第二十二話 史上最悪の縁談(後編)
わたくしの元婚約者兼此度の縁談相手について、軽くご説明して差し上げますわ。
やっぱめんどくせぇので省きますわ。
という訳にもいかねぇですわ。
大雑把に説明しますので、耳の穴かっぽじってよく聞いとけよ。
「はい」
クロムサイキックくだまれ。
さて、賢者タイムならぬ解説タイムですわ。
まず初めに、わたくしの婚約者は成り上がりの将軍家であらせられます。
因みに、爵位は男爵です。
男爵は男爵なんですけれども、権力がパない。
彼のお父様は現場一辺倒実力派全肯定主義者であり、弱者を嫌う生粋の武人。
ひとたび大号令を上げれば千の兵士が奮い立つと噂される男であり、長らくメジスチナ王国を軍事面で支えてくれていました。
今は、わたくしの父と違って隠居しております。
よる年波に逆らわず部を弁え、老害を謳歌する前に朽ちていく様は実に天晴れ。
そんな男を父に持つ彼の名はハインクルス。
文武両道、才色兼備、非の打ち所がない、冗談が全く通じない、扱いにくい、の選り取りみどりです。
たしかに容姿は好みですよ、はい。
少しだけくせっ毛がありますけど、常に肩にかからない長さを維持している金色のウェーブ髪に、わたくしの頭一つ分高い背丈。
キメの細かい白い肌、蕩けるような甘いフェイス。
視線を合わせるだけで世の女たちが交尾したがる虹蜺色の瞳。
幼少より頻繁に顔を合わせていたわたくしには1ミリも内心的効力はありませんが、まあカッコイイんじゃない?
うんいいよ。
100点満点中120点だよ。
だから帰してくださいまし。
「それでは。あとは、お二人で楽しんでください」
「うむ、そうですな。ではリネア、パパは先に帰ってるから、ゆっくりしてくるんだぞ」
ハインクルスの父と、わたくしの糞親父が部屋を退出。
クロムは居ないものとして扱われたみたいです。
どうしてこんなことになってしまったのでしょう。
夢なら覚めて欲しいです。
「……」
「……」
気まずい。
視線が合うたびに逸らしてしまいます。
「お仕事は何をされてるんですか?」
と、クロムが割り込んできました。
「色々していますよ。なんで居るんですか?」
「具体的に教えてくださいよー」
「そうですねぇ……最近は外交に力を入れています。メジスチナ王国に不足している石油資源をより安定して供給できるように、他国と連携し、新たな石油プラントを開発中です。あの、なんで居るんですか?」
「おー、それは凄いですね!因みにいつ頃完成予定なんですか?」
「五年以内には完成するかと。なんで居るんですか?」
もはや、ハインクルスの声は届きません。
クロムが潰しにかかってます。
「なんで居るのかって?そりゃあ、僕がリネア様の婚約者だからに決まってるでしょーが!」
クロムがテーブルの上にあぐらをかいてふんぞり返ります。
無礼千万。
「お言葉ですがクロム王子。貴方はリネア様の婚約者に相応しくない。勉学はともかくとして、品性が伴っておりません。王族たるもの攻めは優美に、受けは華やかに見せねばなりません。貴方は、その両方が出来ていない。致命的に倫理観が欠落してる」
おお。
めっちゃ言うじゃんこいつ。
「だからァ…?」
あ、クロムにスイッチ入った。
やばいですわ。
あることないことベラベラ喋る顔ですわ。
「クロム王子、下がりなさい」
「嫌です。僕は一歩も引きませんよ」
「…いいから」
「………」
クロムは何か言いたげな顔で下がりました。
自分の席を移動し、わたくしの後ろに椅子を持ってきて座りました。
そして、わたくしの背中に顔を埋めて動きません。
何してんの?
「やっと二人きりですね」
「そうでもないですわ」
「リネア様は、他に好きな人がいらっしゃいますか?」
「いませんよ。そもそも色恋に興味がありませんもの。強いてあげるならコルナ王子でしょうか」
と、そう言った瞬間、脇腹をぐりぐりと圧迫されました。
クロム…。
「ああでも、あくまで母性本能がくすぐられるなーくらいでして、性て……殿方としては、いまいち…」
ふう。
ようやくクロムの攻撃が止みました。
この、やきもち焼きめ。
「そうですか……では、私とは…ダメでしょうか?」
きたぁあああ!
トップスピードで打ち上げ花火ですわ!
早ぇって!
「いやぁ…まだお互いのことをよく知らないですし…」
「幼なじみじゃないですか」
「幼なじみかと言われると否というか…」
「私では足りませんか…?」
「逆に足りすぎていて困るというか…」
「もしかして私のこと嫌いですか?」
「嫌いではありませんけど…好きでも無いですね」
のらりくらりの応酬。
まるで引き下がる気を見せないハインクルスに、少しだけ揺らいでしまいます。
この縁談が成立すれば世間体はいいでしょうし、あれだけ頭を悩ませていた他国とのパイプを簡単に繋ぐことができます。
旨味は十分にあると言えましょう。
ですが、
「リネア様は僕のものだ、リネア様は僕のものだ、リネア様は僕のものだ、リネア様は僕のものだ、リネア様は僕のものだ…」
必死に呪詛を唱える駄犬がお腹に巻き付いているんですよね。
これにより、安易にOKが出せません。
なので一旦保留にしましょう。
「少し、考える時間をいたただいても宜しくて?」
そういうと、ハインクルスは聖母にも似た混じり気のない笑みを見せました。
「ええ。いつまでも待ちますよ」
よかった。
その答えが聞けてよかった。
この男が聖人で本当によかったと、つくづく思う形で縁談は幕を閉じました。
因みに、タイトルにある史上最悪はクロムのことです。
わたくしのドレスに顔を突っ込んで深呼吸しておりますので。
後でお仕置です。




