第10話『夜明けーthe night breakー』
大きな部屋の一室で何十人かの隊長や幹部らが、円卓を囲んで極秘会議を行なっている。その部屋を照らすのは、それぞれの席に置かれているランプである。
この場所は地下都市よりも、もっと地下にある地上部隊の本部【ground-A】。
イザーク司令を中心に、それぞれの者達が共に会議を行なっていた。
「イザークさん!あんた正気ですか!確かにひと月後に敵の本拠地を探り当てるつもりでしょうが、私たちはまだ、奴らの実態自体何も知らない状況だ!!
そんなこと、あなたが一番分かってる筈でしょう!
それなのに、あんな大口を叩いておいて!自ら、地上部隊解散の危機を作っているような気が気でならない!」
幹部の一人が、率直に意見を述べた。それに、何人かの隊長らは頷く。それに続く、もう一人の幹部も意見を交えた。
「そうですよ、イザーク司令!考え直してみてください!
ただでさえ、今回のマシンノイドの襲撃で我々はともかく、民衆の明日の生死さえも脅かすような経済的打撃を与えられたんだ。地下都市は不況なんですよ....。部隊が地上に出て戦うための燃料、備蓄、装備などのコストを考えると民衆の生活さえも苦しくなってしまう...。それに我々がもし、敵の本拠地も見つけられずに失敗してしまった場合は何も得られず、それどころか我々に対しての市民らの暴動も起きかねない。事実上の解散だ。その時こそ、この世界の本当の終わりだ」
幹部ら、隊員らの頷き様は先ほどよりも増した。次第に、熱くなった人々らの騒ぎが起き始めた。それに抵抗するものを制止するものも現れる。会議は荒れるに荒れる。地上部隊の連中は、もともと血の気の多い集団ばかりである。そのために、常に死と隣合わせとある前線に出て勇敢に戦うことができているのだろう。
「反対だ!!」
「間違っている!!」
先ほどまで静寂だった会議室は、今では大声が飛び交う有り様だ。
「黙れっ!!!」
突然、ドスの効いた威勢ある怒声が響いた。その声で周りはピタリと静かになった。シルヴァの声だ。彼は怒りを剥き出しにしている。
「貴様らは、まだイザーク司令の考えを聞いていないだろうが!それを聞かずして、さも勝手に自分の意見を通したかの様に団結しやがって。自己中もいい所だ!」
シルヴァの問いかけに、人々は渋々席に戻る。
恐らく、部隊でのシルヴァの威厳は彼の実力も相まって相当のものであろう。
「全く、白髪君ったら...すぐにムキになって」
「何、たまには怒ってもいいじゃないか。マルク」
一見女装しているが、隠しきれず妙にガタイのいい個性的な男性がシルヴァにひっそりと話しかける。この男の名はマルク・アーシャ。ガーディアンの一人でシルヴァの同僚である。実力は、イザーク司令のお墨付きである。
「さあ、そういうことでイザークちゃん!ちゃっちゃと済ませてあげて!この人達が、静まり返ってるうちに!」
マルクは、イザーク司令に親しそうに話しかける。
イザーク司令はそれに応える様に話し始める。
「...諸君!静粛に聞いて欲しい!!私は、地下世界の状況も把握しているし、いま民衆の生活に危機を及ぼしていることだってよく分かる!
しかし.....このまま奴らの本拠地を見つけ、奴ら全員を淘汰しなければ人類全体は破滅の道を辿ることだろう!いいか!我々にはもう、逃げ隠れする場所がないのだよ...。
今回マシンノイドが我々の住処を探り当て、襲撃されたことを偶然の出来事と捉えることもできるだろう...。だが...しかしだ。探り当てられたこと自体は事実だ」
「うっ....」
「つまりだ...。我々は初めから誤った認識をしていたのかもしれないな。安全に暮らしていたこの世界...そんな世界なんて...そもそも存在してないんだ。楽園などという言葉は都合の良い方便だ。
だって....この世界の人々は本当に心の底から笑ったことがあるのだろうか?この暗い世界を照らす様な、そんな希望は果たして人々の心の中にあるのだろうか?全て...誰かの創り出した虚栄の世界での偽わりの感情ではないのか?安全だと言うことは...」
「それは...そうかもしれないな...」
幹部の何人かは納得した様子で頷いた。
「俺たちが、死ぬのは飢えか、それによる殺人行為か!!それとも、奴らに殺されるのか!!
.....違う!!まるで違う!!
俺たちの死に場所は、自分で決めることができる!!不器用でも歯向かうことはできる!!
だって....我々は生まれた時から人間だ!!
奴らの様に、プログラミングされた命令だけを実行せず、自分で自分を決めることが出来る!!そんな運命...変えるためには、奴らと戦うしかないだろ!真の安全を得るために!そして我々が...人間であり続けるために!!」
イザーク司令は、堂々としていた。
幹部や隊長の心には少しだけ変化が芽生え始めた。
しかし、そんな思いとは裏腹に不安も湧いてくる。
「あんたの言いたいことは、よく分かった....。
だけど...奴らと戦うにしても何かこう、確実な勝算がないと....。奴らの文明は我々を遥かに上回る。これじゃまるで、命の無駄遣いだ。無駄死にだ!」
「その通りだ...。奴らの技術、数を考えると我々は、圧倒的に不利だ。
が....しかし。我々は、ここ最近、ある協力者の存在を把握している。それも...その協力者は、我々の文明をも遥かに上回っていることが解明されている。そう、マシンノイドらに匹敵する様な遥か高度な文明を持っている人々だ。
もちろん、素性も住んでる場所も分からないが....
諸君らはこんな夢物語、ある訳ないだろうと考えているだろう。私も最初の段階では到底信じ切れなかった。ただ...、一つだけ確信できたことがある」
幹部らは、皆して話に聞き入る。
「それは一体...なんだ!」
イザーク司令は一瞬冷静になり、それから淡々と言葉を放った。
「彼らも、マシンノイド殲滅を願っている...」
「何故...そんな...確信を...」
隊長の一人が、思わず声を漏らした。
「天雲五式、戦闘支援外骨格と呼ばれる我々、地上部隊の武器があるのはご存知だろう....」
「ああ...あの訳のわからん機械か...しかし対マシンノイドには渡り合えるほどの性能を持っている...」
「そう...その武器は我々が開発したというテイで世間一般に知れ渡っているのだがな...。
あれは、私たちが開発した物ではないんだ。実は我々も地上部隊研究班もよく知らないんだ。
恐らく...恐らくだが..あれはこの世の技術の物ではない。あれは、我々より遥か高度の文明を持った誰かが本部宛に届けてくれた我々へのプレゼントだ....」
「きょ...協力者か...。これはまたオカルトな話だ。
全く、どこまでも笑わせやがる...。しかし...何故また我々を....」
「それは、分からない。しかし今ではその技術を改良、研究の結果、大量生産することさえ可能になったが...。大事な作戦の前には、必ずこちら宛に必要な支援物資が届くことが多々ある。
つまり...その協力者は我々の存在を知っていて....
我々を何処からか見ているんだ......我々に何を期待してそんな代物を送ってくるのか知らんのだが....」
幹部の一人が質問する。
「だったら...その協力者が、奴らの実態や本拠地などを教えてくれてもいいんじゃないのか?」
「そうだな。だが、それができない訳でもあるのだろう。しかし何も戦う意志さえ無かった我々に、もう一度歯向かうための武器や装備を与えてくれただけでも、ありがたいことだ。まるで人類は、もう一度立ち向かえるというメッセージでも送っている様だな」
「だけど....。それだけ...。たったのそれだけだ。
何一つ、奴らの実態を掴めていないじゃないか!
前衛拠点【ground-B】とは、連絡を交わしている様だが未だ、何一つ実態を掴めていないと聞いている。そもそも....そんな拠点の話すら、我々は詳しく聞かされてない。幹部でも知らないということはどういうことですか司令!今回の事件の発端だって...。いや.......まさかアンタッ!」
「前衛拠点は、存在する。オルバ隊長。
それに、あえて言っておく。私たちは、もう既に奴ら本拠地の決定的証拠を手中に握っているんだよ...」
すっかり静まり返った、地下世界には街のネオンが静かに灯っている。人々は、きっとまた新たに歩み始めるのだろう。眠らない街の明かりはとても綺麗だ。それを、静かに見守る様に屋根の上で2人の影が映っている。
「ヨルネ。俺の持っている本の中に、ホシゾラっていう言葉が書いてあるんだ。ホシゾラはとても美しかったって昔の人々は書いてあって。想像だけど...
この光景と似ているのかな」
「さぁね。分からない。だけど、この綺麗な光景と似ていたらいいね。ホシゾラ。
....ねぇレイン、見て!あの天井の隙間から、薄明るく光が洩れてるわ。きっと、マシンノイド襲撃の際に、あの部分だけひび割れちゃったのね...」
「ああ...そうだな。きっと外は夜が明けたのだろうな。あのひびの先には、そうか。広がっているのか....。なら...あと少しなのかもしれないな...地上」
第11話へ続く




