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「日本は、死刑制度を廃止した。」
何かしら、わからないが、大切なことを聞く準備を、整えている美樹に、神は、唐突に、別の話をしはじめた。
「死刑制度?え?何?」
「聞け。」
「そのことが、私に関係あるの?」
「もちろんだ。無駄な話をしている時間はない。」
「?」
「西欧の常識におされ、日本は、死刑制度を廃止した。人が、人を、どんな理由があるにしろ、殺すべきではないという人道的な理想が通り、かつて、死刑を宣告されていた凶悪な犯罪者は、終身刑と称し、一生を刑務所で養うことになった。そのことは…。」
「もちろん、知ってるわ。国民投票で決まった、大事な法律だもの。つい数年前の話よね。それが、何?」
「裁かれた死を恐れる必要のなくなった凶悪犯はいい。自由はないが、日に三度の食事の心配をする必要がなく、働く必要もなく、本も新聞も読める。人道的な理由で、エアコンも使える。病気になったら、医者にも見てもらえる。金の心配は、必要ない。」
「長い刑務所生活を維持させるために、日に何時間かの就労義務があると聞いたわ。」
「その通りだ。刑務所に入る前に、就労の契約は結ばれる。凶悪犯の長い一生に税金を使うという事に対する反感が強く、就労は、受刑者の義務になった。周知のことだ。」
「それが、何なの?」
「死刑廃止は理想だった。人が人を殺めていいわけはない。だが、それは、被害者にとって、は、どうだ?」
「被害者にとって?」
「今のお前なら、どう思う?当事者と当事者の家族の怒りや悲しみは、理想論で片付けられると思うか?」
「それは…。」
神の言う当事者とは美樹のことだろう。
自分は、たった今までその当時者であったのだから。
罪もない自分が死ぬ。
私は、何も悪いことをしていないのに、勝手な妄想と理屈で、ストーカーに、残酷に殺された。
あいつは、生きているんだろうか?
私を、自分勝手な理屈で殺したあいつは…。
そして、私の家族は?
被害者は、自分だけではないことを、美樹は気が付いた。
私が死んだあと、私の家族は、私の死体を見て、どう思っただろう。
悲しんで、苦しんで、それは、時間が解決するかもしれないけど、一生続く傷になる。
私の大事な家族も、何も、悪いことをしていない。
なのに、いきなり、あいつに、奪われた。
これからも、ずっと続くはずだった幸せと、平安を。
残された家族は…。
お父さんや、お母さんは…。
きっと、泣いているだろう。
父親と母親が泣き崩れている姿が、容易に想像できる。
それを思うと、たまらなくなる。
傷つけられたのは、自分だけじゃない。
大事にしていた家族に、一生続く、大きな傷を負わせたのだ。
「許せない…。」