ここはドイナカ村 その2
カーラの家から歩くこと、約十五分。
村の東側、他の家からはやや離れたところに、古い大きな建物があった。外観だけ見ると今にも崩れそうな感じだが、土台や骨格は堅牢で、あと百年はもつ、と王都の建築家が保証した聖堂だった。
この聖堂は、ドイナカ村がまだ独立国家だった頃からあったという。
「おっそうじ、お掃除ー♪」
チサトは聖堂に入り、祭壇に一礼すると、棚から掃除道具一式を取り出した。
チサトの父親は神官であり、母親は巫女だった。
神官とは、パンディアナ王国で最大の信者数を誇る宗教の聖職者のうち、国家官吏として地方へ派遣された者だ。対して巫女は、古代から続く民間信仰の聖職者で、国家とは関係なく活動している。
複雑な歴史はあるのだが、現在では神官と巫女は協力関係にあり、戦争や災害があれば協力して国民の支援を行なっている。ドイナカ村のような田舎で、生活上の様々な支援を行うのも、神官や巫女の重要な活動だった。
「うーん、結構汚れてるなあ」
農作業の繁忙期でもあり、この一ヶ月ほとんど掃除をしていなかったので、聖堂の中は埃だらけだった。チサトは窓や扉を全開にすると、埃を掃き出し、雑巾で隅々まできれいにした。
結局、夕方近くまでかかって聖堂をきれいにすると、チサトは戸締りをし、聖堂の隣にある小屋へ入った。
入口横に小さなキッチン、一段高くなったところにベッドと机。
本来は聖堂の使用人が使うための小屋だが、今はチサトが一人で暮らしていた。
両親が亡くなる三歳まで、チサトはここで暮らしていた。ここへ戻ってきたのは昨年、十五歳の誕生日だ。チサトを引き取って育ててくれたカーラは、成人となる十六歳まで待てと言っていたが、チサトはどうしてもここに戻りたかった。
「次の神官様に、渡しておくれ」
父の最期の言葉が頭にこびりついている。いまわの際に渡された、この村の神官であることを証明する符。本来は任を解かれた神官が自分で神殿へ返すのだが、破門された父は神殿に入れず、次の神官が来たら渡すことになっていた。
しかし、次の神官は来なかった。
どうして来ないのかと、幼い頃のチサトは不思議に思っていたが、今ならわかる。ここは、田舎すぎるのだ。しかも、裕福ではないが日々の暮らしに困るほど貧しいというわけでもなく、神官や巫女の支援がなくてもなんとかやっていける。神官の派遣先として、どうしても優先順位が落ちるのだ。
「王都、かあ」
自分が王都へ行き、符を返せばそれで済むのだが、そうするとこの村には二度と神官が派遣されない気がした。
派遣されてきた神官に頼んで、巫女の修行をさせてもらう。
それが、カーラにも言っていない、チサトの密かな望みだ。もちろん、才能なしとして修行させてもらえないかもしれない。それならそれで諦めはつく。だが、せめて挑戦ぐらいはしたかった。
くぅっ、とチサトのお腹が鳴った。
「お腹すいた」
チサトはポツリとつぶやくと、勢いよく起き上がった。
お腹が減っているときに考えても、ろくなことは思いつかない。とにもかくにも、今夜はカーラの絶品シチューを食べて、それから考えよう。
「おーい、チサト」
カーラの家へ行くべく支度を始めたところで、そのカーラの声が呼びかけてきた。
「え、カーラ婆?」
チサトは慌ててベッドを下りると、小屋の扉を開けた。
「どしたの、カーラ婆?」
「客だよ」
「客?」
カーラが指差す方を見て、チサトは目を丸くした。
そこには、立派な装備に身を包む、四人の若者が立っていた。