ここはドイナカ村 その4
「ふーん、きれいにしてるのね」
聖堂に入り、ぐるりと見回したウィオラが、感心したようにつぶやいた。
「今日、掃除したばかりなんです」
「……あなた、巫女なの?」
ウィオラはチサトの頭巾を見て尋ねた。
「い、いいえ、私は巫女じゃなくて、その、ここの使用人というか、そういうので……」
「その頭巾」
ウィオラはチサトの頭を指差し、目を細めた。
「自分は巫女だ、ていう証なんだけど。資格がない人が付けたら、逮捕されるのよ?」
「え、ええっ、そうなんですか!?」
「誰も注意しなかったの?」
「え、えと、その、ここには神官も巫女も、長い間いなくて」
それに、母の形見だったので。
チサトがそう言うと、ウィオラは細めた目を開いた。
「す、すいません、そういう決まりなんですね。すぐ外します」
「いいわ」
「え?」
「私が許可した、てことにしてあげる。これでも一応、それなりの地位なのよ」
うわあ、いい人だあ、とチサトが感動しかけたところで、ウィオラの後ろにいたインディが驚いたように言った。
「どうしたんですか、ウィオラさん。優しいじゃないですか。変なもの食べました?」
「……インディ。後でちょっと、散歩に行こっか」
「やだなあ、年端もいかない子供の冗談ですよ。いちいち気にしないでくださいよ」
ウィオラはキッとなって振り向いたが、インディはさっさと案内された部屋の中に入ってしまった。
「あのガキぃ……後でシバく!」
「あ、あの、とりあえず、お部屋に荷物置いて……あちらの、食堂に来てくださいね」
見た目は天使のように綺麗だが、内面はそうでもないらしい。
チサトは、この人は怒らせないようにしよう、と心に決めた。
王国の均衡ある発展のため、全国各地の資源調査を行い、開発計画を策定する。
国王の提案に対し、議会もこれを了承、大規模な予算措置が取られ、王国全土に調査員が派遣された。
アドルたちもその任務のため、ドイナカ村にやってきたという。
「特に王国南部は、投資・開発が遅れていますので、重点的に調査することになっています。私たちは、先遣隊としてやってきました。私たちの調査結果を受けて、本格的な調査が始まる予定です」
「ふうん。この辺りにはめぼしい資源はないと思うけどね」
「それは早計です。ここより南の山岳地帯は、本格的に調査されたことがありません。鉱物資源が眠っている可能性があります。それに、ここへ来るまでに水量の多い川、耕作に適した土地、いずれも多く見られました。発展の可能性は十分あります」
小難しい話をするインディと、それに相槌を打つカーラ。話はほぼこの二人だけで進められており、他の三人は食事に集中、チサトはといえば完全に給仕係だった。
ああ、私のシチュー……
チサトは、心の中で血の涙を流しながら、みるみる減っていくシチューを眺めていた。
「いや、うまいな、これ」
「ほんと、王都のレストランにも負けないわ」
アドルとウィオラはカーラのシチューを絶賛し、何度もお代わりした。やめて、残して、私も食べたい。そんなふうに思いながら、引きつった笑顔で給仕を続けるチサト。
お願い誰か、一緒に食べようと言って。
いよいよ最後の一杯となった時、チサトは心からそう願った。しかし、無情にもインディがお皿を差し出し、チサトは泣く泣く最後のシチューをその皿によそった。
やがて話が終わり、シチューも綺麗になくなった。
「あら、どうしたの?」
空になった鍋を未練がましく眺めていると、ウィオラが不思議そうに声をかけてきた。
「い、いいええ、みなさま、食欲旺盛だなあ、と思って」
「あらなに、私が大食漢とでもいいたいの?」
「そ、そういう意味じゃないですよぉ」
どうにも先ほどから、ウィオラは攻撃的で、言葉にはトゲがあった。出会ってから一時間少々、まだまだ社交辞令程度の会話しかしていない。嫌われる理由はないはずだが。
くぅぅぅぅ~~~~っ
そのとき、チサトのお腹が盛大な音を立てた。
「くっ……はははははははははははっ!」
一瞬の静寂の後、ウィオラが大声で笑い出した。
「ウィオラ、やめないか」
「だって、だってアドル。お腹があんなに……あはははは!」
穴があったら入りたい、とはこのことだ。ウィオラに大笑いされ、チサトは顔を真っ赤にして俯いた。
「なんか、様子が変だと思ったら。お腹減ってたんだ。いやー、悪かったわね、あなたの晩御飯食べちゃったのね。あはは、でも、あんなに大きな音たてて……あはははははっ、はしたない!」
何がそんなにおかしいのか、ウィオラは大声で笑い続けた。エンヤやインディも笑いすぎだとウィオラをたしなめたが、たしなめればたしなめるほどウィオラは声を大にし、ついにはお腹を抱えて転げ出した。
さすがに、腹が立ってきた。
「いやあ、人の失敗をそこまで笑えるなんて、王都の方はほんと、ステキな性格してますねえ」
「これ、チサト」
カーラがチサトをたしなめたが、ここまで笑われて黙ってなんていられない。気の短さは、育ての親譲りだ。
「あら、嫌味? でも、お客様の前でお腹鳴らすなんて、使用人にあるまじき行為よ」
「あらそうですか、それは失礼しました、お・じょ・う・さ・ま」
「……何、その言い方」
「いえいえ、自分ではなーんにもしないくせに、偉そうにふんぞりかえって人の失敗を笑うだけなんて、お嬢様ってお気楽だなあ、と思いまして」
「何よ、バカにする気?」
「いぃえぇ、尊敬の念しかありません。お嬢様って、ほんとすばらしいです。あー、私も人の失敗を大笑いして許される、素敵なお嬢様になりたいものです」
「あ、あんた、使用人の分際で!」
「使用人? 私が? 私、あなたに雇われましたっけ?」
「聖堂の付き人でしょうが。だったら神官に仕えるのは当たり前よ!」
「じゃ、お給料払ってください。ああそうそう、ここを十五年も維持してきたんです。即金で、今すぐ、耳をそろえて払ってください」
「はっ、これだから田舎者は。結局お金なのね!」
「すいませんねえ、他人に寄生してたかって生きている、お貴族様とは価値観が違うんですよ」
「き、き、寄生ですって!?」
だん、とウィオラが机を叩きながら、席を立った。
「あんた一体、何様のつもり!?」
「あらあら、そんな大声出して。はしたないですよ、お・じょ・う・さ・ま」
「あ、あったまきたー!」
ウィオラは壁に立てかけておいた錫杖を手に取り、チサトに向けて突き出した。
「表に出なさい! 叩きのめしてやる!」
両目を釣り上げ、怒りの形相となったウィオラ。マジギレである。こんなウィオラに錫杖を突きつけられ、ビビらない村娘がいるだろうか。
「はんっ、返り討ちにしてくれるわ!」
ここにいるのである。