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第四十二話 決戦!(前編ッ)

 国王様が今、目の前に立っております。

 この人は誘導せずとも勝手に来ます。

 嗅覚が異常ですから、予めわたくしの愛用する香水をここら一帯にぶちまけておいたのです。

 ほら、あそこに高そうな瓶が落ちてるでしょ?

 あれがわたくしの匂いです。

 いい匂いですね。


 「あれだけ愛した芳醇なライムの香りも、ここまでくると執拗い油汚れと大差ありませんね」


 まあ!なんて失礼な方でしょうか!

 国王様は今、わたくしを油汚れと言いました。

 殴りたい、この想い。

 拳に乗せて歌います。


 嘘です。


 「あらあら、国王様がレディーの嗜みを侮辱するなんて、何年振りでしょう。というか国王様の血腥い匂いに比べたら、調理後の油汚れの方が余っ程落としやすいですわ」


 「ふふっ…相変わらずだ。誤解なきよう。私はただ、憂いているのです。貴方様を穣たらしめる愛の証が、取るに足らぬ森林に奪われたことが、残念でならない。実を言うと、私も持ってるんですよ。その香水」


 「持って、何に使っておいでで?」


 「ベッド、枕に振り撒いてました。まるでリネア穣、貴方様に包まれているようで」


 「妄想乙。それは叶いませんね」


 「いいえ叶います。叶うから王なのです」


 国王様が懐に手を入れ、短刀を取り出しました。

 キラリと光を反射するそれは、見かけによらず、最悪の斬れ味です。

 研ぎ方が終わっているせいでしょう。

 側面だけ入念に研ぎ、水につけ、また研ぐ。

 刃をギザギザに残しておりますから。

 クロムもこいつも、本当にヤベェ奴。

 助けて下さいコルナ王子。


 「苦痛の大小は声が教えてくれます。その声は日増しに色艶が強調され、姿形は磨かれ、やがて私の獲物となって完成しました。いやぁ…実に長かった。どこか満たされぬ、鬱屈とした時間が長かったですよ」


 「回想乙なところ悪いのですが、少しお口チャック」


 影から伸びるワイヤーに国王様が拘束されました。

 やったぜ!

 と、歓喜するのはまだ早い。

 スルカの腕力では、国王様を留めるに至りません。

 瞬く間に引きちぎられました。


 「これは…スルカ嬢?なんとまぁ、健気で可愛らしい。所詮は、甘ったれた温室育ちの連続殺人犯ですが」


 国王様が、スルカの潜む茂みに狙いを定めました。

 僅か数秒で匂いを識別したみたいです。

 化け物かこいつ。


 「リネア様、逃げテ!」


 「そうもいきません。火弾(ファイアーボール)!」


 わたくしは国王様めがけて、巨大な火の玉を撃ち込みました。

 前方の樹木は一瞬で炭となり、新緑も焼け焦げていきます。

 国王様は無傷でした。


 「私は、どうも肉料理が好かんのですよ。折角の鮮度が落ちるでしょうが」


 国王様の手が、わたくしの体に届きました。

 速すぎて、目視が不可能。

 短刀が胸に。


 「ここは脂っこいですから、先に落としておきましょう」


 彼の前で、私は食材でしかない。

 食われるなんて、真っ平御免です。


 「死ね、全女の敵」


 国王様の股を蹴りあげました。

 しかし、片腕で抑え込まれました。


 「そうですか。ここから食べて欲しいのですね」


 「はぁ…言うことなすこと、全部きめぇんですの。もうくたばりなさいな」


 ザッザッと、茂みが揺れました。

 同時に、大木がなぎ倒されていきます。

 来た。


 「ぜやァァアアア!」


 全身を魔力で覆ったハインクルスが、国王様に牙を剥きます。

 突進からの居合。

 さすがの王も、軍人相手じゃ分が悪い。


 「合図がありませんでしたが、どうやら間に合ったようで」


 「召喚魔術を行使するのに、十分な間合いが取れませんでした。よってこの有様」


 「ですが最善でありましょう。リネア様がいて私がいるこの状況。絶対に勝てます」


 「フラグ立てんのやめい」


 ハインクルスが前傾姿勢を取り、姿を消す。

 否、国王様に無数の太刀を浴びせます。

 その悉くをギリギリで捌き切る国王の足が、スルカによって掠め取られる。


 「取っタ!」

 

 「目障りだな……スルカ嬢。まずは貴様からだ」


 国王様が爪を伸ばしました。

 生来持つ呪いの魔力で、実体を持たせました。

 彼は、スルカの首に、刃の如き爪を振るいます。


 「私の面前で淑女(レディー)に手を上げるな下郎!」


 間一髪、ハインクルスが阻止。

 ですが、今度はわたくしに風刃が飛んできました。

 ぬるいですわね。


 「奇しくも全知全能は無敵に在らず。なれど示された能力を完全模倣(コピー)して超える、究極の万能兵器ですわ」


 風刃に魔力は含まれておりませんので、身体をよじって躱しました。

 ここでわたくしは未来視を展開。

 次に飛んでくるのは魔力弾、24発。

 スルカに4発、ハインクルスに19発、わたくしに1発。

 わたくしのはデコイですわ。


 「ハインクルス!わたくしに構わず、王の首を狩りなさい!」


 「御意。我が秘剣、今こそお目にかけましょう!」


 爪先から放たれた魔弾をスルカは森を駆け回りながら躱し、ハインクルスは叩き落としました。

 …あれ?

 わたくしに魔弾が届いておりませんが────


 「ごフッ…!」


 背中から腹部にかけて、強烈な痛みが発生。

 貫かれました。

 まるで、胴体を溶岩に沈められたような激痛。

 苦しい、泣きたい、喚きたい。

 一体誰が…。


 …ああ、そうか。

 コルナ王子ですか。

 なんでそう、悲壮な顔で泣いているのですか?


 「リネア様…ごめんなさい…」


 コルナは、ぽろぽろと吹きこぼれる涙を月夜で照らし、わたくしの前に立っていました。

 どんなに悔やんでも、優しい彼は、もう居ません。

 きっと分かっていて、彼もここに来たんです。


 「…ッ」


 わたくしはコルナに掌を翳しました。

 コルナは動きません。

 甘んじて裁きを受けようとしています。


 痛いです、辛いです…。

 瞳孔が開く度に、いつもいつもコルナを想っていました。

 王宮に来てから、ずっと。

 彼に励まされて生きてきました。


 「リネア様…僕はずっと…リネア様が大好きです」


 最後、コルナ王子は笑ってくれました。

 火弾に焼かれてチリジリになるまで、彼はわたくしを見ていました。

 満足そうに、声一つ荒げず。


 「…ぅ」


 生まれて初めて、わたくしは人を殺しました。

 好きだった人を焼き殺しました。

 吐き気が止まらないほど、嗚咽しました。


 「リネア様…!ご無事ですか!」


 風の速さで、ハインクルスがわたくしの肩を持ちました。

 全身傷だらけで、ボロボロの彼が、取るに足らないわたくしの心を宥めてくれました。


 目前に迫る国王は、幾度となくスルカに捕縛されます。

 その度、ワイヤーは軽く切断されます。

 時間はありません。


 「畳み掛けます。覚悟はいいですね」


 「はい!」


 ハインクルスが剣を下段に構えます。

 魔力を限界まで高め、国王に突貫。

 未来視で援護します。


 「やれやれ、厄介なコンビネーションですね」


 息子の死になんの感情も抱かない国王の目は、いつに無く笑っておりました。

 ムカつく。

 さっさと死ねばいいのに。


 「コルナを変えた貴様に、相応しい最後をくれてやりますわ」


 否応も無く、わたくしは連綿と火弾を撃ち続けました。

 奥歯を噛み砕かんばかりに噛み締めて、先の見えない未来を見ます。


 ハインクルスが体勢を崩し、斬り裂かれる。

 その瞬間まで、後二秒。


 「上から来ます!」


 声は虚しく響き渡りました。

 ですがハインクルスには届きました。

 剣も、国王の胸を貫いています。


 「これで…どうだ!」


 ハインクルスの剣が、グリグリと押し込まれていきます。

 国王様の夥しい吐血に、またもや、わたくしは吐きかけました。

 

 「詰めの甘さは血筋でしょうね。私も……コルナも…」


 国王様が膝をつき、浅い息を繰り返します。

 遂に、遂にわたくしはコイツを…。


 「ハァ…ハァ…やりましたね!」


 片や倒れ込むハインクルスを労う前に、わたくしは国王様の面前に立ちました。


 「おや…リネア嬢。大きくなりましたね」


 「それは貴方が縮んだからですわ」


 「いいえ違いますよ……本当に大きくなりました」


 国王様の血は延々と湧き続けます。

 手をつかねば喋れぬほど、何度も吐血しました。


 「覚えていますか…?彼が、貴方様を王宮に連れて来た日のことを…」


 彼とはハインクルスのこと。

 あの日、わたくしを、我が家という牢獄から解き放ってくれた彼のこと。


 「ええ。覚えておりますわ」


 そう言うと、国王様はふふっと笑みを零しました。


 「あの日、貴方は彼に助けられ、コルナに宥められ、私に慰められた。僅か半日で人生が好転的に狂いだした。今にして思えば、それはそれは濃厚な一日であったでしょう。突如として移ろう景色に貴方は順応を余儀なくされ、困惑し、後に三日三晩寝込んだのですよ。魘されながらも、どこか愛らしい、ちっぽけな乙女でした」


 国王様が語る、数年前の思い出話。

 当のわたくしは、厳密に何年前と思い出せません。

 何故でしょうか。


 「それで、今のわたくしは違うと?」


 「ええ。今の貴方は紛れも無く、私の理想そのままだ。だから手にしたかった。何時までも、その美貌、その口調をそのままに、永久に五体へと刻みたかった。或いは、他に方法があったのかもしれない。でも私には、この方法しか思い浮かばなかった。悲しくも、貴方の心に私は無く、居ても赤黒い邪悪でしかないから」


 「事実そうでしょうが」


 「ですね。だからこそ、貴方の心に惹かれたのかもしれません。あどけなさ残る、その御魂に…」


 結局、貶しているではありませんか。


 「いいえ、貶してなどいません。私はただ……貴方を…もっと近くで…」


 息も絶え絶えに、国王様が視線を移しました。

 振り返ると、そこにはクロムがいました。


 「クロム……お前は負けなかったな…」


 「…うん」


 「やっぱり、お前は出来る子だ。コルナも、もっと早く、気づければ良かったな…」


 「あいつは、ずっと前から言ってたよ。パパはおかしいって。何度も何度も訴えかけてきては、あんたと同じことをしてた。結局は変わらなかった。でも…そうだね。一人は寂しいや」


 「辛いですか…?」


 「辛くないよ。だって僕には、リネア様がいるから」


 「そうですか…よかった」


 国王様が下を向き、動かなくなりました。

 呼吸だけで精一杯といったご様子。


 「最後に…一つだけ」


 「なんでしょうか」


 「セーナを…止めてください」


 「ああ、あの女ですか。わかりました」


 国王様から最後の仕事を預かり、わたくしは剣を手に取りました。

 震えて狙いが定まりません。

 すると、ハインクルスに剣を奪われました。


 「これは私の役目です。リネア様は目を瞑っていてください」


 ハインクルスが剣を振り上げます。

 言われるがまま、わたくしは目を瞑りました。


 「リネア嬢。何時までもお元気で」


 虹が見えるような、優しい声でした。

 胸が痛くなる、辛い音がしました。


 「これデ、終わりなのかナ」


 スルカの心配そうな声と、布が擦れる音が交わり、状況が伝わります。


 「相手がセーナでは、私の剣も届きそうにありません。戦略的撤退が必要かと」


 「そっカ。ハインクルスでもダメなのカ」


 「己の未熟を恥じます。せめて、リネア様だけでも送り届けねば」


 ハインクルスの発言に、今しがた思いついた事が。

 これなら、いけるかも。


 「わたくしに妙案があります。付きてきてくれますか?」


 そう言うと、三人の視線が集まった気がしました。


 「もちろン」


 「リネア様の案であれば、何とかなるでしょう」


 「後でパンツ食わせて」


 息ぴったりの二人に、雑音が一名。

 いざ行かん、決戦の地へ。

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