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不可能世界と黄昏商  作者: ざらめ
第一章 醜い王子はもう泣かない
14/20

第14話 ロマンじゃなくて

自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。

あ、えーっと。

ひっさしぶりに物語を紡ぐもんでな!

軽く前回までのあらすじをば!


廃れた都の少年シェイルはひょんなことから、奇妙な雑貨屋にいた黄昏商のユラと、旅に出ることになったんだ。そこからは目の回るような日々さ。体に水晶が生える病にかかったり、口うるさい魔法使いが酔っぱらったり、毒々しい魔法使いに捕まったり、実は氷の魔法使いだったり、えとせとら。


今回の舞台花の都と壁の向こうの腐の都。市長のいざこざ、色の見えぬ少女、悪しき文化を塗り替えるテロの計画と課題は山積みだったが、少女にさした“目薬”がきっかけで、その計画は成功を収めるのさ。

話はその後。盲目の少女イリスの母親、エルコとその仲間たちの晩餐から始まる。まだまだ続く二人の商人のおとぎ話。最後までお付き合いいただけたら、これ幸いにございますだ。―お節介焼きの誰かさん―



―――

空を眺めて1つ気づいた。

― 星は、腐都の方がよく見える。

祭や民家の明かりは素晴らしいが、人々の活気に追いやられて見えなくなってしまうものもある。それは時に星だったり、時に壁の向こうの問題だったり。

臭い物に蓋をするのは簡単だが、それが本当に臭いかどうか、壁の向こうの人々は身をもって確かめる必要があるだろう。

実際、かぐわしい香りだった。―

シェイルは晩餐の喧騒を抜け出し、夜の空を見ながらそんなことを考えていた。

ざざっ。

草の上の足音。

隣を見ると、赤ワインに頬をうっすらと染めたエルコの姿があった。


「ユラさん大丈夫そうですか?あの人酒癖がいいとは言えないので」

「ああ。うちの門番と腕相撲してたぜ」

「まだ大丈夫そうだな」

「酒は飲まないのか?少年」

「一文で矛盾しないでください」

「あハハ、アタシも回ってきたかもな」


ユラの声が中から聞こえた。

どうやら腕相撲には勝ったらしい。


「ところで、気になることが1つ」

「なんでしょうかヴィ少年」

「あでも、酔いがさめちゃうかも」

「かまわんぜ」

「…あの時、市長さんに投げたのって、ラベンダーでしたよね?」

「そうだぜ」

「花言葉、一時期好きで調べてたことがあって」

「ほう」

「“あなたを待っています”」

「ほお」


暗がりでもわかるほどに、頬の紅がゆっくりと消えていく。

しかし酔いが覚めた様子はなく、先ほどと同じ陽気な笑みを浮かべている。


「いいことを教えてあげよう、少年。

ラベンダーの花言葉にはもう1つ、“沈黙”とある。

もひとつ。あれは“枯れた”ラベンダーだぜ」

「はあ」


いつものように三つ編みをくるくると触る。

きっとその金髪も、彼女には白髪にしか見えないのだろう。


「1つの視点からではわからないこともある。

多角的に見てもわからないことだって山ほどある。

アタシを皮肉屋と取るかロマンチストと取るかは、君次第だぜ」


だが、この人に出会って、少女に出会って、シェイルは考えを改めた。見えすぎている自分には、一生かけても見えないものが、彼女には見えるのだ、と。

その日シェイルは、酔いつぶれたユラとともに、エルコの家に泊まった。


――

「二日酔いしないのは、あんたの強みだぜ」

「隠すのがうまいだけだよ。今すごい気分悪いし」


朝。いつもよりトーンの低いユラは、エルコ達に見送られる。腐都中から人が集まり、各々が謝辞を述べるのを、眉間を押さえながら聞いていた。


「わお、こんなに沢山ありがとう。言っとくが僕は商人だからね?売っぱらっちゃうからね?」


腐都の人々からプレゼントされたのは、籠いっぱいのドライフラワー。セピア色の花束はどれをとっても一級品。ひとつも同じものなどなく、こじんまりとひしめき合っている。


「勿論、良い広告になるぜ。ま、一つくらいは本の栞にでもしておくれよ。そいつらも喜ぶだろうぜ」

「そうか、そうだね、そうするよ」


回れ右。背を向け、壁の方へ向かう。


「エルコ」


振り向かないまま。


「落ち着いたら、あの子に会ってあげなよ」

「…そうか、そうだね、そうするぜ」

「それじゃあね」


腐都のお話はここでおしまい。

壁の向こうの都には、まだ用事が残っている。

他でもない()()()のこと。



―――

「あ!お姉さん!昨日会ったっけ?」

「あらお嬢ちゃん。気のせいじゃないかな?」


大騒動の後。ズンデルト街は例年より入念な片付けを強いられることとなった。様々な色をぶつけられた壁は存外良い仕上がりになっていたため、ほとんどの家がそのままの形で放置することにしたようだ。

イリスは出店を片付けるお手伝いをしていた。

屋台の骨組みを小さな体で力強く運んでいる。

その横には、以前よりも生き生きとした顔をしたルークが、これまた大きな骨組みを運んでいた。

人手不足にユラは腕を組む。


「エルコの奴、酒が抜けたら手伝うんだろうなあ全く」

「じゃあ私達も手伝えばいいじゃないですか」

「ああ、そのことについてだが、」

「おお!商人のお方!」


ルークは骨組みをほっぽりだし、ユラに駆け寄った。


「やあやあ。昨日はどうも」

「本当に、ありがとう、なんとお礼を言ったらいいのか」

「ありがとうで十分ですよ」

「そんなわけには、代金は今手渡しでいいか?言い値で構わない。もう老い先に悔いはないんだ。少ないが貯金だって切り崩す覚悟で、」

「あそうだ、僕は怠け者でしてね、重労働は酢漬けトウガラシの次に苦手だ。ほんとはエルコ達と一緒にこの街を掃除するべきですが、どうも気が進まないんです。だから、僕と彼の掃除代行を任せてもいいですか?」

「?ええもちろん、喜んで承るよ」

「ありがたい!それじゃあ目薬の代金から掃除の代金を差し引いて…

お会計は0リーレですね」


ユラは指で真円を作った。

ルークは目を円くした。


「いやいや」

「どうされました、領収証が必要で?」

「違う、割に合わないだろう…そんな程度では」

「いいえ?僕の代わりなんですから妥当です」

「…老い先短いとは言ったが、一丁前に矜持はあるんだ」

「では、」


ユラはすたすたと、イリスに向かって歩く。

手提げの籠からカスミソウのドライフラワーを取り出し、しゃがんで手渡した。

朗らかな様子で、イリスはそれを受け取る。夕陽がカスミソウの影を伸ばし、白いワンピースに細緻な模様を縫い付ける。


「かわいい、ありがとう」


頭を軽く撫で、ユラは立ち上がる。


「今何より大事なのは、あの小さな笑顔です。

しばらくしたらこの街にまた来ます。

その時にお茶でも頂きましょう。

イリスちゃんを頼みますよ」


ルークは根負けした様子で、しょうがなさそうに笑った。


「勿論だ。黄昏商は神出鬼没、長生きせねばな」

「ええ。それではまた。行こうシェイルくん」

「はい」


―馬車はどこにおいてたかな―

そんなことを考えながらシェイルはユラについていく。

後ろで、背伸びした影が手を振っている。


「お兄さん達ばいばい!」


二つ、長さの違う影が手を振り返した。

華都のお話は、ここでおしまい。




次の旅先は決まっている。





―――

暗がり。

それは太陽の有無だけが作るものではない。

何かが遮ることによって生まれる暗がりもある。

あるいは屋根。あるいはテント。あるいは人だかり。あるいは、曇る感情。

ここにはそのすべてが密集している。

馬車など通れるスペースはない。

無論、馬車を連れて練り歩く必要も、ここではないのだが。


「黄昏商が唯一商売できない都じゃないかな。なんてったってこの都の建物はオークションや競りの会場ばかりで、建物と建物の間はマーケットがびっしり。昼でも暗いのなんのって、あシェイルくん今!札あげて!」


品物が海からやってきて、海から出てゆく。昔から地の利を生かした交易の拠点であり、それは今でも健在。言わずと知れた商業の都。


ここは、商都ソルダ。


「そのマーケットで商売すればいいじゃんって思うでしょ?まああとで見に行くからわかるさ。あのよそ者を嫌う感じと縄張り意識。僕は皮膚こそ薄いつやつやの肌だが面の皮はそんなに厚くなくでね。この都では仕入れに力を入れるんだ、あ、札上げて!」


商都は先述した理由の通りだが、そうでなくとも黄昏商は大都市には腰を下ろさない。基本的に大都市には出る幕がないからだ。商都で卸された物品は船に乗り海を渡り大都市で販売される。いくら黄昏商が幅広い物品を取り扱っているとはいえ、大都市の専門店には同じものが置いてある。店を開いて他店と商品が被っていては双方の為にならない。


「だからこそ黄昏商は辺境の地に赴く。お客様の商品との出会い、終わりのない旅に重点を置くんだ。したがって良心的価格設定が売り。薄利少売であまり稼げはしないけど、商売敵を気にする必要がないのは黄昏商の大きな利点といえるだろうね。お!落札!やったじゃん~どうですか~初オークションの感想は」

「137番!257000リーレで『龍の溜め息』を落札です!」


シェイルの札の番号が高らかに会場に響く。数人がシェイルの方に振り向き、小さな拍手を贈った。わけもわからず番号札を握らされたシェイルは、自分が何を落札したのかさえ理解していなかった。


「情報量が多すぎます。まるで昨日の晩御飯みたいだ。

あのおぞましい、名状しがたき有機物の塊を思い出します」

「その話はやめておくれ…調子に乗ってアレンジしまくった僕が悪かったよぉ」


昨日の晩餐に何があったのかは二人のみぞ知る。

なにはともあれ、シェイルは初オークションで競り勝ったようだ。


「最後まで競ってきたやつがいたから少し高値での落札になっちゃったけど、まあ想定範囲内だね」


ユラは商品を手に入れることができて満足げだった。

―そんなにいいものなのだろうか―


「で、『龍の溜め息』って?」

「浪漫を追い求め、浪漫に命を賭した大昔の冒険者が完成させた、まさに浪漫の瓶詰めだよ」

「ロマンの瓶詰め?」

「違う、浪漫だよ」

「いやだからロマンですよね」

「全然わかってないなあシェイル君は全く」

「え、浪漫?」

「そう!それだ!」

「何が違うんです?」

「全然わかってないなあシェイル君は全く」

「さっきも聞きましたそれ」

「全然わかってないなあシェイル君は全く」

「…1+1は?」

「全然わかってないなあシェイル君は全く」

「昨日の晩御飯の毒が今頃まわってきたんでしょうか」

「だからごめんて、ってちがわい」


ユラはその後の出品にはまるっきり興味がないようだった。

そそくさと立ち上がり、その浪漫を受け取り会場を後にした。


「その珍しい形の小瓶1つで約26万リーレって、そんなに価値のあるものなんですか?」

「あるといえばある、ないといえばない」

「商人にしては曖昧な返答ですね」

「覚えておくといい。

浪漫というのはこの世で最も愚かで、最も貴い付加価値なんだよ」


――

二人は雨の止んだ後の裏路地を進む。

ぬかるみ、路地を覆うぼろぼろのテントからの水滴。

いくら足元が悪かろうとも、マーケットの店主は快晴の日と同じ声量で声をかけてくる。ユラはそれに一瞥もくれないまま、右へ左へ曲がっていく。


「見ていかないんですか?」

「僕らのが安い」


品揃えは世界有数を豪語するソルダのストリートマーケット。

ここにしかないからと、せっかく来たからと、客は法外な値段であっても両手に収まりきらない程購入する。ユラはその不誠実な商売が気に食わないらしかった。

軽蔑はくれているようだ。

―見ていかないんですかの答えにはなってないけどなあ―


「たしかに。あれなんて半額で売ってますね」

「目的地の店に興味はないが、あそこは優良店だ。

アイツはよそ者だけど、たいそう優遇されて、誰もが進んで店を明け渡す」

「じゃあその人は黄昏商なんですか?」

「ぎりぎり。ほらここ」


ユラは濁った水たまりに足を止めた。

なにやら、鼻を衝く、焦げたような匂い。

一度だけ嗅いだことがある気がする。

そう、綿都から逃げる際に、警官が放った弾丸から、


「硝煙?」

「ご名答ゥ!」

「うわ!」


黒色が鈍く光る陳列棚の奥からやってきたのは、

全身の半分ほどが金属でできた、ペンチを担いだ大男。


「うちの従業員を驚かさないでくれないか」

「おっと、こりゃすまねェな、魔法使いさんよォ」


ずずいと、体格差をもろともせず、ユラは大男ににじり寄る。


「企業秘密なんだよ。金属がクッキーより脆く崩れ落ちる温度って知ってるか?この****野郎」

「こちとらただの金属じゃねえんだよ。俺の健全なる肉体の半分を補ってんだ。やれるもんならやってみやがれこの******がァ」

「おい、この都で一番でかい広場はどこだ?そこでアンタの****作って毎年****で****やってやる」

「ストーーーップ!伏字が年末くらい忙しそうです!」

「フン。この利口そうなガキに免じてサシはお預けにしといてやるよォ」

「利口そう、じゃなくて利口なんだよ。シェイルって名前もあるんだ」

「よ、よしなに」


自己紹介というのは自分で自分について話すものではなかったのか。

若干大人げない青筋の立て合い。

商人同士のいさかいに、周りには野次馬が押し寄せている。

それを、大男が一息吸い込み、


「見せもんじゃねェぞォ!!」


一喝で蜘蛛の子に変えた。


「ついてこい、いい酒がある」

「飲むわけないだろこんな真昼間から」

「なんでだ?お天道様が禁酒でもしてんのか?」


店の奥にある急勾配な階段に二人は連れられる。

外から見えていた黒光りの商品は、

今にもこのマーケットを破壊し尽くしそうな、重火器の山だった。


――

「黄昏商には、というかすべての商人にはいくつかの分類があるのを知っているかい?」

「あーなんとなくですが」

「例えば僕は“小間物商人”。雑貨の中でも小さな部類のものを扱う。反対に小間物より大きなものを扱う商人を“荒物商人”と言うんだ。シャンデリアは“魔具商人”。エルコは草花を主に扱っているから強いて言うなら“庭商人”だね。そして言わずもがなこいつは、

“武器商人”だ」

「この世で最も命と隣合わせの、気高き商人さァ。

俺はトイ=ミランダ―スだ、よろしくなァ」

「端的に危険バカと言えよ」


ガタイの割にはかわいらしい名前をしている茶髪の大男は、力強くシェイルと握手をした。暖かい手の中に、冷えた人差し指が混じっている。よくよく見ると、全身の金属でできた箇所には、『Toy's』というしゃれたロゴマークが彫られている。


「いいだろ、この体。随所にロマンがちりばめられているのさァ。指だって見てみろ!最新型、超小型のジャンプナイフ搭載よォ!」

「ハハすごいねえ。ニンジンでも切ってなよ」

「フン、こいつは昔からロマンがわかっちゃいねえ」

「鏡でも見て喋ってるのか?僕はここだよ?」


シェイルは二人の剣幕にもすっかり慣れ、若干じゃれ合いのようなこの言い争いをニコニコしながら眺めていた。ユラ少年のようだと思ったことはあるが、子供のようだと思ったのは今日が初めてだった。


「お二人はどういった関係で?」

「以前オークションで大競り合いになってね。喧嘩騒ぎになって退場くらって、気づいたら一緒に酒を飲んでた」

「ありゃあロマンの詰まった一品だったなァ。

今日のもそうだった。

あともう少しで手に入ったんだが、俺の他にもロマンを追い求めるやつがいてな、いやあ惜しかったなァ」

「あ、ハハ、アハハハハハハ!」


何かに気づいたユラは抱腹絶倒。


「何がおかしい?」

「間違えているようだから訂正しておくけど」


笑い涙をぬぐうユラは、懐から珍しい形をした小瓶を取り出し、

向こう百年誰も越えられないであろうしたり顔でこう言った。


「“浪漫”な?」


ビキッ。


火薬の香りの漂う狭い部屋の中で、


「テンメェェェェェェ!!!!」


こめかみの血管が切れる音がした。














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