幼馴染の彼女と最期に交わした約束
俺には、幼馴染がいた。
ずっと仲がよくて、俺の大事な幼馴染。
とても元気がいいくせに、怖いものが多い。まるで俺がサポーターみたいにいつも接していたんだ。
小学生の頃は普通に一緒に登下校をして、クラスが違くても休み時間にたくさん話してた。他愛のない話でも彼女は俺を笑顔にさせた。
中学校に入学してからも、その距離は変わらなかった。
しかも、中学二年生になって俺が告白をしたら「全然おっけー」って笑って返してくれたんだ。
幼馴染だから絶対に付き合える何て言う常識は物語上でしか成立しないと思っていたから、とても嬉しかったよ。
それに、彼女は付き合っても変わらなかった。
いっつも笑顔で、俺のことを大事にしてくれた。そんな彼女を俺も大事にしていたんだ。
彼女の怖いことと言ったら、なんだっけかな。
そうだ、雷と後ろから「わっ!」っておどかされる時だっけ。
特に雷が落ちたら怖いからって言ってわざわざ隣の俺の家まで来て泊まっていってたね。ちょっと抜けたところがあったり、俺に頼って来たりするところが結構かわいかった。
楽しい日々や笑顔の日々、それが俺の日常だった。
ある日、というより中学三年生の夏。
受験が近づいているということで、俺と彼女で勉強会をしていたときだ。
彼女は俺と同じ高校に行きたいって言って、俺の夢である建設業の学校に行くらしい。
彼女が行きたいと言うのだから、そこまで咎めはしなかったけれど、本当は自分のしたいことをしてほしいということは思っている。
まあ、彼女曰く将来の夢は専業主婦らしいけれど。
そんなこんなで、俺が勉強の休憩にちょっと飯を作ったんだ。調度お昼時だったので、お昼ご飯として。
「お~!これゆうが作ったの!?」
「うん。そうだよ」
「私より料理うまいんじゃないの!?どうする!役割交代する!?」
「いやいや。俺は建設行きたいからさ。それに、サラの夢は専業主婦なんでしょ?」
「そっかぁ……まあ、ゆうがそういうんだったらいいかな。専業主夫もいいと思ったけどねー」
「ははは。まあ、ちゃちゃっと食べちゃって」
「はーい!いただきますっ」
初めての俺の振る舞う料理に彼女は向かう。
一口一口、サラはおいしそうに食べてくれる。その度になんだか幸福感が沸いてきて、幸せになれる。
「んっんぐっぐっ」
と、急にサラは苦しそうにしては胸のうえらへんを叩く。
「急ぎ過ぎだよ。もっとゆっくり食べなって」
そう言って苦笑を浮かべるが、彼女は一向に飲み込めないようだ。
どうしたのだろうか。普通、こういうときは少し苦しくなっても最終的にはすぐ飲み込めるはずじゃないのか。
すると、サラは箸を置いては地面に倒れ込んだ。
「おい!サラ!!しっかりしろ!!!」
苦しそうな顔で横たわるサラを見て、俺は真っ先にお母さんを呼んだ。
その後、お母さんがすぐに救急車を呼んでくれてサラは病院へと送られた。
俺は親族ではなかったため、病院での話はサラのお母さんから聞いた話になる。
まず、サラは喉の筋肉がうまく動かすことができなくて、喉に食べ物が詰まってしまったらしい。
その後レントゲンをとると、サラは「筋萎縮性側索硬化症、通称ALS」という病気にかかっていることがわかった。
筋萎縮性側索硬化症とは、身体の筋肉がだんだん萎縮していき、最終的に動かなくなると言った病ということを聞いた。
治療法はない難病と聞いたときは絶望したけれど、しっかりリハビリをしていれば動かせなくなることは滅多にないと聞いて少しホッとした。
翌日、俺は心拍数が上がった中サラの入院した病院へと来ていた。
「佐奈波さん、彼氏さんが来てますよ」
ガラガラと音を立てながら扉は開かれると、ベッドに座っているサラが居た。
「あっ!ゆうだー!!」
そう言ってサラは俺に向かって飛びついてくる。
それを抵抗せず受け止めると、サラはギュっと力を強めた。
「お見舞い来てくれたの?」
「それ以外になにかある?」
「だよねー!ありがとっ!!」
人懐っこい笑顔が俺の瞳に写る。
そこまで変わっていないようでとりあえずは安心した。
それから俺はお見舞いに行っては彼女のリハビリを手伝った。
夏休みが明けても、俺は学校が終わるなりすぐに病院へと通っていた。
リハビリを手伝ったり、受験に向けて勉強をしたり。やることはたくさんあったけれど、少しでも彼女の側にいたかったからね。
そしたら、ちゃんと彼女の体は動くようになっていっていた。
体の萎縮と聞いてはいたがそこまでではなかったらしい。
特にと言っていい程には進行は早くないので、リハビリを続けるという条件付きで、約三ヶ月間の入院からサラは解き放たれた。
それからは受験に向けて一緒に勉強をしたり、リハビリに勤しんだり。日々はあまり変わらなかったけれど、彼女の退院が俺を安心させた。
そして一月。
俺とサラは受験をした。
今まで溜め込んできた学力をすべて使う最高の瞬間だった。
結果は、合格。俺とサラは同じ高校に行くことができたのだ。
「ふぃ~頑張ったーもう勉強しなくていいねー!」
合格発表の封筒を俺の部屋で見せあった彼女は、腕を天井に伸ばし大きく伸びをした。
「なに言ってるんだよ。まだ高校行っても勉強することなんて山積みだぞ」
俺が正論をぶつけるとサラは頬を膨らませて少し不機嫌そうにした。
「受験終わって安心してるの!!余韻に浸ったっていーじゃーん」
そう飛びついてくる彼女に笑顔を見せながら俺は元気な彼女を見てホッとしていた。
このまま、彼女と一緒に高校を出てどうするのだろうか。俺は建設の専門学校に行く予定ではあるけれど、彼女は就職とかするのかな。
まあ、彼女の言う通り今は考えなくていいか。
俺は合格という余韻に浸り、安心しつつ俺は中学校生活を彼女と楽しく過ごしていた。
だけど二月。彼女は急にまた立てなくなって、病院へと送られた。
「サラ!!」
病室に駆け込み、俺はサラの様子を見に行った。
「あ、ゆう。そんなに急いだら看護師さんに迷惑だよ~」
サラは元気を装っていたが、幼馴染の俺にはわかった。少しだけ悲しんでいるということに。でも無理はない。もし俺だったとしても、せっかく受験に受かったのにまたリハビリして病院にいるだけなんて嫌だ。
だから俺はあまり触れず、彼女と一緒にまたリハビリをした。
ある日、彼女の親御さんにファミレスに呼ばれた。大事な話があるのだとか。
「お久しぶりです」
俺はサラの両親に対して軽く会釈をし、サラの両親の
反対方向へと越しかける。するとサラのお父さんは黙って鞄から資料の入ったファイルを取り出した。
そのファイルには筋萎縮性側索硬化症と書かれた資料が沢山入っていた。
「君の知る通り、娘は筋萎縮性側索硬化症にかかっている」
「は、はい。だからサラは入院して……」
そう言うと、サラのお父さんは一枚の資料を見せた。
「筋萎縮性側索硬化症、生存日数2年~10年……?」
資料にはそう書かれていた。この資料はつまり、サラは残り2~10年しか生きれないということを示す。
「ああ。普通なら、ね」
彼は含みのある言い方をし、顔を竦める。するとサラのお母さんが急にすすり泣く。
「ふ、普通ってどういうことですか……?まるでサラが普通じゃないみたいな……」
俺がそう問い掛けると、少し歯を食いしばり彼は口を開いた。
「サラにかかった筋萎縮性側索硬化症は、急速に進行しているんだ」
急速……?
「それは一体どういう……」
「君、娘が退院した後、娘はしっかりとリハビリしていただろ?」
「は、はい」
「それなのにどうしてまた急に筋肉が萎縮したのか。それは、普通とは違う早さを見せているからなんだ」
急速……たしかに、退院してから約5ヶ月でまた入院なんて流石に早すぎる。
彼が言いたいのは、つまり
「娘の寿命は、もうそこまでないのかもしれない」
夢だと思いたい現実を突きつけられた。
最後の楽しかった中学校生活が、来てほしくないいつかを待つ最悪の中学校生活に変わる瞬間だった。
衝撃の事実を告げられた俺は変わらず病院に通った。もう、寿命の短い彼女の顔と声を、少しでも頭にインプットするために。
彼女の声を聞く度に胸が苦しくなる思いを受けるけれど、きっとそれは彼女のほうが強いだろう。だから泣きそうになっても彼女の前では笑顔でいようと思っている。
そんな日々を過ごしていた。
するといつしか彼女は俺が病院に行くことを拒むようになった。
「いいから、私はもう大丈夫だし。お見舞いは大丈夫だよ」
少し暗めな顔でそう告げるサラ。それに反応するかのようにカラスが鳴く。
俺は、どうして彼女がそんな事を言うのかが理解できなかった。
夕焼けに照らされた彼女の顔を見ていると、なんだか虚しくなっていく。
「俺は、まだサラといたいんだ」
俺が向き合わなければ、俺に頼るのが得意な彼女は向き合うことなんかできない。死へ着々と近づく彼女に、俺は真正面から向き合う。それは、彼女の恋人として当たり前のこと。
「たしかに、サラはもう長くないかもしれない。だけど、長くないからこそ最後の最後まで思い出を作りたいんだ」
彼女に俺の気持ちが全て伝わっているとは思わないけれど、少しでも理解してくれていたらそれで良い。
そしたら、彼女はすごくしまったという顔をして泣き出したんだっけ。
なんだかこちらも悲しくなるような泣き顔だったよ。
それから抱きついてきたんだ。怖い怖いって言いながら必死にしがみついてるみたいだった。だから俺も、それに応えるように抱きしめた。
それからは、また同じようにお見舞いに行く日々を送った。
高校生になると、サラは足の動かしにくさを訴えた。
医者によると、足が動かなくなるのもすぐらしい。だから、高校に行けない彼女にたくさんの写真を送った。
俺たちが一緒に登校するはずだった高校の校門や春の桜満開の校庭。ざわつく廊下や新しい友達。一緒に育んでいくはずだった学校生活の一つ一つを写真に収めては見せた。
彼女はそれ見る度に元気を取り戻して、少しでも長く生きようと頑張った。
頑張って頑張って頑張って頑張って。自分に降りかかる不幸から逃げた。
だけど、逃亡生活は少しの間しか続かない。
2021年7月。彼女はとうとう足を動かすことができなくなった。
つまり彼女は、腰から下のリハビリをすることができなくなったのだ。
「はは、私、頑張ったんだけどねー」
俺が見舞いに行くと彼女はなんとも悲しそうに言った。
乾いた笑いがこだまする。サラがどんどん死へと近づいていく。それがすごく悲しくて、苦しかった。まるで心臓を触れられているみたいに心がズキズキと痛い。
「いや、まだ頑張れるし、頑張ろうよ」
彼女を悲しませないよう、俺は彼女を励ます。
サラはその声を聞くと軽く微笑む。
静かな病室で上半身しか動かないサラを前に、俺は彼女のベッドに突っ伏した。
それからは、全てが終わりに近づいていた。
一緒に通うはずだった高校生活も、全てが虚しくなる。彼女のいない日々が現実じゃないみたいに、闇へと落ちていく。
サラの体は、下半身が動かなくなってたった三ヶ月で首から下が動かなくなっていた。
「サラ、俺結構成績落ちちゃってるんだよねー、また頑張らないと」
俺が彼女にガッツポーズを向けても、少し微笑むだけで、いつしか彼女は言葉もあまり発さなくなった。
ただ一人げに話しているようで、孤独感が俺を襲っていた。
9月12日。彼女は、人形のように凍りつき顔すらも変えなくなった。
病室にはすすり泣くサラの両親の声が響く。彼女の笑顔や声は一切聴こえてこない。
そこにはただ目を閉じただけの、かわいくて若い俺の幼馴染が眠っている。
呼吸器をゆっくりと外し、時を待つ。
「ご愁傷様です」
唐突に医者の声が響く。そして一斉に手を合わせる。
前には彼女の眠っているベッドがあり、まるで拝むかのような光景。
俺もそれに並び、涙を堪えつつも顔を竦め手を合わせる。今まで俺を支えてきたお礼をしながら、思い出を一つ一つ送った。
それから医者が立ち去って、サラの両親と俺と、もう動くことのないサラだけになっていた。
少しの間沈黙が流れると、意を決したようにサラの父親は震える手で鞄を漁り、一枚の手紙を取り出す。
「ゆうくん、こ、これを……サラが、最期に君に書いた、手紙だ」
俺はそれを受けとった。手紙の裏には心を落ち着かせるような文字で「ゆうへ」とだけ書いてある。
恐る恐るその手紙を開けるとそこには、サラのきれいな文字で綴られた長いけど最期にしては短くも感じる手紙。
『ゆうへ
ゆう、私はもうやばいみたいだけど、頑張れよ!!
ゆうには建設の仕事に就くっていう立派で立派な夢があるんだから!こんな別れで投げ出すようなことしないでよね!!そんなことしたら、あの世で私がゆうをぼこぼこにするから!!わかった!?
それと、私のことはあまり重く考えないでね!たしかに、私も寂しいけど、そんなんで一生悲しく感じるなんてやめてほしいから。だから、絶対に私よりいい女を見つけなさいよ!
これは、幼馴染としての最期の約束だから!わかった!?』
大きく太く書かれたその文字は、彼女らしさが伝わって来る。
ほんとうに、優しくて、俺の支えになってくれる幼馴染。一生の、幼馴染。
それを読み終わると俺はなんだか涙が止まっていた。
不思議と笑えて来るような、彼女と話している時みたいにほわほわしてくる。
それから俺は手紙を受け取って、家に帰った。
近日中に葬式が行われるらしい。
だから俺は、その貰った手紙を持って高校へと来ていた。
今となってはもう慣れた通学路や校門、廊下まですべてをその手紙と一緒に歩いた。
彼女の見ることのできなかった景色を見せるために。俺のすこしの間で育んだ、新しい生活を見せるために。
そうしてようやく、俺は彼女の死を肌で実感し、認めた。
サラが筋萎縮性側索硬化症になってから約一年。彼女といたリハビリの場所や病室と俺は別れを告げた。
少し明るくなった世界で、俺は彼女と別れてまた新しい生活を送る。それが、幼馴染の彼女との最期の約束だから。
今回はわりと悲しいお話にしたかった。
よければ感想や評価をしていってくれると嬉しいです。
ちょっと最近短編が多いので連載の方を書き溜めして投稿します。