第四十三話 決戦!(後編ッ)
セーナの目的は言うに及ばす。
ぱくぱく人間を食べたいのです。
龍神様(笑)を妄信的なまでに崇拝する彼女のことですから、所詮クロムも龍神様とやらの生贄に他なりません。
マジで生贄にしてくんないかな。
「リネア様を差し出せば、僕達は助けてくれるってセーナが言ってました!」
と、クロムが耳元で絶叫してきたので、思い切り平手打ちをしました。
「馬鹿言ってないで走りなさい、服着た王子」
「ラジャ」
走り続けること10分。
隣国ポメラニアンへと出発する馬車が目に留まります。
十、二十と、続々と発っていますね。
最後の一つは、わたくし達を乗せるまで出発しません。
「リネア様ぁー!こっちこっちー!」
ロイドの手招きもあって、馬車の現在地が分かりました。
ちょっぴり豪華な、羽のついた馬車があります。
「おめぇ、カボチャの馬車じゃねーじゃねぇか」
「だってリネア様、シンデレラっぽくない」
「なら何です?」
「荒〇の魔女」
わたくしは、ロイドの顔面を打ち抜きました。
「昔は美人だって!ホントだって!」
「現存の人物で喩えなさい、この間抜け」
如何せん、物音をたてすぎました。
ハインクルスが荷台から消え、スルカもいません。
十中八九、彼女でしょう。
わたくしは馬車を降りました。
「あー!リネアみーっけ!」
ケタケタと壊れたように笑うセーナ。
いつ見てもムカつく顔です。
ロリ体型のくせに、わたくしよりモテる魔性の女は、ハインクルスの首を締め上げます。
「グ…のッ!」
「いやね、私ずっと思ってたの。なんでこいつが、あんたみたいな阿婆擦れを助けたのか。なんであの馬鹿を毛嫌いするのか。理由はたった一つなのに、私も迂闊だったよ」
そう睨むセーナの腕をへし折り、ハインクルスが脱します。
息を切らしながら、再度剣を握る。
「あなたには相応しくない。だから彼も、彼女を選んだのです」
「はあ。減らず口はレーデル家の特権かな?」
「そうやって現実逃避する狂信者は、誰も導けませんよ」
ハインクルスが、セーナの首に剣を突き立てる。
残像すら残さない速度で、煙を撒いて。
しかしそれが仇となる。
次なる景色は、真っ赤な夕焼け。
己の剣に腹部を貫かれたハインクルスが、地に顔をつけました。
「化け物呼ばわりは…レーデル家の特権でしたのに…」
「んだね。でもセーナちゃんの方が強いから。お前なんかより、よっぽど人斬ってっから」
セーナがハインクルスの剣を振り上げます。
その瞬間、彼女の腕に黒い縄が巻かれました。
「あら。同類のよしみで見逃してあげたのに」
「お前と私は違ウ」
「違わないよ。過程が同じなら、末路も一緒だ」
身命を賭してスルカが稼いだ時間。
無駄には出来ません。
「ロイド。この剣を握りなさい」
わたくしは、ロイドにバルムンクを渡しました。
「つまり、死ねってこと?」
「起死回生の一撃を叩き込めってこと」
「なるほど!任せろ!」
転移魔法陣をセーナの足元に設置。
瞬時に勘づかれました。
「浅いなぁ、浅い。スカスカなのは、リネアの方だ」
セーナが魔法陣を踏み砕いて前進。
スルカはもう倒れている。
鞭打たれた痕が身体中に目立ちます。
「うぇ…まだリネア様の鞭打ちの方が優しいや」
クロムが、わたくしのお腹を摘みます。
「チャンスは一度きり。頼みますよ、有能王子」
「お任せあれ、生意気公爵令嬢」
二人共に駆け出して、セーナの投擲を躱します。
わたくしはスルカとハインクルスを背負い馬車へ転移、クロムはセーナに足をかけます。
転んだら直ぐに、羽交い締めへ移行。
タイミングを見計らい、もう一度転移魔法陣を組み直します。
「……」
二人の声が、会話が。
クロムの耳を通じて流れ込んできました。
「狡いなぁ…ほんと」
「なに、セーナ程じゃない」
「クロムを手にした時点で、あの女は狡いよ。もう本ッ当にムカつく!殺してやる…!」
「ダメ、絶対」
クロムがぎゅううと、セーナを強く抱き締めます。
「一生ずっと、無力なまま朽ちていけば良かったのに。そうすれば、私に狙われることもなかったのに」
「いいや、それはないよ。仮に僕が何もしなくても、その手はリネア様に伸びた」
「お見通しかぁ…」
「キミは嫉妬深い。一から十まで、全て手に入れないと気が済まない困ったちゃんだ。だからこそ、僕はキミが嫌いだよ。ブレないキミが大嫌いだ」
甘さを捨てたクロムの言葉に、セーナが啜り泣く。
「……リネアはどうなの?」
「毎晩寝床を強襲するくらい大好き」
「……」
「リネア様は誰よりも頑張り屋さんで、毎日お疲れだから、こうして触っても、重なっても、愛撫しても起きないんだ。もう可愛くて仕方がないよ。それに、彼女は僕の人生に微塵も干渉してこない。結局のところ、僕は一人が好きなんだ。だからキミが鬱陶しかった。いつもいつも、力欲しさに跨ってくるキミが目障りで、自殺も考えたね。うん」
第三者の意見として、そこまで言うかと思った。
焚き付ける前に崖から落とす王子様だ。
おー、怖い。
「言い過ぎじゃね…?」
意外にも、セーナは早く持ち直した。
「僕を秤にかけないと、リネア様が困るからね」
「悪いけど、そのリネア様は、今から群衆の餌になる。圧縮して、肉団子にしてあげるよ」
セーナから鋭い眼光を飛ばされ、準備完了。
クロムが撤退。
「そんな鈍らで…私を倒せると思ってんのかァァアア!」
雄叫びをあげて、セーナが特攻してきました。
禍々しい闇魔力に、設置したばかりの転移魔法陣が侵食されつつあります。
これでは転移魔術を発動できない。
発動するには、彼女の魔力を削るしかない。
だからロイドに剣を持たせました。
「エクスカリバァァアアア────!」
ロイドが奮った刃は極大の光線となり、地形が変わる程の大爆発と、熱風を生み出しました。
緑は焼かれて、地は焦げる。
余波で馬車が倒れる。
即座に展開された大盾は破れませんでしたが、それでも、彼女の魔力は十分削れました。
セーナの身体からパラパラと舞う光の粒子を確認できたので、仕掛けは完璧です。
「大掛かりな転移魔術…何処に飛ばす気?」
「さあ、何処でしょうね」
セーナは苦虫を噛み潰したような顔で、地団駄を踏みます。
「ハッ、まあいいや。また来るから」
「もう二度と来ないで下さいまし」
「嫌だね。絶対、ぜーっ対に来てやる。首を洗って待ってなよ」
光の粒子は霧散し、淡く消えました。
最後に見えたセーナの顔は、苛つくぐらい穏やかでした。
「これ俺、勇者じゃね?」
空気を読めないロイド君が、褒めてもらいたそうに頭を差し出してきました。
引き下がる気配が全くありません。
なので、かるーく撫でました。
「今まで本当にありがとうございました」
「酷くないですか、それ」
後はスルカにお任せします。
真の主人は彼女ですから。
「脅威は去りましたね」
治癒の途中、ハインクルスが笑みを零しました。
「一先ずは、ですけど」
もし次セーナが現れたら、わたくしはどうなってしまうのでしょう。
ぱくっと、餃子みたいに食べられてしまうのでしょうか。
そもそも美味いのか?わたくし。
「問題の先送りは今に始まった事ではありません。だからリネア様も、気負わず前向きに考えましょう。作為的な暇でも、そこを辿る道が彩り豊かならば、自ずと未来は明るく広がります。もう、光を翳らす闇に惑わされないで」
ハインクルスに勇気づけられ、肩の荷がおりた気がしました。
そうですね、わたくし達頑張りましたね。
死ぬ気で死にかけましたね。
「リネア様はもうダメかもしれない」
クロムの抱擁が、いつになく熱く感じました。
戦いの後に、身に染みる甘酸っぱさ。
胃酸が逆流してきそうです。
「…そういえば貴方、毎晩わたくしの寝床を強襲してるとかなんとか」
「してますけど何か?」
クロムが開き直ったように言います。
顔が近付くにつれ、心臓の鼓動が五月蝿くなる。
「その…今度は起こしてください…」
「なんで?」
「貴方だけは…狡い」
「あ…それは、その…ごめんなさい」
クロムの身体を見る度に、身体が焼けるように熱い。
その手、その足、痩躯を撫でたくなる。
小さくて可愛い手。
色っぽい生足。
甘く幼い顔立ち。
高過ぎない丁度いい声。
好き。
そう想いを馳せた瞬間、クロムの顔が真っ赤に染まる。
どうしようも無く、距離を取ってしまう。
万病に効く薬が欲しいです。




