第9話『新たなる決意』
「ねぇ...レイン?レインは何故いつも上ばっかり見ているの?上に何かあるようには見えないけど...」
「さぁな...だけど上を見るだけで何故か、心の奥の方が温かく感じるんだ。なんか、こう、言葉には言い表せない感情なんだけど...」
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依然、雨は降り続けている。地下世界はすっかり、
水浸しだ。市民らがそれぞれのゲートから出てきた。歓喜の声に包まれており、調子に乗って水溜りにダイブする人だっている。
「おい、レイン。上ばっかり見てないでもっと喜べよ。世界を救ったのはこの俺たちだぜぇ?その....
干渉に浸るのもいいが...。あ〜分かった!涙を堪えてんだなぁ?お前、本当にガキだなぁ!」
「違うよ、グリードさん。俺が泣くわけないだろ!
俺は....俺は今とても嬉しいんだよ」
「チッ....全く意味わかんねぇクソガキだぜ!」
シルヴァと呼ばれる白髪の男が、歩みよってきた。
「君たち二人の活躍により、地下の人々は救われた。地上部隊を代表して讃えよう。ありがとう。
それから、レイン君。三番ゲートでヨルネという女の子から君のことを心配して助けて欲しいと頼まれたんだ。そのおかげでこの場所に来ることが出来たんだ。幸い、間に合って本当に良かった」
「ヨルネが....。ありがとうございます。ヨルネは無事でしたか?」
「ああ、心配ない。此処に来るときに念のため私の優秀な部下に、ゲート内の護衛を任せておいた」
「良かった....」
レインは、安堵してようやく肩の力を抜いた。
「それから、グリード。今回の活躍によりイザーク司令から君の階級を一つ特進することが決まった。
今後とも君の活躍に期待しておこう」
「本当ですか!今後ともご期待に添えるよう務める所存であります!!」
グリードはとても誇らし気に返事をした。
恐らく、今までの彼を見た中では一番嬉しそうだ。
「さて、レイン君。君は地上部隊に入りたいと聞いた。そこで今一度問いたい。その本心はマシンノイドの恐怖と向き合った今でも変わらないのか?」
シルヴァはレインに問いかける。
レインは冷静になる。そして改めて自分に問いかける。
「レイン....」
グリードはレインの表情を確認する。
その表情はとても不安気である。
「俺は.....俺の気持ちは依然変わらないままです。
いつか、此処よりもずっと広大な地上で安全に暮らすこと、そして平和になった世界で地上のあらゆる美しいものをこの目で見て回ること、それが俺の夢です。その為には、今以上にずっと強くなければならない.....。奴らを一人でも多く破壊出来るようにならなければならない。シルヴァさん。
俺の.......レイン・ウィルウァーカーの入隊許可をお願いします!」
「流石だ、レイン!やっぱ俺の見込んだ男だぜ!」
グリードは満面の笑みを浮かべた。
シルヴァも一瞬、笑みを浮かべる。だが、これから待ち受ける数多の試練を思い表情は硬くなる。
「ああ、もちろんだ。レイン・ウィルウァーカー。
地上部隊に入ったからに、厳しい状況はこれからもずっと続いていくだろう。だが....しかしレイン。
君はとても強い子だ。きっと自分の夢を成し遂げると信じてる。君の入隊を......地上部隊を代表して歓迎する!!」
「ありがとうございます!!シルヴァ隊長!!」
レインは嬉しさと同時に改めて覚悟を決めた。
そして、これから待ち受けるべき試練も乗り越えられるように強く胸に誓った。先ほどまでの激しい雨は止み、大きな水溜りがあちこちに出来ていた。
ピロピロ....。シルヴァの左腕に装着している小型通信機器の音が鳴り出す。その機器から人の声が聞こえてくる。恐らく、地上部隊の隊員の声であろう。
「...ザッ...ザッ...。シルヴァ隊長......大変だ!!
街のあちこちで市民らの暴動が起こっている!
原因が俺たちだと言ってる始末だ!皮肉な話だが、しかし無理もない。今まで俺たちの存在をひた隠しにしていたのだからな。今の調子だと当分収まりそうもない!
事態の収束を協力して欲しい!急いで来てくれ!」
「了解だ....。全く....すぐに戻る。
グリード、俺と一緒に来い。上への報告よりも、
まずそちらの方が重要だ。なんせ俺たちの存続がかかっているのだからな」
「了解だ、隊長!すぐにいこう!
おいレイン、なぁに心配すんじゃあねぇぞ。いつものゴタ騒ぎだ。地上部隊はきっと大丈夫!
お前は早くガールフレンドのとこに行ってやれ!お前を心配して待ってくれる奴はそういないだろ?」
「余計なお世話だグリードさん!てか、ガールフレンドじゃないし!ただの、幼なじみだよ!
それと.....グリードさん....。ありがとうな」
「なぁにぃ?お前は、人に感謝できるような口じゃあないだろ?そんな暇があるんなら、先に彼女のとこに行ってやれ。感謝はその後だ。...まぁ、今回は俺も色々助けてもらった。レイン....ありがとな...」
レインは思わず顔を歪ませて笑う。
「あれ?グリードさん。感謝は後の筈だろ?
先に市民の暴動を止めてやりなよ?」
「チッ....全く、何処までも厄介なガキだぜ。
じゃあなレイン、後で本部で会おう」
レインはグリードと硬い握手を交わし彼を見送った後、ヨルネの待っている三番ゲートへ走り出した。
「はぁはぁ、ヨルネ。待ってろよ。今戻る!
....それにしても妙だ。事態が収束した後も感じる、この薄気味悪い感じは何だ....とても心地が悪い」
街のそこら中で、民衆らの叫び声が聞こえる。
何やら団結して同じ言葉を繰り返し叫んでいる。
レインは、無視して走り続ける。
(マシンノイドはもう、いないってのにこの騒ぎ様はなんだ!!心の底がとても冷たい....。
人々の温もりはまるで感じられない....)
異様な予感の原因を探りつつも、しばらく走っていると道を挟んだ三番ゲート側から、何人もの人々がゾロゾロ出てきた。どうやら、皆無事助かったようだ。レインは慌てて、人々の中からヨルネを探し出す。
「ヨルネ!!迎えに来たぞ!何処にいるんだ!」
「レイン!」
後ろ側から、聞き覚えのある甲高い女の子の声が聞こえてきた。やはりそうだ。慌てて振り向いた先に
ヨルネがいた。
「よかった。無事だったか」
「レイン...。あなた達二人が、この雨を降らせてくれたのでしょ。みんな、あなた達に感謝してたわ」
「何より皆無事でよかった!それと、此処に白髪の男が来たんだろ?お前が、その人に俺を助けて欲しいと言ったから、俺は無事生還できたんだ。ありがとな」
「うん...。それと残念な話。まだ噂の段階なんだけど、地上部隊が無くなるかもしれない。みんな、そう言ってるの」
レインは一瞬驚いた。だが冷静になる。
「ははっ、そんなはずないだろ?この地下世界を救ったのは地上部隊だぜ?何をしでかしたのかは知らねぇけど、そんなことはないと思う。それにまだ噂の段階だろ?」
「確かに、それはそうだけど...」
と、突然発生機から大きな声が鳴り響いた。
二人は、声のする方向に目を向ける。
何やら、市民らに言葉を投げかけている様子だ。
「一般市民よ!聞いて欲しい!
倒すべき敵は、マシンノイドなんかじゃない!!
俺たちの敵の本体は、地上部隊そのものだ!!」
数人ほどの地下警備隊員らを民衆が囲っている。
反乱のリーダーらしき人物が民衆らに投げかけている。それに応えるように民衆らもあちこちで声が飛び交う。
応援に来た警備隊のものが、人々を制止しようと試みるが誰もそれに従わない。
「解散しろー!!地上部隊は解散だ!!」
「そうだ。そうだ!!解散だ!奴らこそ悪の権化
だ!!」
「なん....だって....?」
レインは、思わず耳を疑った。何故ならば、マシンノイドを倒した人々そのものが地上部隊なのだからである。レインは、その運動に参加していた男性の一人に声をかけた。
「はぁはぁ...おっさん。こりゃ一体どういうことなんだ...!?なんせ、この街を守ったのは、地上部隊だろうが!何処にそんな事実が存在してるんだよ」
「おい、お前何言ってるんだ。頭冷やせよ。マシンノイドの襲撃で、きっと気が狂っているんだよ。
いいか?この街を....マシンノイドを破壊したのは地下警備隊だろうが?....地上部隊だと?もともと何を企んでるかわからねぇ連中めらが、この世界を救っただと?笑い話だ、全く。見ろ、目撃者もいるんだ。地下警備隊もそう言っているだろうが?」
反乱のリーダーらしき人物が民衆らに訴えかける。
「いいか!みんな!奴ら地上部隊は、我々に知られることのなく極秘で活動を行なっていた大層な名前を提げただけの、穀潰しだ!!
奴ら、我々の日々かけている税金で武装を行なっているにも関わらず今日という最悪な日に、マシンノイドに対して勇敢に立ち向かうこともなく奴らは
ただ...........ただ!マシンノイドの戦闘データをかき集めていたんだ!!俺はそれを見たんだ!」
「何....言ってんだ?こいつ...!!」
レインは、怒りを身に震わせる。到底そんな事実はどこにも存在していない。それは、レイン自らが最前線で見てきたからだ。この地獄のような光景を。そして、それに立ち向かった勇敢なる地上部隊の闘いを。だが、しかし民衆らは逃げ延びる事にしか頭が働いていない為、おぞましい光景を直で見たわけではない。
「.....それじゃ、奴ら全員、私達を見捨てたっていうの?」
「ああ、つまりそう言うことだ。奴らは自分のことしか考えていないんだ」
女性は、心の底から怒りを募らせる。
その場にいる全員も同じだ。レインは、慌てて周りを見渡す。誰一人、反論するものはいない。
(何言ってやがるんだ...。こいつら..!!そんな事実は何処にもないだろうが!!お前らの命を救ったのは地上部隊の方だぞ!!
地下警備隊はむしろその逆だ...!狂ってやがる!
みんなして!)
「....証拠だってある。そして今回の騒動が起こったのは.......地上に出た奴らが地下世界、つまりこの場所にマシンノイドを誘導したからである。
そうだろう......なぁ、黙ってないで出てこいよ」
周りで取り囲んでいた反乱者らが、一人の地上部隊を連れてきた。彼は恐らく反乱者達の尋問にあったせいか、身も心もボロボロだ。
「なあ、吐くんだ。自白しろ!お前たちがこの場所にマシンノイドを引き連れてきたんだろ?
そうでなければこんな最悪な事態は起きてはいない筈だ.....」
「馬鹿な!我々は、市民らの命をマシンノイドから救う為の組織だ!それを...わざわざ危険な目に晒すわけないだろう!?お前らの要求は何なんだ!
一体、何故こんなことをする!?」
反乱者のリーダー格は、地上部隊の隊員に仄めかす。
(......お前らの代表者を呼べ。そして市民の前でこう話すんだ。地上部隊は解体します...とな)
「何故だ!!俺たちは地上に出て、マシンノイドを殲滅させなければならないんだ!そうも簡単に解体などと!おかしいじゃないか!」
「お前たちを、邪魔がっている人は、沢山いる。
今回のような騒動が今後一切起きないようにする為には、もうこの方法しかないんだ。この街の為、思ってくれるんだったら静かに退いて欲しい....。
もう地上に上がるのはやめてくれ...」
抑えきることのできない感情が込み上げてきた。
そしてレインは、遂に怒りをぶつけた。
「あんた....。間違ってるよ!何が目的かは知らないけど、少なくとも俺は地上部隊に感謝している。
俺は...マシンノイドの奇襲にあった時、三番ゲートにいたんだ。勿論、決して安全な状況ではなかった。混乱の中、一体のマシンノイドがゲート内に侵入してきた。死さえ覚悟したそんな時、命顧みず俺たちを救ってくれた二人の男がいた。
その人達は、間違いなく地上部隊だった。
あることないこと、でっちあげやがって!お前らこそ、マシンノイド以上の狂人だ!!」
リーダー格は、レインに暴言を投げかける。
「ふざけんなクソガキ!お前の話なんてどこにも信憑性がないだろうが!勝手なこと抜かすんじゃねぇ!」
「誰が、勝手なんだよ!!お前達こそ一方的で、目の前のことしか見ようとしないじゃないか!
お前らが、そこに突っ立ったまま、息してんのは誰のおかげと思ってんだ!!」
レインの発言に続くものが何人か現れた。ヨルネもその中にいる。反論するもの言いきるものは、この時点では半々だ。
「俺も、三番ゲートに居た!」
「僕もだ!あんた達こそおかしいだろ!!」
「私も!彼らはこの世界の希望よ!」
「お前ら、こいつらに騙されるな!
いいか、どっちが正しいのか自分の胸に聞いてみろ!そしたら答えは出るはずだ!!」
リーダー格は、声を張り上げる。隣にいる何人かの男たちも、リーダー格を擁護している。
その混乱した場所に、二人の護衛をつけた紅色の布を肩から羽織った男がやって来た。
彼だ....。地上部隊の全てを統括する男。
イザークと呼ばれる男だ。
「ご迷惑おかけして申し訳ない。
私はイザーク・ノットギア。
地上部隊の司令官を務めている。そして彼は、私が認めた優秀な兵士です」
「イザークさん!」
レインは、イザークの存在によって一時救われる。
「お前か!!地上部隊のトップは!俺たちをこんな目に合わせやがって!お前らのせいで娘はマシンノイドに殺されたんだぞ!!どう責任を取ってくれるつもりだ!!」
「それは...私達の責任にあります。申し訳ない....」
「馬鹿野郎!謝ったところで、何も変わらないんだ....。何も....謝るなよ!」
「私にも、私にもマシンノイドに殺された仲間がたくさんいます.....」
「ふざけるな!!それじゃ、まるで俺も辛いからお前も我慢しろって言ってるもんじゃねぇか!!
全く...話にならねぇ!」
「違う!我々は...こんな時だからこそ人同士争っている場合じゃないと言ってるんだ!
我々が、悪いのであれば幾らでも償う。だが、私達の本当の敵は本来マシンノイドの筈だ!人々は今こそ協力し合い、手を取り合わなければ奴らを到底、上回ることは決してできない!
奴らはいわば、私達人間の虚栄そのものだ!恐怖から目を背けたその瞬間、本当に人類は負けてしまう!」
「何が...言いたいんだ..」
「我々は、人類の光として証明します。
今一度、人類がお互いに手を取り合える様に。
私達、地上部隊はちょうど一月後に、敵の拠点を探り当てる為、地上に上がる予定です。
我々は、その為に幾月も準備を重ねておりました。勿論、一般市民の方々には内緒にしていたことは謝ります。
しかし今回....我々の存在が明るみになった以上は、もう腹を括るしかありません。この作戦の失敗したその時こそ、我々の処遇を決めてください....」
「偉く強気でモノを言うじゃないか?
確証がないくせに.....」
「はい。もちろん確証は何処にもありません」
『....ですが人類がもう、マシンノイドに抗える段階
まで来ていることは、事実です...』
【第一章『血に染まった地下世界』編】 完結
第10話へ続く