つからないとは、っと


「おっとこれはあ?」


少し開けたところにでた。そこは青色の水晶が光る大きな空間だった。不思議だ。なんのエネルギーもここにはないのに光り続けるなんて。


「なんとこれはあ!」

「うるさいなあ!響くんですよここだと、って、なんです?そのくすんだ水晶は」


ユラが見つめる岩壁に埋まっているのは灰色の、ほとんど岩と見まがうような水晶だった。


「これが『ルナダンス』だ。なんだあるじゃないか」

「え、このほぼ岩みたいなのがですか?」

「ああ。よーく見てみごらん。奥に紫色が隠れているんだよ。これが、月の光に当たると今の状態とは比べ物にならないほど鮮やかに発光するんだ」

「なるほど…」

「地中に埋まっていちゃ一生光ることのできない鉱石、なんて、なんともむなしいよね。今日はそんな『ルナダンス』を一つでも多く月光のもとに輝けるよう、たくさんとってあげようではないか」


スイッチの入ったユラはもう誰にも止められない。ツルハシを駆使し、『ルナダンス』を一つずつ丁寧に救出していく。シェイルも見様見真似ながら手伝い、そのままどんどん先へと進んでいった。


「みてみてイルくん!こっちにもっともっと広い空間があるよ!」


両手で手招きをするユラに、シェイルはどうにかついていく。


「だからその呼び方やめてって……」

「ん?どうした?」


ユラの後ろを指さすシェイル。恐る恐る後ろを振り向くと、

ガスマスクのようなものを付けた男が数人、立っていた。


「お前ら何者だ?」

「探屈家か鉱石泥棒か。どっちにも見えるがな」

「兄貴、身ぐるみはがしても構いませんかね?」


男たちは各々のエモノを手に持ち、明らかにこちらに敵意を向けていた。

どうみても、兵士には、見えない。

ゆっくりと、こちらに近づいてくる。


「…シェイルくん。この状況を打開する何かいい案はないか……」


空洞音で消えてしまいそうなほど小さな声で、ユラはこちらに助けを求めた。

いつものユラなら逃げていたであろうが、今回ばかりは逃げ道がない。

そんなこといわれてもと、シェイルは戸惑うが、一旦落ち着いて、限られた短い時間で解決策を編み出す。

ユラの後ろを見た。開けた大きな空間はぼんやりとだが、人工物が見える。この男たちのアジトだろうか。そしてその男たちの中には、眼帯をしている者もいる。そしてもっとよく見れば、その男たちの顔、腕、足はなぜか

きらきらと光っていた。


シェイルは気づいたことをとりあえず何も考えずに、ユラだけに聞こえる声で伝えた。


「…鉱床病…」

「…成程」


ユラは数秒何かを考え、何を考えたか、

男たちの方向に向かって歩き始めた。


「!

…なにやってるんだあの人は…!」


嫌な汗がシェイルの脇をつたう。

男たちは当然立ちふさがる。


「あ?なんのつもりだ?」

「いいから。どいてくれないか」


ユラは、堂々とそう答えた。

恐怖で脅すわけではない、しかし強い意志を持った目で男たちを見た。

男たちは何かを感じ取ったのか、反射的に道を譲る。

ユラはその開けた空間の一番人目のつく高台まで歩いて行った。先程の男たち以外にもその空間に人がいたようで、皆見慣れない格好をしたユラを黙って眺める。

一番高いところまできたところで、ユラは仁王立ちになり、両手を広げ、この空間にいるすべての人間に聞こえるほどの大きな声で、


「私は!この都の腐った構造を壊すためにここに来た!!あゝ、輝けぬものたちよ!


私と一緒に、革命を起こさないか?」



革命を謳った。


シェイルは、その素頓狂で奇天烈で意味不明な行為に唖然とした。

ユラの一人称が“私”になったことなど、どうでもいいほどに。


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