第三話 封筒を渡そう
国家転覆という漠然的な夢を叶えるために、今わたくしは執務室におります。
何処の国でもいい、誰か攻め入ってくれと、他国の古強者共に一筆したためております。
これを当家筆頭執事カルステンに渡して秘密裏に配送して貰おうかと思いましたが、昨日、カルトネラ内親王との不倫が発覚したため処刑されました。
よってこれをクロムに渡します。
そして、王族のみが利用できる秘密のルートで流してもらいましょう。
「クロム王子。これをレイグス王国まで秘密裏に送ってださいな。くれぐれも、この封筒を開けたりしないこと。いいですね」
そう言ってわたくしは茶封筒を三枚ほどクロムに渡しました。
クロムは速攻で開けました。
「僭越ながら読ませて頂きます!わたくし!リネア・クレイアルは!現国王を殺――」
わたくしはクロムの口を塞ぎました。
「あのねクロム王子。言わなくてもわかりますわよねぇ?」
「モガ…ムガ…ッ」
掌をめちゃくちゃ舐めてきますわ、この犬。
後でキチンと手を洗わないといけませんね。
そろそろクロムから手を離しましょう。
窒息しますし。
「ぷはっ!塩っぱい!」
「感想は結構ですのよ。それより貴方、今日はピアノの演奏会とかほざいておりませんでしたか?」
「バックれました!少しでも…リネア様と一緒に居たくて」
クロムは嘘をついています。
わたくしと一緒に居たいという嘘です。
本当はわたくしの首根っこを掻くために奔走しています。
転覆準備の証拠を掴んで、大好きなパパにエラいでちゅねー、リネアちゃん処刑でちゅねー、と言われたいがためにやっているのでしょう。
こいつはそういう奴ですわ。
わたくしのこと嫌いですもの。
「せめて顔は出して来なさいな。お友達も心配するでしょう?」
「無問題です!」
「そうですか。なら」
わたくしは転移魔術をクロムにかけました。
瞬く間にクロムは光の筒に吸い込まれていった次第です。
さよなら、クロム。
「さて、そろそろ行きますか」
今日は大忙しです。
何が忙しいって今日はメイド達が王宮中を大掃除しておりますから、監視の目が届かないようにこの封筒を持ち出すことはまず不可能なので、こまめに転移魔術を使わなければならないからです。
夕刻をすぎる前に行商人に渡さなければ、ジ・エンド。
ああ忙しい忙しい。
「転移」
わたくしは転移魔術を使いました。
ここは…森?
わたくしとしたことが、失敗してしまいました。
「あレ?リネアさマ?」
森の奥から声が聞こえました。
声の正体は一人の少女。
長い耳を持つ金髪ロングのエルフ。スルカですわ。
「お久しぶりですね。元気していましたか?」
言うまでもなくスルカは元気そうです。
がしかし、全身血まみれにございます。
そう、彼女は生粋の殺人中毒者なのです。
「はイ。お陰様で好き勝手やらせてもらってまス」
片言で笑顔が眩しいです。
「それはなにより。ところで、その血はどなたのかしら?」
「行商人でス。さらバ、愛しき我が恋人ヨ」
スルカはとびきりの無表情。
どうやら恋人を殺したようですね。
恐ろしヤ。
「…どうしましょう」
困りましたわ。
これでは届けられません。
ツテがないことは無いのですが、敵対派閥のご令嬢なんですよ。
厄介極まりない殿方が婚約者でして、先にそいつを始末しないといけません。
あ、ちょうどいいところに。
「スルカに一つ頼み事が」
「はイ?なんですカ?」
「ゼルド閣下を殺ってきてはいただけませんこと?」
「ア…その人ならついさっキ」
「サンクス。転移」
なんと好都合。
これならばいける。
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あっという間に屋敷に着く。
走る。
はい敵対派閥ご令嬢リュリュが居る。
渡そう。
今すぐ、ですわ。
「凄いよリネア!挨拶も無しに私の顔面に封筒を押し付けるなんて!」
リュリュはケタケタと笑っております。
じゃあ無問題だろ。
とは、思いますね。
「これをレグルス王国へ送る、ですわ」
「え…ちょっ、それ、本気で言ってるの!?ちょっと待って!話聞くから!離れてよ!」
「いいから」
「良くないってば!ムググッ…!」
リュリュの口に突っ込んでおきました。
すぐに吐き出されましたけど。
「ぶへっ!ハァ…!ハァ…!リネアの馬鹿あ!」
「馬鹿はお前の方ですわ。金銀財宝に目が眩み、玉の輿わっしょいの喜悦に浸りつつ税率を50%にまで引き上げて領地を崩壊させた挙句、体臭に難があるという理由で国王の呼び出しにも応じず、独身貴族が一同に介する晩餐会の翌日、本人達がいる前でワキガフェスティバルと称し、知らぬ存ぜぬを貫き通した結果爵位剥奪の危機にまで陥った貴様にわたくしが救いの手を差し伸べたことをお忘れで?」
「ヒィッ…!」
はい追い込みました。
歯がカチカチと噛み合わないリュリュの姿は、見ていて滑稽ですね。
クロムといい勝負ですわ。
「はいじゃあこれ。送ってくださいますね?」
「本当は断りたいけど、まあいいよ。任せて」
「頼みましたわよ」
リュリュは苦笑しつつも、なんだか頼られて嬉しそうな顔をしていました。
これでいいのです。
てめぇは生涯わたくしの駒ですわ。