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不可能世界と黄昏商  作者: ざらめ
第一章 醜い王子はもう泣かない
11/20

第11話 kick me!

自由で奇妙な旅を、私の想像力が許す限り書きたいと思います。旅好き、魔法好き、冒険好きは是非、読んでいってください。


華やかで、鮮やかで、艶やか。

ただ、それだけの都。―『閉本記:12』


―――

腐都。

新しく創立した都は、都の長が都の名前を決めることになっている。当然、都の栄華を願い、縁起のいい名前をつけるところが多い。しかしながら、例外も存在する。腐都はその一例である。


「わざわざ都の顔である名前に『腐る』なんて言葉を使うかい?皮肉でも笑えないね。こういう時は2つの可能性が考えられる。

望まれて生まれた都ではない場合、もしくは、

政治的意図を名前に込めている場合。

もしくはそのどちらもだ」


純白の衣装とは打って変わって、いつもの商売用の服装で腐都へと向かうユラ。実質都を取り仕切っているともいえる悪名高き闇の売人といえど、元黄昏商であり、筋金入りの商人に変わりはない。

そう、これは相談ではなく、商談なのだ。

二人はお祭りムードから気持ちを切り替え、南の壁の前に立った。白いペンキで塗装された壁は木造で頼りなく、ところどころ色も剥げ、完全に張りぼてといった感じだった。だが、弱々しくも一つの隙間も残さず、大地に境界線を創りあげていた。


「確かノークさんの話では、このペンキが大きく剥げたところあたりに隠し扉があるらしいですが、、あ、これだ!」


シェイルが体重をかけると、壁の一部が長方形に開き、向こう側に行けるようになった。


「って、ほんとに全然雰囲気違いますね…なんというか大変失礼ですが、名前のイメージからそこまで逸脱していないというか…」

「うん、薄汚れてるね」

「ちょっと!オブラートひっぺがさないでください!」


壁をくぐると、昔は同じ都だったというのが信じられないような光景が広がっていた。

街自体の構造はあまり変わらないが、壁が茶色や黒色ばかりで、統一されていない。あたりには何かのくずのようなものが散乱し、足元を悪くしている。

花畑だったのであろう開けた土壌は、名もない雑草で埋め尽くされていた。太陽の光だけが同じように降り注ぐ街並みは、活気とは程遠いところだった。


「…街並みはそれとして、人はちらほらいますね、でもなんか、お爺さんお婆さんが多い感じ?あまり若い人はいないような」

「そうだね。それもわけがありそうだ。ま、良い理由じゃないんだろうけど。あ、あそこかな?」


ユラが指をさす先には、少し大きな家が建っていた。屋根が急で、教会を思わせる造りだった。この都では珍しく白の外壁、なのだろう。だが、それはほとんど見えない。


「ツタがすごいですね…」


地面から屋根の上まで、びっしりとツタに覆われていた。出口や窓など、開閉が必要な場所以外は、まるで家を飲み込もうとするように、生きた緑で埋め尽くされている。

恐る恐る玄関と思しき場所に近づくと、茶色の軍服のようなものを着た男が二人、門番のようにして立っていた。ユラとシェイルの存在を認知した瞬間、地面に刺さったスコップをぐいと抜き、尖った目つきで近づいてきた。


「おうおうねーちゃん。祭りなら壁の向こうだ。それとも肝試しか何かか?俺らが幽霊役として追っかけてやるよ」

「お初にお目にかかる。黄昏商のユラという者だ。エルコはここにいるかい?」

「へへへハハハ!誰か知らねえが、エルコさんがお前と会う約束は聞いてねえな」

「そうか、では今からとりつける、というのはだめかい?」


野蛮。それを体現したかのような二人の剣幕にもユラ動じず、互いの視線は一向に逸れる気配がない。


「ハハ!何の用があってここにきたんだよ」

「門番がそれを知る必要はないだろう」

「…てめえ。ここは面白半分で来るところじゃねえんだよ。土に還りてえのか?」


門番の一人が持っていたスコップが、ユラの首元に当てられた。冷たい金属は地面の温度を人肌に教える。シェイルは立ちすくんでいた。ユラは微動だにせず立っているが、やはり銃があっても獣は恐ろしいものだとシェイルは思った。


ユラは、視線をそらさないまま手だけを動かし、スコップを持つ手をじわりと握った。


「いつかは還るつもりさ。でも今じゃないかな。


君は、今でも良いみたいだけどね」


冷たい手。

門番は、ユラに手を握られたとき、最初はただの冷え性だと思っていた。ひやりとした感触は自分の体温によってすぐになくなるだろうと無意識に考えていた。

だがそれは間違いだった。

冷たい。体温が認識できないほどの速度で下がってゆく。得体の知れない現象は嫌悪を産み恐怖を育て――

門番はバッと手を払った。


光りのない目。微かに零れる白い吐息。普通の人ではない何かを感じ取った門番は、視線が迷子になる。


「誤解があったのなら申し訳ない。突入しようってんじゃないんだ。僕の名前、彼女に言ってくれると、きっと会ってくれると思うんだが、だめかな?」


後ろで事を見ていたもうひとりの門番が、スコップを地面に突き刺し、


「兄ちゃん。この人は多分エルコさんの知人だ。話だけでも通してやろう」

「お、おう、そうだな、そうしよう、」


話を理解してくれたようだった。




…数分が経ち、玄関から門番が出てきた。


「是非会いたくないってさ」

「そうかい。相変わらずだね」


不服そうな門番を横目に、

ユラは()()()()()()()()()()


状況が読み込めないまま、一人は嫌なのでついていくシェイル。


「え、会いたくないって…」

「そういう言い方をするやつなんだ。『是非会いたくない』なんて、言葉としておかしいだろう?」


おかしいのはユラなのではないかと若干疑うシェイル。そのまま入った家の中は、外観相応だった。

おそらくこの都のものではないであろう装飾品や置き物、甲冑やドレスなどが所狭しと並んでおり、以前赴いた煙草好きの町長の家を思わせた。しかし、手入れがされている様子はなく、主人に飽きられた物品たちは寂しげに埃を被り眠っている。そしてこういう家には珍しく、絵画が一つも飾られていなかった。主人の趣味故だろうか、とシェイルは見回しながらふと思う。


「そういえば、よくあの野蛮な門番に話が通じましたね。何か私の気づかない話術を紛れ込ませていたとか?」

「んーん。ちょっとズルしただけさ」


ユラはまた、少しかすんだ目でウィンクをして見せた。


物騒な武器が並べられた通路の先に、少しかびた両開きの扉があった。そこには、なにやら奇妙な看板が下がっていた。


蹴り飛ばせ!(kickme!)って、これ扉をってことですか?」

「ああ。悪趣味千万。まあ郷に入ってはなんとやら、だ!」


ユラはその看板を、ブーツの脚で思いきり蹴り上げた。音こそ凄まじいものだったが、扉は頑丈で、綺麗に開くにとどまった。

その向こうにいたのは、金髪で、地面につくほど長い三つ編みを二つ垂らした、顔の白い釣り目の女性だった。楽器のリズムを取っているかのごときスローな拍手で、二人を立って出迎えていた。


「いやあ~いい蹴りだったぜ。74点ってところかな」

「…それ何点が満点?」

「78点」

「そりゃ高得点だな」

「及第点だぜ」


服装は至って普通な、白シャツに黒のスーツだが、装飾が重々しい。首元から足まで至る所に金属製のフックのようなものがついており、彼女が体を動かすたびにそれがじゃらじゃらと鳴っていた。

彼女は色あせた赤色のソファにどかんと座り、机の上のカップに入っていた得体の知れない黄土色の液体をぐいと飲みほした。


「うちのゲートキーパーたちと遊んでくれたみたいだな。許してやってくれ。根は優しいんだぜ。葉は腐ってるが」

「ああ。二人ともいい腐葉土になりそうだね」


先ほどからシェイルは、交わされている会話についていけていなかった。高度というよりは、過度というべきその言の葉に、意味はないと知るのはもう少し後になる。


「それにしても久しぶりだぜ。ソルダのオークション以来か?」

「多分それくらいだね。元気そうでよかった」

「ああ、お陰さまで。陽のもとはどうも好かない」


怪訝な言葉遣い。病的な目の下のくま、しゃがれた声。華都と相対する都のボスとして、これほどふさわしい人がいるのかと、シェイルはある種の畏敬の念を彼女に抱いた。


「その横にいるヴィ少年は従業員か?奴隷か?はたまた、

「そこから先は日が暮れてからにしてくれ。従業員だよ。今一緒に旅をしている。シェイルくんだ」

「ど、どうも、シェイルです」

「エルス=ノーマだぜ。あ、偽名のほうがいいか。ワタシはエルコだぜ」

「もう遅いだろ」


ユラから鋭い指摘が飛んできた。

エルコは挨拶を終えた後、しばらくシェイルの全身をなめ回すように見ていた。そして最後は、彼の目を見て病的に笑った。


「賃金が何リーレか知らねえが、ワタシならユラが出してる1.5倍は出すね」


指を鳴らす。


「稼ぎによって変動するから一定ではないね。あと、そういうなら僕はエルコの2倍は出すよ」


指を鳴らさない。


「アチャー!愛されてんぜ、君」


指を鳴らす。

その後突然正気に戻り(正気があるか知れないが)、商人二人は本題に入り始めた。

ユラはこの街で出会った少女のこと、その少女の願いのこと、そのために必要な幻の木の実の話を熱弁した。この時のユラは一瞬、商人ではなく、一人の人間としてエルコに話していた。それを先ほどとはうってかわって、エルコも親身になって聞いていた。


「『ノミキノミ』を探してる。物好きなあんたなら持ってるんじゃないかと思ってね」

「あーあの珍奇な果実のことか。持ってるぜ」

「なんだって!じゃあ話は早い、幾らで売ってくれr

「売らない」


「え?」


「だから売らないって、言ってんだぜ」

「な、なんで?引き出しの中にしまっていた、大して使う機会もないものなんだろう?それならどうして」

「…全くわからずやだぜ」

「この話を聞いて、それを手放せないって、一体どんな理由があるっていうんだ!」


感情的になったユラは机を叩く。さながら、ノークがそうしたように。

エルコは三つ編みをくるくると触るばかりで、表情一つ変えない。

それは、

シェイルも同様に。


「落ち着け。お客に寄り添うのは大事なことだが、加減を間違えると視野が狭くなるばかりだ。まあ、どうやらその聡明なヴィ少年は、ワタシがこれを渡さない理由をちりばめられたヒントから読み解いたようだぜ?」


ユラが後ろを振り向くと、シェイルは口に手を当て肘をつき、考えるポーズをとっていた。そして冷静に、一度首を傾げ、口を開いた。


「エルコさんが自分で話せばいいのにと思いますが、まあ構いません。間違ってたら申し訳ないですが、


あなた、イリスちゃんのお母さんですよね?」


エルコは、指を鳴らす。


「ご名答。78点だぜ」



事態は、急速に根を伸ばす。

土の中に隠れていた秘密が、じわりと姿を現し始めていた。



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