5
「神?」
美樹の脳内が、更に慌ただしくなった。
が、すぐにショートする。
人は、想定外の言葉には、思考力を失ってしまうものらしい。
パニックを起こした美樹は言葉を失った。
かろうじて、質問してみる。
「神って、あの神様?」
「まあ、そうだ。」
「本当に、神様なの?」
神…様?
思考が追い付かなかった。
ぽかんしていたのだと思う。
真っ暗の世界で、自分の今の状態もわからない。
そのままで、時間がどのくらいたったのかもわからない。
どれくらい、呆けていたのか、全てがまったくわからなかったが、少しずつ、思考が追い付いてきた。
「神様なの?」
同じ質問を繰り返していることにも気づかなかった。
「そうなるだろう。」
何か、他人事のような、曖昧な返事に聞こえた。
なんだ?そのセリフ、そう思った時だった。
突然、ブチっと何かが切れた。
完璧では決してないが、理解と、それに伴う感情がこみ上げてきた。
「神様?神様なら…」
空っぽにしていた心の空洞に、感情が、押し寄せてきた。
「そこで、一体、何してたのよ?」
堰を切ったように、感情は止まらない。
「今まで、何をしていたの?どうして、そんなとこにいるの?私がどれだけ苦しんだと思っているのよ?ねえ、神様なら、神様なら、どうして、私をこんな目にあわせたの?」
こみ上げてきたものは、怒りだった。
あいつに捕まって、いいようにされて、体を傷つけられて、動けなくて、もう、逃げることもできないことを悟った時、美樹の心は、哀しみと諦めの気持ちだけに支配されていた。他の感情が、入る余裕も余地もなかった。
今、あの過酷すぎる状況から逃れた状態で、やっと、怒りのエネルギーが解放されたのだ。
あの恐怖と苦痛を。
地獄のような時間を。
一瞬でも思い出したくないあの酷い有様を、神様は、ただ見ていただけなのか?
何の罪もない私を、ただ、ただ見殺しにしていたのか?
「どうして、助けてくれなかったの?」
神は、美樹の感情を静かに受け止めた。
「向坂美樹は、怒っていい。美樹は、何も悪くない。」