3
暗い。
暗い。
真っ暗だ。
何も見えない。
あいつの姿も。
何もかも。
暗い、黒い世界に、いきなりほおりこまれた。
何?
何が起こってるの?
私はどうなったの?
いくら目をこらしても、いくら瞬いても、目の前の闇には何も映らない。
何もかもがわからない。
そんな世界にいて、何が起こっているのかわからないという不安だけは、認識できる。
けれども、さっきまで、耐えていた恐怖と痛みはここにはない。
ただ、耐えるだけのあの時間は、ここにはない。
傷つけられた身体の痛みも感じられない。
何がどうなってるの?
不安は消えないが、痛みがなくなったことで、ホッともしていた。
でも、次に、この世界が、また夢の中かもしれないという恐怖がよぎる。
ここは、現実逃避した、ただの夢で、目が覚めたら、また、あいつが目の前にいるのかもしれない。
気を失っては、気がついた。
何度も、何度も。
意識がとんで、気が付くと、激痛と恐怖が待っている。
あいつは、言った。
俺を傷つけたからだって。
こんなに愛してたのに、お前が裏切るからだって。
愛するって、そんなこと?
私は、あいつを愛してなんかいない。
愛したことすらない。
勝手に、愛してるって言ってきた。
それを、拒否したことが悪いの?
私が、あいつを愛さなかったことが、そんなに悪いことなの?
こんなに、ひどい目にあわされるほど、私は、悪いことをしたの?
一度だけ、一度だけ、一緒にコーヒーを飲んだ。
それが、いけなかった?
それが、あいつを勘違いさせた?
もっともっと冷たくした方が良かったの?
何で、一度も好きになったこともない人から、好きだったって勘違いされなきゃならないの?
私が悪かったの?
あいつのことを、理解できない。
私にとっては、ただの患者さんにすぎなかったのに。
優しくしなきゃいけないと、意識して関わった人にすぎないのに。
傷ついたといって、私を傷つける。
傷つけるつもりはなかったし、傷ついたことも知らなかった。
勝手に盛り上がって、勝手に解釈をして、勝手に傷つき、そして、勝手に私を傷つける。
言葉だけじゃない。
あちこちから血が噴き出ている。
私の苦しむ顔が見たいんだ。
私を、徹底的に苦しめるつもりなんだ。
怖い。もう、嫌。この暗闇が夢なら、覚めるのが怖い。覚めないでほしい。
そう思った時だった。
?
何か、音が聞こえたような気がした。
視界ゼロの状況では、耳に入る微かな音も大事な情報源だ。
どこから聞こえるのか、聞こえてくるのかわからない。
けれども、確かに、音が聞こえた。
音は、何かわからないが、それは、地獄にいる自分へ垂れ下がる、唯一の、光の糸のような気がした。
「誰かいるの?」
美樹は、声を出してみた。
「誰かいるなら教えて。ここはどこ?」
返事があるかどうかはわからなかった。
真っ暗な、これも、あまりに理不尽な世界の中に美樹はいるのだ。
けれども、しばらく、間があって、美樹は、確かにその声を聴いた。
「知りたいか?」