第三十六話 闇夜の密林で
メジスチナ王の後をつけて、密林まで来ました。
いやー、本当におぞましい。
足元に広がる血の池。
染み込んで滲む沼。
数多の若い人間を含む動物達の血です。
メジスチナ王の思考は理解し難い。
快楽殺人者であるスルカとは根本から異なります。
人の在り方に無頓着なんですよ。
家畜同然に思ってます。
かくいうわたくしも、その一人なのでしょうね。
だから手を差し伸べた。
聖人の皮を被り、神よりも崇高な理念を騙り、甘い抱擁から腰を撫でた。
10年前のあの日、わたくしはメジスチナ王に女を教えられた。
既に叩きつけられた肉欲とは真逆の無償の愛が、わたくしの心を惑わした。
今となっては憎悪の対象でしかない。
似つくクロムも死んで欲しい。
でも、クロムは少しだけ違う。
クロムはわたくしを脱がせたりしない。
触ってお終い。
ま、どっちもどっちですけど。
「おや、珍しい客人もあるものだ」
気づかれましたね。
野生の勘と言うやつですか。
「国王様とまともに顔を合わせるのは、一ヶ月ぶりぐらいでしょうか。中々お会いする機会も縁も無く、寂しく思っておりましたよ」
「道化ですね。隠さずとも宜しい。どうせ私を避けていたのでしょう?」
「……」
「図星になるとだんまりを決め込む。相変わらずだ」
腹の底まで見通す、その目。
わたくし大嫌いなんですの。
「図星かどうかはさておき、国王様は何をしておいでで?」
「見ての通り夕食を取っておりました。最近は余所者が増えておりますから、老若男女問わず新鮮な肉にありつけます」
移住できる財力または労力がある人間は、多少なりとも身が引き締まっていると言うのでしょう。
若者ならまだしも、老人を食べるのはイカれてます。
……いや待って。
わたくし、ここを通るまでに、一度として老人の遺体を見ていません。
もしかして…。
「そう。満30才未満の人間を選別して頂きました」
読まれた。
この男、己の能力をひけらかすかの如く、わたくしの思考を読みましたわ。
本来はこのような芸当、クロムにしか出来ないはず。
やはりこれも血筋ですかね。
「嗅覚ですか?それとも識別でしょうか」
「さて…なんでしょうかね。みすみす手の内を明かす馬鹿はいませんよ」
「ふふっ…そうですわね」
勘のいいこと。
水面下でのわたくしの動きを全部知っているようです。
「いつ頃のご予定で?」
「一週間後を予定しております」
「おお、それはまた早い。残り少ない余生を楽しみましょう」
「お互いに、ですわ」
早くも勝ち誇った顔をしていますね。
いいでしょう。
その誘い、受けて立ちますわ。




