第4話『二人の夢』
街では、建物が幾つも崩壊しており、当たり一面には火の手が回っている。
しかし、さっきまでの市民らの悲鳴は聞こえない。
きっと、無事避難できたのだろう。
「レイン!!早く立ってよ!このままだと殺されるわ!!」
呼びかけに答えずにレインは、依然腰を低くしたまま動こうとはしない。
「ダメだ.....俺は.......もう動けないよ....怖いんだ......死ぬのが........怖いんだ」
レインらしくない言動だ。普段の彼を知るヨルネは呆気にとられていた。
「ヨルネ....ごめん...お前だけ逃げるんだ....。今まで、ありがとうな。生き残ってもっ....」
「馬鹿なこと言わないでよ!!いつも勝手なんだから!あんたを置いて逃げる訳ないじゃない!!
レイン....あなたいずれ、地上に上がるんでしょ!
だったら、こんなところで死んでどうすんのよ!」
そう言ってヨルネは、部屋の壁に掛けられてあったホウキに手を伸ばした。ヨルネはホウキを強く握りしめている。
「一体、何をする気だよ.....ホウキなんか手にして。
はっ.......まさか、本気でマシンノイド相手に戦おうとしているのかよ!?正気か!」
「私は正気よ!嫌なら早く、そこから立って逃げるのよ!!。あんたが、いつまでもそんなとこにいるなら私は逃げないで....このまま闘う!!」
「馬鹿野郎!自分だけ、逃げろよ!!なんで俺のことなんか!!」
『それは.................あなたが、地上の世界へ行きたいって言ったからよ』
レインは、思わず幼なじみを見上げる。驚いた様子である。
「私も、地上の世界に興味があるの。あなたと、出会ったときから......」
「俺に......出会ったときから?」
「そう。あなたの持っている本の内容、全部知ってる。だから.........だから、レインが生きてないと私は地上に行けないじゃない!」
レインはようやく我に返ったかのように立ち上がった。先ほどの様子はもうすっかり消えている
「てか、てめっ......いつ俺の本を読んでたんだよっ!!てか、マシンノイド相手に、そんなホウキで倒せるわけないだろ!!
いいか..........部屋の窓から飛び降りよう!三番ゲートなら走ったら、まだ間に合う筈だ!」
「何よ!!さっきまでの様子がまるで嘘みたいじゃない!」
「いいから!早くここから飛び降りるんだ!俺に捕まれ!!」
「うん。わかった!」
2人は勢いよく窓から飛び出した。身体中で風を切る。それは、べストタイミングであった。
飛び降りた瞬間、マシンノイドが部屋に入ってきた。
「走れ!!とにかく前へ進むんだ!捕まったら殺されるぞ!!」
マシンノイドが、こちらの様子に気づいた。
三番ゲートまで、およそ1km。
捕まったら殺される。まさに地獄の鬼ごっこだ......。
「来てる!来てる!いいか!止まるんじゃないぞ。」
「はぁはぁ......うん!」
街の至るところで死体が転がっている。血生臭い匂いが鼻につく。恐怖で身体中が震える。
そしてレインは、ゆっくり斜め後方に振り向く。
「おいっ!!嘘だろ?追いつかれる!!」
さっきまでのマシンノイドのスピードが嘘のようだ。疾風の如く加速している。
「はぁはぁ......ヨルネ!聞いてくれ!君は先に三番ゲートに行くんだ!!」
「は!?何言ってるの!?はぁはぁ。それは一体どういうつもりなの!?」
「はぁはぁ......このままじゃ、間違いなく奴に、追いつかれてしまう!俺が囮になる。奴をまいてからゲートに向かう!」
「でも、それじゃ....レインが!」
「大丈夫!俺は必ず戻るから!三番ゲートまで真っ直ぐに走るんだ!いいな!決して止まるんじゃないぞ!」
そう行ってヨルネを先に逃した。レインが足を止め、奴の視線をこちらに向けさせる。マシンノイドは、ゆっくりじわじわと近づいてくる。少し距離を取る。足が震えているため、まともに立てていない。
(......怖い。くっそ...絶望的に怖い....。足が震えている.....。堪えろ....。堪えるんだ....!!)
「............おい!!機械野郎....こっちだ!!」
叫び声と共にマシンノイドは顔をレインの方向に向ける。金属が互いに衝突するような奇妙な雄叫びとともに、マシンノイドが片手に掴んだ火炎放射器のような物を抱えながら迫ってくる。
「気づいた....。後は奴をまくだけ!」
レインは薄暗い路地裏の、細い道を駆け抜ける。
「奴の体格は、人間の二倍だ。きっと奴はこの細い道を通ることが出来ない。この先を抜ければ、うまく三番ゲートに辿り着けるはずだ!」
そう言って路地裏に向かう。マシンノイドもこちらに迫ってくる。
「イチかバチかだ!!」
レインの考えは当たった。奴はこの道を抜けれることなく呆然と突っ立っているだけだ。これでもう奴が追ってくることはなくなった。
「よし.....!この道を抜け、奴に気づかれることなくゲートに行けば助かる!はぁはぁ....。しかしマシンノイドはどこに行った?」
レインは辺りを見回す。しかし、機械兵器の姿はない。安堵しそのまま、建物と建物の間を走り抜ける。建物は、マシンノイドの襲撃により損傷を受けたため今にも崩れ落ちそうである。
「もうすぐでこの道を抜けられる筈だ!はぁはぁ..........。がっ........!!」
突然、崩壊した建物の瓦礫に足を挟まれた。
「くっそ.....!何でこんな時に!!はぁはぁ.....急がないと奴に見つかってしまう!」
慌てて、瓦礫から右足を引っ張るもののピクリとも動かない。瓦礫を退けようとするものの一人分では退かせないほど重い。レインは慌てふためいている。
「何でだよ!!この野郎!!動けったら動けよ!!
クソッ.....全くツイていない!!はぁはぁ......何で....こんな時に、クソッ!!」
力づくで抜こうと試みるが、一人では抜ける筈もない。どこからか錆びれた金属音が聞こえてくる。間違いない。マシンノイドは近くにいる。心臓の鼓動が早くなり、少しずつ死の恐怖を感じる.....。
「ダメだ....!!早くしないと!!奴にバレる!
何か.......いい策はないのか!?何か......!」
レインは慌てて、周囲を見渡す。崩壊した建物の壁から突き刺さっている鉄パイプを見つける。
「はぁはぁ、これだ!!これで....瓦礫を退かせる筈.....!」
レインは、鉄パイプでテコの原理を活用し瓦礫を退かす。
瓦礫は少しであったが僅かに動いた。
「いけるぞ....。まだ三番ゲートまで間に合う筈だ!待ってろ...ヨルネ!」
安堵したその瞬間であった。マシンノイドはこちらに距離を詰めてくる。
(バレた......!早くしないと!)
心の中で何度も唱える。マシンノイドは徐々に距離をつめてくる。錆びれた金属音を響かせながらこちらに向かってくる。
レインはやっとの思いで瓦礫を退かせることが出来たが、以前状況は変わらないままである。
「おい!!そこに誰かいるのか!!」
建物の裏側から声が聞こえてきた。恐らく、地下警備隊のものだろう。
「ダメだ!やめろ!こっちに来ちゃダメだ!!」
レインは声を張り上げる。マシンノイドは、声の聞こえる方に顔を向ける。
「ハハッ。やっぱり誰かいるんだな。確かに怖い気持ちも分かる。だけど、そんなとこにいるといずれマシンノイドに見つかってしまうぞ。いいから大人しく出てきなさい」
「はぁはぁ......やめてくれっ!アンタ殺されてしまうぞ!!」
警備隊員は、依然としてレインの要求に応えようとしない。マシンノイドは警備隊員に対して少しずつ距離を詰めていく。
「何を言っているんだ。マシンノイドはきっとまだ街の方にいる筈だ。さぁ、顔を出しなさい。親御さんもきっと心配しているぞ。一緒にゲートに行こう」
マシンノイドは警備隊員の前に姿を現した。
「何だ....子供だと思ったよ。それにしてもアンタ、顔色が良くないぞ。ゲートに入ったら医者に診てもらいな」
「待てっ!!違う!!そいつはっ!!」
一瞬であった。マシンノイドは警備隊員の顔を目に見えないほどの速さで引き裂いた。警備隊員の顔は原型を留められないほどグシャグシャにされた。
「うぁぁぁぁっ!!!」
レインは発狂した。マシンノイドはレインの方に徐々に近づいてくる。レインはもう生きる望みを完全に捨てた。いままでの出来事が走馬灯のように頭をよぎってくる。
「ダメか......。はぁはぁ.......俺は地上に行けないみたいだ........はぁはぁ.....くそっ....これで終わりか....ヨルネ....結局、俺は何も変えることさえ出来ずにただ死んでいくのか」
ヨルネの顔が呆然と浮かぶ。彼女は何かをこちらに語りかけているようにも見える。
『レインが生きていないと....私は地上に行けないじゃない.....』
そして何かを決意したかの様にマシンノイドに目を向ける。その表情は、非常に危険で、凶暴で、そして殺気立っている。
「はぁはぁ....当たり前だ、ヨルネ。こんなとこで死ねるかよ....。俺は、まだ地上にすら行けてないんだ」
レインは両手に持っている鉄パイプを強く握りしめる。そしてマシンノイドに怯むことなく頭部に向かって飛びかかる。その姿はまさに、鬼人の様だ。
「俺は!いつかお前ら....鉄クズ共を殲滅して地上で暮らすんだ!!だから....まだ....こんなとこで死んでたまるか!!テメェを......殺す!!俺が死んでも!!」
マシンノイドの振りかざした鈍器をすかさず交わし、レインは鉄パイプをマシンノイドの頭部に何度も叩きつける。もちろん、とても頑丈な構造のため、いとも簡単に貫通できる様な代物ではない。マシンノイドはすかさず両腕でレインを抱え込む。腕力は強剛なため腹部はキツく絞められている。それでもレインは怯むことなく何でも突き刺す。もちろん生身の人間ではどうにもなろう筈がない。口からものすごい量の血が吹き出している。
「はぁはぁ.....ぐっ....!!くっそ...こんなもんじゃ倒せねぇ!!!何か.....他に策はないのか!この状況を挽回できるような策が!!」
レインは辺りを見渡す。が、しかし持ち札はもうどこにも残っていない。
ここまで来れたのも奇跡といって過言では無いだろう。
「はぁはぁ!..........こいよ、鉄クズ野郎....」
レインは、何かを閃いた様に鉄パイプを捨て、マシンノイドの視界を両腕で遮断する。マシンノイドは視界を遮断された影響により攻撃がうまく当たらない。
「馬鹿野郎が......」
風が路地裏の隙間を通り抜ける音が聞こえた。辺りが静まり返っているため、その周辺だけ時間が止まっている様な感じがした。
マシンノイドの殺気は伝わっている。
しかし、中身は空っぽのセミの抜け殻のようだ。
完全に停止したのを確認した。
単純なことである。マシンノイドの視界を遮断することによりレインの正確な位置を把握させることなくひたすら、やみくもに攻撃させる。これにより建物に衝撃を加え続けることで建物の崩壊を狙ったのである。
後は、瓦礫の落下地点を予測し、マシンノイドの視界を開放させることでその場所に誘導させる。
レインは、見事に頭部に瓦礫を落下させることに成功させた。
(はぁはぁ!あとは三番ゲートに向かうだけだ!
ヨルネ......。ヨルネは無事避難出来たのだろうか?!)
あたり一面を必死に見渡す。ヨルネの姿は何処にもない。
しかし無事避難できたと安堵したのも束の間であった。なぜ勘違いをしてしまったのだろう......マシンノイドが1体だけだって。
「おい....嘘だろ?逃げたはずじゃなかったのか?.....
ヨルネ!!!」
ヨルネの悲鳴が聴こえてきた。
しかし、事は既に遅かった。目を向けた瞬間、侵入してきた別のマシンノイドがヨルネに対して、所持していた鈍器を振り下ろす直前であった......。
第5話へ続く