ここはドイナカ村 その1
「おりゃぁっ!」
威勢のいい掛け声とともに、チサトは束ねたわら束を放り投げた。
チサトはまもなく十六歳。ごく平均的な体型の、まあそれなりに可愛い女の子だ。光の当たり方によっては茶色に見える黒髪をおさげにし、身にまとうのは村娘のごく一般的な服。唯一違うのは、独特の模様が刺繍された、白い頭巾をかぶっていることだった。
「よっし、積み込み終了!」
「チサト、もう少しおしとやかにしなさい」
どや、と胸を張るチサトに、農具の手入れをしていたカーラが苦言を呈した。
カーラは御年九十。「若い者にはまだまだ負けん」が口癖の、村一番の元気者だ。姉御肌で、若い頃は無類の美貌を誇り、数十人の男女(!)をはべらせていたという伝説を持つ。もっとも、チサトが生まれたときにはもうお婆さんだったから、往時の美貌をうかがい知ることはできなかった。
「そんなんじゃ、嫁の貰い手がなくなるよ」
「んなこと言っても、そもそも男がいないじゃん。嫁に行く前に、出会いがないって」
ケラケラと笑うチサトに、カーラはやれやれと肩をすくめた。
「あんた、一生独身でいる気かい?」
「んー、まあ、そうなっちゃうかもねー」
「勘弁しておくれ。私はもう、長くないんだからね。あんたの両親に申し訳ないよ」
「もー、カーラ婆、最近そればっか。はいはい、わかりました、気をつけます!」
チサトは荷車に手をかけ、うんせ、と引き始めた。わら束を山と積んだ荷車はかなり重い。しかし、物心ついたときから農作業を手伝っていたチサトだ、華奢な体からは想像できない力持ちで、若者が少ないこの村では、貴重な労働力として重宝されていた。
そう、この村には、若者がいなかった。
パンディアナ王国の最南端、これより南は、峻険な山脈がそびえ立ち、人が入るのを許さない。そんな場所にあるのが、チサトが住む村。
その名を、ドイナカ村という。
三百年ほど前は山の民の独立国家だったが、戦国時代を勝ち抜いたパンディアナ王国に攻められ、独立を失った。独立していた頃はこの村が首都で、ドイナ・カカカール・うんたらかんたらという長ったらしい名前だったらしい。あまりに長ったらしいので、いつのまにか、ドイナカ、と縮めて呼ばれるようになり、それが定着してしまったそうだ。
村の主な産業は農業。というか、それしかない。
しかも、村の人が自給自足をするのが精一杯で、王都や他国へ売るほどの余力はなく、自然、贅沢な暮らしとは無縁だった。
そんなわけで、成長した若者は、仕事を求めて村を出て行ってしまう。そして、たいていそのまま帰らない。たまーに帰ってくる人がいるが、それは都会での暮らしに疲れて田舎暮らしを始めたいという中年夫婦だったり、仕事を引退してのんびり田舎で暮らしたいという老夫婦だったり、まあ、そういう人たちばかりだ。
「チサト、あんたは村を出ようとは思わないのかい?」
「えー、なーに、いきなり」
「あんたも来月には十六だよ。村を出るなら、ちゃんと考えないと」
「んー、今のところ、出る気はないなあ」
えっちらおっちら荷車を引いて、ようやくカーラの家に着いた。
荷車からわら束を下ろして小屋へ放り込み、これで頼まれた仕事は終了である。
「よし、終了! んじゃ、カーラ婆、私、行くね」
「ああ、ありがとね。夜にまたおいで。今日はシチュー作るよ」
「やったね!」
カーラのシチューは、村で一番と言われる絶品料理だ。昨日、ウサギ肉が手に入ったと言っていたから、ひょっとしてと期待していた。それもあって、今日はカーラのお手伝いを最優先にしたのだ。
「よーし、お腹すかせてこよ!」
チサトは、今夜はシチュー、と鼻歌を歌いながら、ウキウキした足取りで村の東へ向かった。