最終話 公爵令嬢と傀儡王子様
隣国ポメラニアンへ移住してから三日が経ちました。
わたくしとクロムは王宮へ呼ばれました。
ポメラニアン王が眼前におられます。
「私、メジスチナ国民全員受け入れたんですよ」
「はい」
「置土産と言わんばかりに、魔人セーナがメジスチナ領土を木っ端微塵に吹き飛ばしましたから」
「やってくれたな、あの女」
「ええそうですね、やってくれました」
「はい」
「まさかお礼の一つも無しとは思いませんでした」
穏やかな声色ですが、顔が笑っていません。
移住してから三日で、即刻無礼を働いたわたくしを国王様はじろりと眺めています。
「お力添え、ありがたく存じます」
「よろしい。やっと聞けたか…」
「長かったですね」
後始末はともかく、諸悪の根源はこちら側で責任を持って片付けたのですから、お礼はもういいだろ。
と思うところです。
「でもさ、一応僕からもお礼を言っとくよ。ありがとう、ポメラニアン」
「犬か私は」
「犬だろ、国名が」
無礼千万の象徴、クロム。
今も昔も、そのスタンスは崩しません。
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仮宿の窓の外から、街を見渡す。
街のみんなは、完全なる巻き添えでした。
唐突に移住を強制され、さぞ困惑したことでしょう。
ですが、あのまま残れば死んでいた。
それは共通認識です。
「リネア、結婚しよ」
リュリュが、だる絡みしてきました。
僅かなドレスの隙間から利き手を挿入し、夢ある花園へチェックイン。
こいつ、レズ寄りのバイだったのか。
「丸3話登場出来なかったから、ここで鬱憤を晴らしてやろうとでも言わんばかりのわいせつ行為」
「ちゃんと手入れしてんね。もしかして剃った?」
「剃った。というか貴方は、手近なもので欲求を満たそうとする浅はかな思考が表に出すぎです。内面の醜悪さを取り繕うはずの外見が、周りに回って、逆に飽和のお手伝いをしています」
「あ、エッチな音でた。いっぱい出たね」
「話聞け」
人のそれを舐める変態が、まさか同性にいたとは。
リュリュだからまだ許せますが、他なら埋めてます。
「ある日を境に我慢して、今をもって爆発する。華の時間は有限で、美貌を保てる期間はごく僅か。だから人は焦って間違って、軽く甘い言葉に耳を貸すんだ」
「へー。では、わたくしもその通りだと?」
「そうだよ。でなきゃ私……あっ」
半ば八つ当たり的に、リュリュを虐めて一時間。
掛け布団にしてやりました。
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メジスチナ国王の墓は、王宮跡地に建てました。
小一時間かけて見繕った綺麗な花束を添えて、空高く火を炊きます。
クロムが手を合わせている間、わたくしは一人、喉の痛みを堪えてました。
長いようで短かった王宮生活。
全ては、国王の手により始まった。
わたくしを拾い上げて、ここまで育ててくれた。
たった三年の付き合いでも、思い出は濃くて鮮明で、決して色褪せない黄金色で満たされています。
眩しいくらい、優しい人でした。
「でも結局はセーナに利用された。或いは、勘違いされたのかな?多分」
「勘違い…?」
「あー、こっちの話。リネア様には関係ないよ」
「急に突き放すではありませんか。なんなんです?教えて教えて」
「やだ」
クロムはムッとした顔で、わたくしの手を握ります。
弱々しくも、しっかりと。
「最後に一つ教えてあげる。コルナは、マジでリネア様を好きだったよ」
今更そんなこと言われても、もう遅いです。
「だから言ったんじゃないか。どうせリネア様は、過去を振り返らない。コルナの事もすぐに忘れる」
酷い言い草ですね。
「褒めたつもりだけど、リネア様がそう取るならそれでもいいや。面倒臭い」
面倒臭い…ですか。
なら貴方は、どうしてわたくしの手を掴むのです?
「……それはね」
刹那に煌めく金色が、懐かしい面影を映し出す。
クロムの引く手は、大きくなった。
大人になった。
真っ直ぐわたくしの目を捉えて。
「リネアが、僕の理想のご主人様だから」
そう言って膝をつく、一人の少年。
全知全能たるわたくしを呼び捨てにする、この生意気な少年は、元王子でした。
可愛げの無い、傀儡王子様です。
ずっと一緒にいてください。
「はい…!」
最後、明るく眩しい一言を頂戴しました。
誰がなんと言おうと、わたくしは彼を信じる。
だからもう、振り返る必要はありません。
明日を向いて、未来を育んで参りましょう。
全知全能の公爵令嬢は生意気傀儡王子を使役して国家転覆を目論む〜しかしそこに知性は無く汚言症が止まらない〜 完




