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不可能世界と黄昏商  作者: ざらめ
第一章 醜い王子はもう泣かない
18/20

第17話 未必の恋


「ペガサスは元気?」

「ぺ、ペガちゃん?う、うん、近くの納屋で休んでるよ。明日また動いてもらうから、朝市でリンゴでも買って食べさせてあげようと思っていたところさ」


他愛もない会話。隣の席で話していても、耳にすら入ってこない程。だが、うさぎ座テーブルの周りの客は、口に運ぶスプーンを時々止め、どんな会話がなされているか聞き耳を立てた。

なにせ連れの客が会うや否や抱擁し、涙を流して平手打ちをかまし、何事もなかったかのようにテーブルについたのだ。

食事など二の次になるというもの。

うさぎなんてかわいらしいものではない。ここは、


「しゅらば座のテーブル…」


誰にも聞こえないようシェイルがふっと囁いた。

応酬は長くは続かない。細切れの会話が生み出す沈黙は、これからやってくるデザートをきっと無味無臭にさせるだろう。


「失礼します!なにかご注文は?」


事情なぞ知る由もない女性のウェイターが純粋無垢な笑顔をなびかせてテーブルにやってくる。

三人とも、注文は決まっていた。


「アフォガートを一つ、お願いします」

「ぼ、僕はレーズン入りのダリオルをひと「彼と同じので」


食い気味サプライズ。


「かしこまりました!少々お待ちください!」


ニコニコで身をひるがえすウェイターの危機察知能力を疑うぐらいには、空気が悪い。


「…夕飯は食べたのかい?」

「うん。今は腹六分目ってとこ」

「そかそか」

「…」

「…」

「」

「ごめんよぉ」

「何によ」

「君を置いてどこかへ行っちゃったことだよ」

「はぁ。わかってないよね、ユラって」

⦅思うわァ~女心ってもんをてんで理解してねえェ⦆

「アンハは黙ってて」

⦅あいあい⦆

⦅ユラ。久しぶりわね⦆

「デミも。」

⦅ハイハイ⦆


かすかに、少女のものではない声がシェイルには聞こえた。二つ。おそらく、カフネの髪のあたり。純白のソーサーにフォークを突き立てたような声と、稚児をあやすおもちゃのような声。カフネは視線を一切動かさず、ユラの方を見ながら、その声を制している。


「二人とも、元気にしてたんだね」

「それは後」

「はい。

にしてもよく見つけられたね!こんなにも広い世界で、ろくに情報も出回ってないだろうに!ピンポイントで当ててしまうとは!えらい!すごい!」

「半途までは自力だったけど痺れを切らしてね。

『グレイト・グレイス』に手を借りたの」

「あのなんでも屋のお嬢様か…ほんとになんでもなんだね」

「話そらさない」

「ぎょい」


ごまかして、話そらして、口八丁。

それも全て叩き落される。カフネはユラの手札を完全に把握しているようだ。

ユラは今一度カフネの立場になって考え、その歳月の重みを真面目に受け止めた。


「とにかく、君は不機嫌…というかそんなもの通り越して憤りだよね。すまない。

一応理由はあるんだ。けど、2年も音信不通だったんだから怒って当然だ。償いが許されるのなら、僕にできることを教えておくれ」


身に覚えがない、というほどではなかったが、ユラはカフネがここまで怒っていることに心当たりがなかった。それでも、仲の良い友人が涙を流しているとあれば、全力で謝罪をするのが道理だと思った。よってユラは今、カフネの方を向き、両膝に手をついて、頭を下げている。


―もう何でもいいから円く収まってくれ…―


シェイルの心からの願いが届いたのか。

カフネはなぜか下を向き顔を赤らめた。


「…して」

「?」

「なでなでして」

「?」

「見つけるの頑張ったんだから、褒めてよ」


顔をあげたユラの目に映ったのは、撫でられ待ちの犬。

困惑しシェイルの方に目を向けると、いいから撫でろ!の本気目くばせ。

自分には知覚できない感情で満たされた相手を前に、ユラは言われた通りにするしかなかった。


右手を優しく頭にぽんぽんとのせ、艶やかな髪のラインに沿ってゆっくり動かす。

少女は、幸福の浴槽に浸かっているような、えも言われぬ表情でそれを享受していた。しっぽが生えていれば、確実に取れそうになるまで振っていただろう。

しばらくすると満足した表情で、少女は顔をあげた。


「ありがと!全部許す!」

「へ、へへ、()()()()()のは()()()()()()みたいだね…」


ユラはホッと胸をなでおろした。つま先まで。

1日に2度も数年分の緊張をした商人は疲れ果て、机に突っ伏した。


「この子が誰なのかってのも気になるけど、恋人じゃないならいいや」

「ただのしがないお手伝いです。シェイルと申します。よしなに」

「ユラの気に入りそうなツラのいい子ね。アタシはミラ=カフネ。名前は嫌いだから、半分にしてカフネって呼んでね」

「カフネさん、良い名前ですね」


ユラが机に頬ずりをし始めてからしばらくして、3つのデザートが届いた。ウェイターがアイスの上に熱々のエスプレッソをかける。真球がじんわりと溶け甘い匂いが広がってゆく。シェイルは、今ならちゃんと味がしそうだと安堵した。


「聞き違いだったら申し訳ないんですけど、さっきユラさん以外と話をしていませんでした?しかも二人だったような」

「よく聞き取れたね。アタシのお友達だよ。ここだとちょっと危ないから、外で会わせてあげるね」

「友達?危ない?」


一瞬おめでたい頭の持ち主なのかとシェイルは勘ぐったが、どうやら違うらしい。話を聞いていたのか、さっきまでダウンしていたユラは起き上がり、勢いよくダリオルを一かじり。そこからいつもの有難いお言葉が続く。


「カフネも黄昏商なんだけど、荷物は一つも持ち歩いていないだろう?なぜだと思う」

「確かに疑問ですけど、さっきの話と関係あります?」

「大ありさ。彼女は服飾商でね。各地の民族衣装や礼装なんかを取り揃えてる。しかし服なんてのはなによりもかさばるはずなのに、どこへ行くにも彼女は手ぶらなんだ」

「ふーむ。見当もつきませんね」

「ふふんイルくん。そうだろうそうだろう。さっきの声の正体と服の在処。後でまとめてわかるはずさっ」


―なぜこんなに切り替えが早いんだろう。

いかん。なんか意地悪したくなってきた―


シェイルの中からふつふつと湧き上がる、物騒な好奇心。

アフォガードの器も空になった頃。

シェイルは両肘をテーブルにつき、指を組んで、その上に顎を乗せる。

キッとユラの方を向き、じとーっと見つめる。


「しかし気になりますね~ユラさん」

「シェイルくん?」

「一体どうしたら2年越しの再会でカフネさんは先程のようになってまうのか」

「シェイルくん」

「普通やったらそんなことならへんのになあ」

「やめなさいシェイルくん」

「涙まで流してしもうて」

「なにで覚えたのか知らないけど今から言おうとしてる台詞を止めなさいシェイルくん!」


止めるユラを尻目に、瞳孔をかっぴらいてシェイルは言う。


「ンどしたんッ?ン話ィ聞ィこかァ~~~!!!!!」

終わった話を(世界観を)ぶり返すんじゃないぃ(壊すんじゃないぃぃぃ)ぃ!!!!」


安心してください。

こんなしょうもないことで、この堅牢な世界観は損なわれません。




―――

「食べ過ぎて帰りは路地裏を通れないんじゃないかと思ってましたが、何とかいけましたね」


一番手、満足げなシェイル。


「もう。また下半身埃だらけになっちゃったじゃん。いいお店だったけど、アクセスの悪さだけはどうにかしてほしいよね」


二番手、不満げなカフネ。


「僕は…、メタいのは苦手なんだってば…」


三番手、引きずるユラ。

あの後、ユラはカフネが色々しゃべりそうになったのをどうにか制止したようだ。美味しい食事は人の口を緩ませる。今のカフネは、確実にあることないこと話すと予見したのだ。山場を乗り越えたユラは、絞られ尽きた雑巾のようにくったくたになっていた。


「さすがに可哀そうね」

「慈悲が遅い!」

「ふざけすぎましたよ~すいませんって」

「もう許さないぞ」

「じゃとりあえず罰として、彼に一週間ウチにある女性もののメイド服を着て接客してもらうってのはどう?」

「許す」

「私が許しません」


拍子のいいトークもそろそろおあいそ。

夜も更け、空には右側の小さく欠けた月が浮かんでいた。街の家々の明かりもぽつぽつとばかり。街灯も早く帰路につけと歩行者を探してはにらむ。3人はそそくさと来た道を戻り、ペラリウム前の広場に着いた。


「宿は?」

「とってあるよ。半身浴してすぐ寝るつもり。

でも待って。またねの前に、こんばんはしとこーよ」

「ああ、そうだったね。

シェイルくん、下がってて」

「?ええ」


下がれと言われてもどれくらい下がればいいかわからず、シェイルはユラと同じだけ後ずさりし、来たる何かに対し身構えていた。


―また魔法でも使うんだろうか―


だが、特段そういった様子はなかった。カフネの手のひらは光らないし、長い呪文も唱えない。ただ彼女は、紺色のカチューシャを外しただけだった。左手に持ったそれをぎゅっと握りしめ、その場にしゃがみ込み、自分の前にそっと置いた。


そして、シェイルは神秘に触れる。


「『ワールドローブ』!開店!」


声に反応するように、ぱん、というはじけるような音とともにカチューシャが跳ね上がり、ぼん、という大きな音でそのカチューシャが巨大化した。

否、正確に言えば巨大化ではない。そこに現れたのは木製でアーチ形を横にした、大きな大きな、脚付きのワードローブだった。シェイルからは棚の背中しか見えなかったので、駆け足で前面に回り込む。


「なんですか、これは」


後ろからよりも、前からの方が大きさがより実感できた。幅は両手を伸ばした大人が4人分ぐらい、高さは1.5人分ぐらい、奥行きは2人分ぐらいだろうか。かなり大きい。たとえるなら、角度の急な石橋をそのまま横に倒したような感じだ。

棚自体に扉はなく、アーチの中の空間からすべての衣服が見えるようになっていた。街灯の少ない夜の広場でもわかるほどに、色もデザインも全く異なる五十着以上の服が段ごとに整理されている。

そして内側アーチの中央に鎮座するのが大きな鏡。熊の客が来るならまだしも、人間が全身を映すには十分すぎるサイズだ。

これ一つで、立派に店として成り立っている。目に入ったものを手に取って、試着して、気に入ったらそのまま購入。まるで自分の部屋で、今日着る服を吟味しているときのような身近な感覚を、シェイルは思い出した。


「服でできた世界地図みたいだ」

「おお。2年もすれば品揃えも一新だね」


のっそりと正面に回ったユラも、下唇に人差指を置き、パノラマを眺める。


「売れた分だけ、その都で新しく仕入れるの。そうすると自然に種類が増えていく。

気になるものはありますか?お客さん」


シェイルはすでに同業者としてではなく、ひとりの客としてそれらを吟味していた。つい最近まで衣服に関わる仕事をしていたのだから、余計に釘付けだった。

それらは、工場で淡々と織られ続けるような量産品ではない。一つとして同じもののない現品限り。全てに歴史があり、文化があり、ドラマがある。


「オススメの品とかあれば…一つでもいいので伺いたいんですけど」

「そうね~一口にオススメと言ってもサイズの制限があるから似合う似合わない依然の問題もあったりするのが難点だけど君の背格好だとこれなんかどうかな?薄橙色のチュニック。なんといってもこれは着心地が抜群!砂漠の都パネで仕入れたもので、亜麻布だけで作られてるから汗はすぐ乾くし洗濯もしやすい。袖や襟元のフリルが婦人用を思わせるけど君は中性的な顔立ちをしてるから問題ないんじゃない?

あ~次はこれ!ファズコフの軍服一式!灰色を基調としたシンプルなデザインに金色のボタンがたまらないよね。別に私軍人じゃないしーって思うじゃん?着たら勧める理由が一発でわかるよ。勿論軍服だから動きやすいし、常冬の都生まれだから熱を逃がさないの。今なら軍帽もセットでついてくる!君も今日から先鋭部隊の仲間入りだよ。

これを忘れていた!コランゾン社製の礼装!黒と白の基本的なデザインだけど、胸元に封蝋をかたどった赤のパッチワークがついてて、主張しすぎない特別感を創り出してるよね。華やかな舞踏会は勿論、大事な会合からスパイ活動までなんでもお任せあれ。汎用性が高すぎてあの世まで持っていきたい代物だね」


「あの、」


「そだ、1着ぐらいこういうのも持ってたらいいんじゃない?草都グラッセで仕入れた、駆け出し魔法使いのローブ!紫から白へのグラデーションにこのでっかい留め具がそそるよね。ただのローブと侮るなかれ。見た目以上に多機能なの。ホーキ飛行の補助、高所からの落下も安心な半自動浮遊、魔力感知に露圧障壁と至れり尽くせり。ただ、どれも魔法の才媛がないと機能しないからそこは君次第。このご時世いつドラゴンに襲われるかわかんないし、半分冗談半分本気で購入を検討しよう!

これはまだ誰も手に取ったことすらないものなんだけど、ほら見て、拝庭教の本物の修道服だよ。入手経路は秘密。それでさ、この服にはちょっとした物語があってね。ある少年の両親が拝庭教に執心で、有り金を全て巻き上げられそうになったんだって。何とかしないとと思った少年は修道服の専門店に熱心な信徒のフリをして来店。自分用に仕立ててもらった服を着て、教会にバレないように潜入したの。まあ“サイテー教”って揶揄されるような宗教だからどす黒いことをしてたんだろうね。それを見て憤慨した少年は教会に放火。鎮火した日の朝現場に残っていたのは、灰と教会の骨組みと一度しか着られなかった修道服だけだった、って話。だから君くらいの歳の子にサイズがぴったりってわけ。何度も言うけど入手経路は秘密だよ。宗教が絡むと怖いからね、それからあとは」

「おい喋りすぎだろ。てかなんで誰も止めねェんだ」

「駄目よ~あの子が聞いてるんだし邪魔したら」

「あのちっこいのが一つくれェで良いって言ってただろうが」

「ウーン、ソレモソウネ」

「あ、売り込みに夢中であなたたちのこと忘れてた」


カタログが意志を持って喋っているかのような商品紹介。情報量に吞まれそうになっていたシェイルをようやっと助けたのは、ユラではなかった。

店で聞いた、2つの声。

それらはワードローブ中央の大鏡の裏から、現れた。

真っ白の小さな生き物と、真っ黒の小さな生き物。

手のひらサイズで小さい、が、なぜか夜でもはっきりと見える。

妖精、とは少し違うようだ。


「これはこれは」


紳士の如く腕を体の前と後ろに振り、深々とお辞儀をするユラ。

高貴な人物かどうか以前に人かどうかも怪しいそれらに、シェイルも出来るだけ丁寧な挨拶を心掛ける。


「こ、こんばんは。お初にお目にかかり、…おえェェッ」


めまい。

その次に激しい頭痛。

間髪入れずに強烈な吐き気。

腹部と口を抑え込んで、シェイルはその場に膝をついた。

謎の生物がいるのだから、謎の事象が起きてもおかしくない。仰々しいユラの振る舞いで、シェイルはある程度の覚悟はしていたが、想像を軽く超えてきた。

ユラは慌てて駆け寄り、優しく背中をさする。


「あれま…先に言っておけばよかったね。

位相の違う世界の生物と意思疎通をするには、多少の慣れが必要なんだ」


―イソウ?あーなんか、変な本で読んだことあるような―

何度も深呼吸をし、ようやくシェイルは落ち着く。


「ごめんなさい、悪気はないわ」

「ま普通はそうなるか。ユラとカフネが特別なだけだァな」


やっと視界に焦点が合い始める。

やはり、暗いのにはっきりと見える。

シェイルは2つの小さな輪郭を順に追う。

白い方は、碧眼と金髪以外真っ白。背中には大きな翼と、頭の上には神々しい光輪が浮かんでいる。つむじからつま先まで隙のない美しさだが、特にその表情。どんな小さな悪事も懺悔したくなるその笑顔に、シェイルは畏敬を覚えた。

黒い方は、視るもの全てを火傷させる灰色の肌と赤い眼。背中にはコウモリの翼と頭にはヤギの角。総じて邪悪な印象だったが最も悪辣なのはその表情。どんな聖人も堕落させんとするニヒルなその笑顔に、シェイルは畏怖を覚えた。

間違いなく彼らは、

天使と悪魔。


「本の、挿絵で、しか、観たことなかった、です。

架空の、生き物、だと」

「まあそうじゃんね」

「僕も会うまではそう思ってたよ。立てるかい?」

「はい、でも少しふらふらします」


正体はあまりにも有名な生き物だったが、シェイルが瞬時にそうだと判断できなかったのは、二人共かしこまった礼装を着ていたからだ。ベールの天使にぼろきれの悪魔がファンタジーのセオリーのはず。わからないことだけが増えてゆく。


「悪いことしたね。今日は紹介だけにしておこ。

こっちが天使のデミちゃん。こっちが悪魔のアンハくん。

二人共ほんとはめっちゃ長い名前なんだけどね、これが呼びやすいから」


「デミよ。シェイルくんだったかしら。よろしくわね」

「アンハ。このせまッ苦しいトコに居ねえと安定して存在も出来ねえ惨めな生き物さ。コイツたァ仲良くしてやってくれ。ああ、返事も相槌もすんな。またぐわんとくるぞ」


想像以上の丁寧な挨拶にお返しができないことを悔しがりながら、シェイルは心の中で何度も頷いた。


「まあじきに慣れるよ。それじゃあ、また明日。

二人共、閉じるよ」

「ハアイ」

「あいよ」

「ん?また明日?僕に言った?」

「そうよ?商いするんだよね?」


大鏡の後ろに戻った二人を確認し、「閉店!」の掛け声とともに元に戻ったカチューシャを拾うカフネ。どういった構造なのかシェイルには見当もつかないが、そのカチューシャの中に先程の二人が居ることは確かだった。


「まあそうだけど」

「なに?いやなの?」

「いやいや」

「いやなんだ」

「いや、そういう意味のいやじゃなくて」

「またいやって言った!」

「シェイルくん、どうにかしてくれ。僕は疲れた」

「丸投げしないでください!」


結局この日は全員しゃべり疲れ、全員寝具に入るなり爆睡し、次の日全員寝坊した。



―――

『ワールドローブ』と『うたたね』の店は、広場の端っこで隣同士だった。

旧友と言えど肩を並べれば商売敵。お互い客入りで負けないよう、しかし相手の客を横取りしないよう礼節をわきまえて商売をしていた。

天使と悪魔は商い中は一切顔を出さなかった。体は小さいが、腐っても神聖で人知の及ばぬ生き物。よからぬ客を呼び寄せるし、誤って話しかけようものなら昨晩のシェイルのようになってしまうからだ。

シェイルは大鏡の後ろにどんな空間が広がってどのように過ごしているのか覗いてみようと一瞬思ったが、トラウマが手枷足枷になり駄目だったようだ。


さても閉店の時間。ユラは看板をひっくり返し、シェイルと二人でワードローブの前に向かう。


「どうせなら何か買いたいと思ってね。シェイルくんには、そだ、昨日言ってたコランゾンの礼装を買ってあげよう」

「え、良いんですか?」

「僕は色んなお店で色んな形態で商売をするからね。ぴしっと決まった服が一着あると役者も映える」

「毎度あり。だけど、裾上げが必要だから、後で履いて確かめてみて」

「それと僕も~なにかオススメしてよ~

出来れば一品だけ、一行でアピールしておくれ~」


ユラは昨日のような長い売り文句は聞きたくないらしい。

自分を棚に上げるのは得意なようだ。


「じゃあこの帽子。あんたこういうの好きでしょ。以上」


カフネは数ある引き出しから一つを選び、帽子を取り出す。

つばの大きい土気色の帽子だった。

使用感はないが少しくたっとしていて、新品にありがちな硬さは感じられない。

前面の右側に丸い玉の連なった飾りが3つついており、それ以外の装飾は特にない、素朴な帽子だった。

本当に一行でまとめあげてしまったが、実際ユラはこういうのが好きらしい。

すぐさま手に取り被る。3つの装飾がぽろんとぶら下がり、ユラの右目を格子状に隠した。

きらきらと輝くその目を。


「あ~さすがカフネ!ちょうど前の帽子が役目を終えてね~いいのがないか探し回ってたんだ。これからの旅のお供にするよ」

「はい毎度あり~」


かくして今日の『うたたね』の稼ぎは、礼装と帽子に消えた。



――

「君もすっかり一人前だね」


早速買った帽子を被るユラが、ペガサスを愛でるカフネに話しかける。


「そこまでじゃないよ。けど半人前でもないかな。

ユラが色々教えてくれたおかげじゃん」

「勝手にべらべら喋ってただけさ。

懐かしいね、一緒に旅をしてた頃が」


―なあるほど。二人は今の私のように、旅をしてたんだ。どうりで仲がいいわけだ。

一人前、か。私もいつかそう言われるようになりたい―


シェイルは馬車の裏で片付けをしながら話を聞いていた。ふと、込み入った話になりそうで、聞かないのがマナーだと思い、再び仕事に集中し始めた。


「好きよ」


無理だった。

込み入りすぎだ。

これを罰せる法律が存在しないならと、お咎めにおびえながらシェイルは再び盗み聞きをした。


「ありがと、僕もだよ」


カフネは理解している。

きっと真意の半分も伝わっていないと。


「友達としてじゃなくて」

「僕には、そこから先の感情がよくわからない」

「…前も、そう言ってたね」


ユラにとって、“友情”の上にあるのは、“もっとすごい友情”だけ。

カフネが言っていることが頭では理解できても、心では納得しなかった。

平凡で普遍的な感情。

どんな物語にも出てくる心情。

満月を盗む動機でさえあるのに。

ユラの中でそれはいつまでも、創作上の概念にとどまっている。


「あんたのこと、忘れちゃおうかな」

「それは嫌だよ」

「冗談。半分だけ」

「半分か~。コイントスで決まる友情とはね」

「表しか出ないって知ってるくせに」


シェイルから顔色はうかがえないが、二人が笑顔なことだけは分かった。

しかし確かに、悲哀が感じ取れる声。

あたりの雑踏でかき消されるほどに微かな。

一夜では語れぬ過去が、二人をそうさせているんだろう。

シェイルの大きなため息に勘付いたのか、辛抱たまらんといった様子で別の二人が沈黙を破る。


⦅ウーン、青春ね⦆

⦅カーーーもどかしい!何が青春だ、青臭くて食えやしねェ⦆

「も~盗み聞きしないの!」

⦅この距離じゃ聞かねェ方が難しいだろうがよ⦆

⦅ソレモソウネ⦆

「デミちゃんも適当に返事しないの!」


弱々しい地団駄を踏むカフネ。

シェイルは片づけを終え、その和んだ空気にゆっくり混ざった。


「ユラさん、こっち終わりましたよ」

「ありがと。それじゃあ図書館に出発だ」

「ユラはもうちょっとここにいるの?」

「そうだね。ここはご飯も口に合うし。どして?」


くいっとユラに近寄るカフネ。


「アタシは大事な用があってね、今日にはここを出るの」

「そか。夕暮れ時に都を発つとは、模範的黄昏商で感心感心」

「また会いに来るからね。今度はノーヒントで!」

「ふふ。君はやっぱり、そっちの笑顔の方が素敵だな」


にいっとカフネに笑いかけるユラ。


「それじゃあね、良い旅を、カフネ」

「良い旅を、カフネさん」

「うん!良い旅を、二人共」


身軽な少女はくるりと翻る。


瞬間、街灯がつき始める。

見送られた少女は、心拍が上がるのを感じ、人ごみに紛れ、緊急招集会議を始める。


「ねえ聞いてた?そっちの笑顔の方が素敵だ、って。ずるいよね」

⦅未必の故意だ⦆

「そうかもね」

⦅なあにそれ?⦆

⦅辞書引け⦆


「絶対好きにさせてやる。

次会う時が付き合う時よ」



―――

「久しぶりに開けるから穴が錆びてるな。全く。ちょっとまてよ」

「事案も複雑なら開錠も困難ときたか。ままならないねえ」


ペラリウムの一階、受付の後ろの階段を下ったところにある鉄製の扉。壁も天井も階段も錆びた鋼鉄でできており、立っているだけで息苦しい空間で三人、鍵を開けようと試みる。


がちゃ。


しばらくぶりに開けられた扉は年季の入った摩擦音を響かせ、重々しく奥側に開いた。


「けほけほ、埃がすごいな。上着を洗ったばかりだというのに。全くタイミングが悪い」

「うわあほんとだ。すぐ終わらせるから待ってて」

「真っ暗ですね」

「三列目の一番奥だけには絶対行くんじゃないぞ。まだ本を読める眼でいたいならな」


地下に作られ、窓もないため、当然外から光などは入ってこない。

そこに整列した本棚は地上階のものよりも二回りほど小さく、シェイルがジャンプをすれば一番上の棚にも手が届くほどだった。

しかし隣接する本同士の背表紙にはどこも一貫性がなく、触っただけで崩れ落ちそうな本の横には、先ほどまで誰かが読んでいたのかと思えるほどにぴかぴかの本があったりする。


ここは禁書庫。本の監獄。

禁書になる理由は様々。読むものに危険な知識を与えるもの、都の法律で閲覧が制限されているもの、識字することそのものが人体に有害であるもの。とにかく、押しなべてそれらは万人には読ませられないものだ。

今回それらを釈放したのは、二人の私的な好奇心だった。

始まりはシェイル。昨日この図書館の通常の本棚で、禁書であるはずの13巻の一節を読んだところ、シェイルが記憶している文章とは全く違っていたことがあった。それが引き金でシェイルとユラは仲を取り戻したので、人生何がどう作用するかわからないものであるが、まだ大元の疑問は払拭されていない。


「13巻は唯一、なぜ禁書になったか、の理由が出版物倫理委員会から公表されていない。閉本記の出版社も同様にな。ワタシも上に聞いたことがあるが頑なに答えなかった。加えてペラリウムにあるこの本が禁書と認定されなかったことも濁された。だがこれではっきりしたな。この件、どこかに闇を抱えている」

「私も少し怪しいなとは思っていたんです。商都で会ったユラさんの友人が持っていた13巻は、ぼろぼろで判読不可能でした。それもただぼろぼろじゃないんです。

燃やされていました。おそらく人の手によって」

「焚書とは古い手を使うものだ。私も13巻だったものを目にしたことがあるが、灰の塊だった。思想の矯正か、財宝の独り占めか、閉本記ならそれくらいいくらでもありそうだ」


「さっきから難しい話ばっかりして~~ちょっとはこの魅惑の空間を楽しみなよ~シェイルくん~」


ユラは眼鏡をかけ、目をすぼめながら、手に取った本の極小の文字を眺めていた。ユラの退屈そうな様子を見るに、大したことは書かれていなかったらしい。


「ユラさん。実は今、とっても面白いことが起こる気がしているんです」

「ほお。なんだいなんだい」


本棚越しに見えるユラの目。シェイルの目は期待に応える。


「“注文通りのものができた。私は大いに満足した。やはり神業と言わざるを得ない。前述した通り、この人々は近いうちにこの都を離れ、人目のつかない山奥に身を隠すようだ。寂しいことこの上ないが、仕方のないこと。悲しむことはない。旅の流れに身を任せていれば、きっとまた相見えよう。それまで、しばし、感謝と、決別を。”」

「昨日言ってたとこだ。偽物の13巻の169ページだったかな。全然違うって言ってたやつ」

「ここの()()()一節を暗唱しましょう。


“注文通りのものができた。私は大いに満足したが、この地の人々は不満と不安に顔を曇らせている。もうじきここに、歓迎できない者たちが来訪するのだと。予言などではない。蔓延する事実だ。自作の武具を持ち、皆々ここで戦う準備をしている。嘆くものは口を揃えて、どうか見つかりませんようにと言う。私もそう願う。見つかるでないぞ。美しきオランドの主君よ”」

「?へんなの。ライエース氏にしてはえらく抽象的。でも一つ固有名詞がある」

「オランドの主君。今読んだ一節の前後は省略しますが、私が覚えている本文の内容をまとめると、


一、その都では“オランドの主君”が崇拝されている。

ニ、都の人々は“オランドの主君”の守護をしている。

三、“オランドの主君”は人ではない。

四、“オランドの主君”は無機物である。

五、“オランドの主君”は知性があり、言葉を話す。

六、前述した都の所在は不明。


まるでなぞなぞです。スパインさん曰く禁書庫のほうに情報がありそうだということで、今こうして、“オランドの主君”という記述がある本を探している、というわけです」

「ほーん。宝探しってわけか。そのオランドの主君とやらをもし都の人が守り切っているとしたら、僕らもそれを拝めるかもしれないね」

「全く、どっちが上司なんだかわからんなお前らは。あ、おいまて。これを見ろ」


シェイルとユラは自分のいる棚を離れ、スパインのもとに集まる。

スパインが広げていたのは、ある神話全集。全国のローカルな神話が蒐集された、長く続くシリーズの43巻であった。本の小口と天地に貼られた金箔が剥がれ落ち、スパインの指に付着しているが、そんなことを気にする余裕は誰にもなかったようだ。


「ビスカ地方の神話、“オランのあるじ”。これはオランドの主君のことで間違いないだろう。ビスカは今でいう鋼都ティティナだな」

「君すごいな…よくもこんな早く」

「ティティナですか。確かにあそこは山に囲まれて人里から離れていますからね」

「さて、なになに…」


そこからの記述によって、

二人の旅は大きく左右することになる。

猫をも殺すその決定的な一節は、

不可能世界の特異点を書き記す。




瞼は閉じるも透け眼  毛一つ虚を切り裂かん

五指は先まで温く  爪はなぞらえ飴細工

姿形の変れども  民の心地を能く摑む

其方を護り仕えよう  其方は硝子の王子様




「……館長さん」

「ああ。間違いない。テッティナの人々が全力で護ったオランドの主君とは、

瞼を閉じても透けて見える瞳に、鋭く尖った毛先。

指先は温かく、爪は飴細工のよう。

形がいくら変化しようと、人々の心を確実に掴む、

ガラスでできた王子様だ」


深い息をしていた。

禁書庫の中の酸素が薄くなったかのように、三人は立ち眩みに近い状態になったまま、その本の一節を読んでいた。

ガラスの王子様。この上なく甘美な響きだった。

ただの虚構と笑えなくしたのは、商人の決意だった。少年の暗唱だった。館長の発見だった。

偶然が積み重なった末にたどり着いた、古ぼけた本の1ページ。

少年の暗唱が間違っていたら?13巻が実はしょうもない理由で禁書になっただけだったら?この神話もただの創作じゃないのか?誰かが先に見つけているのではないか?どこかで勘違いをしてこの結論にたどり着いたのではないか?


笑止。


圧倒的なロマンの前に、野暮な仮定は、埃ほどの力も持たない。

旅の行く先は大きく変わる。

すぐにでも出発したいくらいだった。

極論、言い出すのは誰でもよかった。

だが、言い出したのはユラだった。


「シェイルくん」

「はい」

「汽車には、乗ったことあるかい?」



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