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第二話 意味不明が連立するケーキ作り

 王宮の中はいつも張り詰めた空気で息が詰まりそうになりますわ。

 特に厨房。

 国中から集められた名コック達が血なまこになって肉や魚を手際よく捌いております。

 おお…盛り付けも然ることながら一糸乱れぬ統率力でお盆に乗せていきます。

 つまんね。大したことないですわ。

 わたくしからしてみればこの程度、お茶汲みとさほど変わりませんもの。


 「リネア様のお顔は、どうしてそんなに面白いんですか?」


 「お黙りなさい」


 今わたくしは、クロム王子(駄犬)にお腹を揉まれています。

 世の男なら誰しもが振り返る容姿を持つわたくしの身体にまとわりつくこの細い両腕を斬り落としたい気持ちは山々ですが、もしそうした場合、わたくしの首が生け花教室に並ぶことになるのでやめましょう。

 

 「料理お好きなんですか?」


 「ええまあ。休日にケーキを焼く程度には」


 「なるほど、お菓子作りの方でしたか。それならいいのがありますよ」


 「?」


 クロムがズボンの右ポケットからチョコレートを取り出しました。


 「これを焼きましょう!」


 「跡形もなくなりますわよ?」


 「大丈夫です!どーせ食べるのはリネア様なんだし」


 「あら、毎晩メイドの部屋で何をしていらっしゃるのかしら?」


 「前言撤回しておきますね。ごめんなさい。バラさないで」


 そう言ってまたお腹を触られました。

 そんなに好きなのでしょうか、わたくしのお腹。

 ひょっとして出てますか?


 「堪りませんね、このモチモチ感。まるでスライムみたいだ」


 「いい加減になさい、この淫獣が」


 「ご安心を。僕はリネア様如きに欲情したりしませんよ。こんなぽっこりお腹の何処に性のキラメキがありましょうか」


 「この、クソッ」


 わたくしはクロムを思い切り蹴り飛ばしました。

 クロムったら、随分と嬉しそうな声で壁に激突しましたわね。

 

 「クロム王子。今から貴方にミッションを与えます」


 「ほうほうほう。なんでしょうか?」


 「あそこにある包丁を取ってきなさい」


 わたくしは厨房の奥にある包丁棚を指さしました。


 「まさか…僕を殺すんですか!?」


 クロムの大袈裟な後退りは、いつ見ても間抜けです。


 「声量、体躯共に小型犬ですわね」


 わたくしはずいずいと距離を詰めていきます。

 壁際に追い詰めたあたりで、クロムが首を傾げました。


 「ところでリネア様。お前の右手切れてっけど大丈夫か?」


 駄犬のお前呼ばわりはいつものことなので不問にするとして、右手が切れて…あら、ほんと。

 斜めに一刀両断ですわ。

 血がどくどく出てきますね。


 「困りましたわ。これではケーキが焼けませんね。そして貴様に厳罰を与えることも叶いませんね」


 「やったー!自由だー!」


 「顔面偏差値40ジャストの超絶微妙美少年筆頭格である貴方が言うと妙に現実味(リアリティ)があります。死ね」


 一先ずクロムを厨房に放り投げました。

 あとは経過観察です。

 コック長とクロムが話し始めました。


 「おや?これはこれは、クロム王子ではありませんか。今回はどの様なご用向きで?」


 「あのね!リネア様を刺したいの!何かいい道具は無いかな?」


 あら。

 あらあらあらあらあら、あら。

 戻ってきたら生き埋めにしましょうか。


 「そうですねぇ…これなんかどうでしょう」


 コック長は柄の長い包丁を食器棚から取り出しました。

 あれは誰もが知る伝説の剣、バルムンクですわね。

 クロムは渋い顔をして手に取ります。

 

 「実に見事な品だ。あの女を殺すに相応しい」


 「そうでしょうそうでしょう。ささ、早く行かねば怪しまれますから、公務に戻られてください」


 コック長の言われるがままに、クロムが戻ってきました。


 「おい、ですわ」


 「まさかバルムンクをくれるとは…」


 「こんなんで、どうやってケーキを切り分けるというのですか?」


 「え?それは、まあ…これを縦に振って呪文を唱えればいけるでしょう」


 「…貴方まさか、料理をしたことが無い?」


 「料理はメイドが作ってくれますからね。おめェん所もそうだろ?」


 絶妙なイントネーションに違和感を禁じえませんわね。

 にしてもクロムは料理をしない、と。

 メモメモ。

 覚えました。

 クロムは自分を棚に上げて、棚に入っていた剣で自死する、と。


 「あらまぁ!ださーい!」


 そう言うと、クロムはあからさまに顔を赤らめました。


 「単に僕は料理をしないだけです!やろうと思えばできます!」


 「言い訳なんて聞きたくありませんわ。そもそも、包丁を取って来なさいと命じたにも関わらず一字も被らないバルムンクを持って帰ってくるあたり、あっ、コイツは無能なんだなと察しはつきました。ええ、ほんと。料理もできない、ケーキも焼けない、男の風上にも置けない口八丁の極み。お召し物は没収です」


 わたくしはクロムの衣服を全て剥ぎ取り、今は使われていない第5調理室に向かいました。

 転移魔術で。


 「せめて服は返して下さい!」


 クロムが泣きながら懇願してきましたが、嘘泣きです。


 「いいではありませんか、どの道汚れますわよ?」


 「まあそうですけど…リネア様に見られるの、ちょっとだけ恥ずかしいです」


 「はいこれエプロンです。着ろ」

 

 わたくしがエプロンを渡すと、クロムは渋々エプロン姿になりました。

 裸エプロンというやつでしょうか。

 スベスベ肌に吸着されるオール絹のエプロン。

 肌触りは最高ですが、耐油性は皆無。

 さて、どんな声で鳴いてくれるのでしょう。


 「まずは、えーっと…あ!ありましたありました」


 神棚の中にケーキ作りに必要な材料が揃っていました。

 現在ここは非常用の備蓄庫になっているので、ありとあらゆる食材が混在する夢のようなお部屋と化しています。

 今後も利用することでしょう。


 「さてと…まずは」

 

 材料はこちら。


 ・卵

 ・砂糖

 ・薄力粉

 ・バター

 ・牛乳

 ・石

 ・裁縫針。


 とまあこんな感じです。

 少ないですね。

 石と裁縫針はクロムが用意してくれました。

 彼の胸中に2、3箇所刺しておきましょうか。


 「い…」


 もっと喋れよと思いましたが、次に移ります。

 まず初めにボウルの中に卵を入れて、砂糖を加えます。

 湯煎しながら泡立てるようにかき混ぜていきます。

 と、ここで事件発生です。


 「おい駄犬。貴様は何をやっている」


 「卵入れただけですよ?」


 クロムのボウルには、確かに卵が入っています。

 殻ごと。

 割らずに、ゴロンと。


 「混ぜるのですか?これで?」


 「そうですけど何か?」


 どうやらクロムは本気のようです。

 目が本気です。

 先に進みましょう。


 「白くなってきたら牛乳とバターを入れて溶かします」


 「はい…っと」


 気になったのでクロムのボウルを見てみました。

 今回はちゃんと言われた通りにやっているようです。

 しかし悲しきかな。

 卵がぷかぷかと浮いております。


 「…次に参りましょう」


 生地にツヤが出てきたら型に流し入れて20分ほど焼きます。

 わたくしの火魔術で焼いていきます。


 「あらやだ。わたくしったら片手が無いのに両手を翳そうとしてしまいましたわ」


 「うっかりさんですね!」


 「全くもって返す言葉が見つかりませんわ」


 わたくしは大変便利な魔術を用いて右手を再生させました。

 そのまま生地を焼いていきます。


 …あ、そういえば生クリームを用意していませんでした。

 失念しておりました。

 たしか昨日の晩餐会で振る舞われたケーキは死ぬほど生クリームが使われていたような気が。

 なら余ってそうですね。


 「クロム王子。ちょいと厨房に行って、生クリームを貰ってきてください」


 「お任せ下さい!で、持ってきたら何処に塗ればいいんですか?リネア様のお腹ですか?」


 「ボディクリームじゃねぇんですのよ。いいからさっさと行きなさいな。このバルムンクが暴走しないうちに」


 クロムは慌てて出て行きました。

 白い肌が美しい全裸で。


 しばらくしてクロムが戻ってきました。

 ボウルを持たずに行ったものですから、全身の至る所に生クリームを塗られて戻ってきました。

 

 「沢山貰えましたわね」


 「いっそこんな国滅びればいいのに」


 クロムは怒った顔をしていますが、風体が正視に耐えません。

 咄嗟に目を逸らしてしまいました。

 何はともあれ生クリームが貰えた訳ですから良しとしましょう。


 「そろそろですかね?」


 「ええ、そろそろですわ」


 「…イきそうですか?」


 「焼けましたわ」


 クロムを無視しました。

 生地が完成したので生クリームを塗っていきます。

 

 「ほら、寄越せ、ほら」


 「やめて!僕の服が!僕の唯一の服がぁあああ!」


 激しく暴れるクロムにバルムンクを突き立てたところ大人しくなりました。

 いい子です。

 ずっとそうしていろ。


 「うう…あれ?」


 しょんぼりとしたクロムの顔に光が宿ります。

 そうです、わたくしが完璧なケーキを二つ用意したのです。

 あんな卵が露出した対人兵器を王子に食べさせたりなんかしたら、わたくしが国王直々に下の口に卵を入れられかねませんもの。

 

 「さあ食べましょう。衛生面は少し心配ですが…」


 「問題ありません!僕はリネア様のために、毎日キチンと身を清めています。王子たるもの清潔感は保たねば」


 「なるほど…だから肌が白いのですね」


 「はい?なんです?」


 「ああいえ、なんでもありませんわ」


 にこやかに微笑むクロムに顔を覗き込まれました。

 毎朝冷水を浴びて体を清めている、この傀儡王子に。

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