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不可能世界と黄昏商  作者: ざらめ
第一章 醜い王子はもう泣かない
12/20

第12話 ぽたん

自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。


歴史はいつも紅い。

愛と純血の螺旋状。―名もなき歴史学者の小言―


―――

乾いた空間を潤す、言葉の水。

如雨露を持つのは、聡明な少年。


「恐縮ですが僭越ですが痛み入りますが説明させていただきます」


仰々しい前置きとともに語り始める。


「ちょっと弱い根拠から話しますが、イリスちゃんの母親としてエルコさんが適齢であることです。次いでに金髪ですし。顔のつくりも似てるような…想像の範疇を出ないですがね。

次に、この家、商人の家にしては絵画が一つも飾られていなかったんですよね。好みもあるかもしれないですけど、こうも考えられる。

絵画を扱いたくないんじゃなく、()()()()()()

商人として商品を見る目というのは大事だとユラさんも再三言っていましたね。医学書で読んだんですが、色盲は大抵の場合が遺伝。イリスちゃんのは先天性と言ってましたから、辻褄が合うんです。というか、この仮説が正しいとしたら、ユラさんによく今まで隠し通せましたね」

「仮説は正解。そうさ。病的なまでにひたむきに隠してたからね」

「なんで僕にそんなことをする必要が…」

「面白いからさ。秘匿の事実に気づく人の顔が、ワタシは一番好きなんだぜ」

「そうかそうかつまりあんたはそういうやつなんだな」


人を顧客か遊び相手にしか分類できないやつだったと、ユラは目を伏せる。


「そして最後。あの話を聞いても、エルコさんは『ノミキノミ』をかたくなに渡そうとしなかった。おふざけだとしたら今度は私が怒髪天ですが、それも違うんでしょう。

今は渡せない、直接的な理由がある。

父親が華都で母親が腐都という対立構造を見ると、政治的な理由が絡んでいそうですが、ここら辺からはエルコさんが説明してください。

恐縮ながら僭越ながら痛み入りながら、私の推理は終わりです」

「いやあ!いい推理だったぜ!きっとワタシより優れた目を持っている」

「受け止めづらい誉め言葉はやめてください。受け取っておきますが」


朗らかな雰囲気の中、少し悔しそうな表情でユラは顔を上げた。机を人差し指でトントンしながら、エルコに催促をする。


「はいはいつよいつよい。それで、もったいぶってないでさ、話しておくれよ」

「そうあわてるなって。

そうだなあ、よく聞くことわざがあるじゃないか。

『歴史はいつも紅い。愛と純血の螺旋状』ってさ。

つまりはそういうことなんだぜ。

今じゃ誰も聞いてくれないお話を、根堀り葉掘り聞いておくれ」


長い脚を組みなおし、エルコは昔話を始めた。



―――

そんなに前の話じゃないさ。つい最近の話。まだワタシが黄昏商として大界を練り歩いていたころ、華都にたどり着いた。祭りの時期じゃなかったんだが、それはもう美しい都で、色が見えないワタシでも、心奪われるのに時間はかからなかったぜ。最初は、ちょっと長めにこの都にいようって気持ちで、商売をしてたんだぜ。

ある日、男の客がワタシの店に訪れた。そいつは目を輝かせて、まるで美術館を順路通りに進むように店内を見て回ってた。次の瞬間にはワタシの目の前に来て、これについて教えてくれって、無垢な少年のみてえにがっついてたんだぜ。

そん時に聞こえたんだよ、恋に落ちる音が。

紛れもなく、疑いようもなかった。

一目惚れってタイトルで小説でも書こうかと思ったぜ。


それからそいつは常連になって、毎週のようにくるようになった。たまにデートに誘ってもらってさ、ワタシからも誘ったりしたぜ?そいつってば何でも言うこと聞くんだよ。サソリ食えっつってほんとに食ったときはマジに引いたなあ。無論、猛毒が回ってたのはワタシの方だったぜ。もう病的なまでにメロメロさ。

そいつはでっかい夢を持ってた。いつか市長になって、この都を()()()()都にしていくとさ。ワタシは、あいつならできると思ったし、きっとあいつにしかできねえとも思ったぜ。色眼鏡が掛かってなかったとは言えねえが。

お分かりかもしれねえが、この頃には、黄昏商なんてやめちまおうと決めてたぜ。こいつの行く末を見たかったし、一緒にいたかったからな。

結婚まで話が進んだくらいのときに、ワタシは子供を妊娠した。すべてがトントン拍子で、何もかもうまくいくんだと思い込んでたぜ。

エルコ、一生の不覚。

そうは問屋が卸さねえって、商人が忘れてちゃ世話ないよな。


知ってるかい?この都が、美しさを保ってる理由。

華都に来て、一度でも、()()()()()()()()

見てないはずだぜ。

ワタシも見なかった。

不思議に思って、気になって、祭りが終わった後の花畑を数日眺めてた。真夜中だったかな。家から出てきた花畑の持ち主は、散水機なんて持っちゃいなかった。


持ってたのは大きな木製の草刈り機。

それで、まだ満開の花を刈り取ってた。

ひとつ、残らず。

なんのためらいもなく。

病的なまでに。

信じられるか?

意味わかんないよな?

ワタシもそうだったぜ。

夜の街を駆け抜けた。どこの花畑も同じ作業をしてた。みんな狂っちまったんだと思ったぜ。走って走って、たどり着いたのはそいつの家。ドアを蹴り飛ばして、そいつを無理やり起こした。そのことを話すと、あいつは眠そうだった目を見開いて、話をした。


「この都の人間は、満開になった花のその後に興味がない。むしろ忌み嫌っているんだ。枯れていく花を見ることを極端に嫌がっている。だから、刈り取る。そして夜のうちに、みんな花の墓場って呼んでるごみ処理場に持っていくんだ。ボクはずっと疑問を持ってた。なぜ最後まで愛してやれないのかって。今の市長もその意識を変えようとはしてるが、弱すぎる。だから、ボクが市長になって、変えてやるんだ」


心強かったぜ。一夜にしてワタシはこの都の人間を、一人の味方とそれ以外に分類したよ。ワタシも全精力を注いで、この都の悪しき風習をなくそうと思ったぜ。


もう少しでおわっから、長話にあと少しだけつきあってくれよ。


悪いことってのは続けてやってくる。神様ってばほんと、平等に不幸を配るのがお好きさ。

前市長が暗殺された。選挙期間中にだ。

草刈り機で轢かれたんだと。家の白い壁が真っ赤に染まっていたらしいぜ。花を刈らずに残すっていう活動に対する過激派の犯行だったらしいぜ。過激派って言ってはいるが、あの真夜中の光景を見る限り、殆どの人間が同じ思想なんだろうがな。

それで一番おかしくなったのは、ほかでもないあいつだったぜ。選挙に出馬するってのに精神を病んじまって、二三日部屋から出てこなかった。そして、やっとでてきたんだ。安心して顔を見てみると、なんだかいつもと違ってた。何かをあきらめた顔をしてたんだぜ。

したら出馬の際、あいつは何を思ったか、急遽選挙公約を変更。今の都の文化の維持をマニフェストとして謳いだしたんだぜ。怒ったよ。ワタシは泣きながらあいつのむなぐらを掴んで、問い詰めた。あいつはか細い声で反論した。


「文化の一新を掲げれば、きっと同じ目に合う。だから最初は噓をついて、後から段々と変えていくんだ。まずは市長になることが大事なんだ」


嘘をつく?段々と?

リーダーが嘘をついていいわけがない。段々と変えるってことをしたから前市長もくたばったんだぜ。そうだろう!って、幾らいさかいをしてもあいつは意見を曲げなかった。今思えば、その時点でもう取り返しのつかないことになってたんだろうな。

結果、あいつは選挙に当選。日を同じくして、ワタシはイリスを出産。希望と絶望が入り混じるその日に、ワタシの百年の恋は、冷え切っちまったんだぜ。


ワタシはワタシしか信じなくなった。同志を募って、小さな組織を作った。幸い、組織と言えるくらいには集まったんだぜ。じじばばも多かったな。花と同じ理由で、この都じゃ老いた人間は好かれちゃいないらしい。

笑えるよな。結婚を約束した男女が、政治的対立とはね。心の壁はそのまま現実に持ち越されて、北と南を分ける壁となった。流れのままにワタシたちは独立を宣言して、腐都が完成したってわけだぜ。


ここで問題になったのはイリスだ。この紛争紛いの争いに巻き込むわけにはいかないから、あいつの知人に引き渡した。それが最後だったかな。あいつと話したのは。

これが現状までのいきさつだぜ。根も葉もないと言われればそれまでの、オチも救いもねえおとぎ話だろ?でも、まだワタシは「めでたしめでたし」を目指してる。諦めちまったら、あいつと同じだからな。



―――

「…辛いですね、、」

「つきあってくれてありがとさん。落っこちた木の実みてえな話だったろ」

「おいおい、その締めじゃあ、語るに落ちてるだけだ。どしたって『ノミキノミ』を渡さないのかの説明がないさ」

「おっと、すまなかったぜ。簡単な話さ。当たり前のように遺伝してたが、色盲になる確率は五分五分だったんだ。これでも責任感じてるんだぜ。だから、見せるなら、あんな花は嫌なんだ。

芽が出て、蕾になって、咲いて、散って、枯れていく。花は最後まで美しいんだ。それが正しく見られる都になるまで、色を見せたくないってだけだぜ」


話し疲れたエルコは、乾いた口を潤すため席を立ち、マグカップに先程と同じ謎の液体を注ぎ、ぐいと飲みほした。

ユラは少し考えて背後にいるエルコに振り向かないまま話しかける。


「わがままだね、君は」

「ああそうだぜ。失望したかい」


声は気丈に。しかし二人に見えないところで、エルコの顔は切なさを帯びていた。

ユラは間髪入れず続ける。


「まったく。要は花と娘のために間も職もなげうったわけだ。簡単に幸せになれる選択肢は今まで幾らでもあっただろうに。娘の気持ちとか考えたことあるのかい?なんて傲慢、わがまま!ほんとに君はどうしようもなく、


立派な母親だね」


「………は。お褒めに預かり光栄だぜ」


誉められたのは久しぶりだった。意思を牽引していくものとして、強くあらねばと願った彼女を、崇める者こそいれど、対等な立場で言葉をくれる人間はずっと前からいなかった。

―立派な母親。

そんなことないのに。

強情なだけなのに。

まだなにも成し遂げてないのに。―


ぽたん、


マグカップの水面に、何かが弾ける音がした。


ユラとシェイルはちらと目を合わせこくりと頷き、何も聞かなかったことにした。


エルコはぐしぐしと顔をこすり、思い切り振り向いた。金の三つ編みがぶんと回る。


「かといって変える方法もなかなか思いつかないんだがな。暴力に徹すればこの二つの都は壊れてしまう。かといって抗議だけを続けていてもいつか前市長と同じ目にあうだろうぜ。あの壁だけがつかの間の平和を取り持ってくれてる」

「ふむ…」

「うなる他ないだろう?」

「ああ。僕がこの一瞬で思いつくことを、あんたが思いついてないはずがない」


沈黙が生い茂っていた。

それを打破すべく、シェイルが暗くなる前にお暇しようと提案し、エルコの部屋を立ち去った。部屋を出ると、いつからいたのか、門番の兄弟が壁に寄りかかっていた。先ほどの剣幕は感じられない。


「なげー話だったろ?」

「門番がそれを知る必要はないだろう?」

「ハハ、商人ってのは押しなべて皆口が減らねえのな」


門番はそういって、二人を玄関近くまで送った。


「気が向いたらまた来てくれ。あ、今度は()()()がドアを蹴破ってくれや。きっとエルコさん喜ぶぜ」


そういって、二人はシェイルを指さした。シェイルは後頭部をさすりながら、沈む夕日に消えた。


「言われてみれば、ところどころに小さな草山のようなものがありますよね。あれが花の墓場なのでしょうか?」

「恐らくそうだろうね。花まつりの時期に満開を迎えられなかった、もしくは咲き終えていた花たちが、夜中に運び込まれるんだろう。ひどい話だね。華都からすれば、腐都はただのごみ処理場でしかないんだろう」


まだ鮮やかな花びらや、これからであろうという蕾が刈り取られ、無残に山を作っている。根のつながってない今、首のない人間と同じ。死を待つだけ。

この時節は少し北側に夕日が沈むため、腐都はこの時間すでに真っ暗だった。帰りの扉を見つけるのに二人は一苦労した

華都は何食わぬ顔で、祭りの片づけと、明日の準備を行っている。あの話を聞いた後で180度見え方が変わっている街並みを眺めながら家に向かう二人。


「それにしても、ちょっと悔しいな」

「ん?何がです?」

「はぁ…てい!」


突然ユラから飛んできた鉄槌にシェイルは動揺する。


「そうやって!僕が!何に悔しがってるか!わかってないとこだよ!」

「えええ~~~~」


ぷんぷんゆら。

シェイルからすれば、理由もなく口を膨らますユラはたいそう幼く見えた。


と。

昨日と同じ道。同じ時間帯。同じ場所。

金髪で麦わらの少女が、そこにいた。

じっと、花畑を眺めていた。


「おう、旅の商人さんたちか」

「行ってきましたよ、エルコのとこにね」

「そうか、まずはありがとう。この子のために動いてくれるってだけで、嬉しいことこの上ないんだ」

「どういたしまして。そうだ、『ノミキノミ』持ってはいたんですが…」

「…」

「交渉失敗です!」

「…そうか」

「もう少しだったんですが、僕の力量不足でした、申し訳ないです」

「いやいや!尽力してくださったんだ!相手にも、きっと素人にはわからない理由があったんだろう」


ユラは、不覚の二文字を顔で表した。ノークは落胆する表情こそ見せないものの、声色はどこか悲哀が漂っていた。


「可能性がゼロじゃないってことだけわかったんだ。立派な儲けだな。謝礼は明日でもいいかな?今手持ちがなくてな」

「ええ。勿論ですとも」


シェイルは、何もかも言ってしまいたい気持ちに駆られていた。でもそれをよくないと判断したユラが、機転を利かせたのだろうとも思った。偽悪を纏うユラを、黙って見つめることしかできなかった。


「ねえ、」

「どうしたんだい、お嬢ちゃん」


振り向かず、問いかけるイリス。

風になびく髪は、夕焼けと同じ色をしている。


「どうして、このお花さんたちはこんなに、寂しそうなの?」


寂しい。

普通の人間なら感じ取ることのできないであろう、花の表情を、少女は確かに読み取っていた。見えないものがあるからこそ、見えるものがあるのだろう。

飛んでゆきそうになる麦わら帽子をぽんと押さえ、ユラは答えた。


「大切なものが、遠くにいっちゃったからさ」


少女は、意味も分からず笑い、ノークのもとに駆け寄った。


「…その様子だと、色々知ってしまったようだな。祭りをこれから楽しめるかわからんが、そうあることを願っているよ」

「ええ、ありがとうございます」


手をつないだ二人は、小さな幸せを握りしめ、街路の奥に長い影を引きずっていった。



―――

二人は家に着き、どっと腰を下ろす。

心が、参っていた。


「祭りは明後日終わる」

「ええ。それまでに、どうにかできるでしょうか」

「今日は考え込んでばかりだね。脳が焼き切れる前に、早めに寝床に入ろうじゃないか」


意見は合致し、軽くご飯を済ませた二人は、吸い込まれるように寝床に入った。


花。

分断。壁。華都。腐都。少女。市長。歴史。愛。純血。処理場。夕日。

祭。

白壁。少女。金髪。蒼眼。赤色。花畑。母親。目薬。実。明後日。組織。懇願。哀愁。真夜中。文化。一新。革命。変化。人々。老人。声。表情。終幕。大団円。

ゆめのなかのまどろみのなかでしょうねんはきょうのできごとについてずっとかんがえていた。そしてなにかだれもきずつかずにたたかいをおわらせるほうほうがないかをもさくしていた。このみやこにきてきいたことばのられつひとびとのかおにおいあじかんしょくをかんがみてもっともへいわなかいけつほうほううう


あ。


ばっっっ!

「ユラさん!おーきて!」

「ん~なになに、まだ早いよお、もちょっと寝かせておくれ」

「えーい!」

「あいた!」


少年は鉄槌を下した。

起こされたユラは眠い目をこすり身支度を済ませ、言われるがままにシェイルについて走った。息を切らしながら朝の空気の中を走るシェイルに、声を絞り出して問いかける。


「なにか、いい方法が、思いついた、のかい」

「ええ!これしかない!きっと!」

「そりゃあ、いったい、どんな、はぁ、プランなんだい」

「話すよりまず!私は!」


南の壁をくぐり、エルコの家に着き、玄関を勢いよく開け、先にすすむ。そこにあるのは、“kick me!”と書かれた、何度見ても奇妙な看板。


「扉を!蹴り飛ばしたい!」


シェイルは助走をつけ、

扉をブーツで蹴り飛ばした。

向こうには、まるでこのことが分っていたように、脚を組み、おさげをくるくる回すエルコの姿。そのそばには、門番の兄弟が立っていた。


「100点満点中、100点の蹴りだぜ、ブラボー」


拍手喝采の中、息を整え、

おはようをすっとばし、声を出した。


「やはり、美しさの価値を変えるのは美しさです」

「ああその通りだぜ」

「だから、なりましょう。

大界一美しい、

テロリストに!!!!!」


「「「「は?」」」」



はてなカルテット。

目覚ましにしては間の抜けたファンファーレが、家中に響いた。








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