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「さあ、101回目の美樹の人生に行って来い。今までとは、一味、違うはずだ。思う存分、恐怖体験をしてこい。じゃあな。」
「まて!!待ってくれ!やめろ、助けてくれ!!やめてくれ!!」
高下が激しくわめきたてたが、神は、全く動じない。
低い機械音が鳴ったかと思うと、エレベータ―にのっているようなくらりとした感覚があって、高下の意識は途絶えた。
男は、高下衛が、夢の中に入っていくことを確認したあと、椅子に座って、大きな嘆息をした。
向坂美樹…
男は、美樹と、少しだけ接点を持っていた。
交通事故で、親友を亡くした時、病院で、泣いていた男に声をかけてくれたナースだった。
その時は、まだ、見習いだったのかもしれない。
一緒に泣いてくれた。
たったそれだけの接点だったが、男は覚えていた。
死体の顔を見た瞬間に、男は、はっきり、あの時のナースだと確信した。
けれども、それは口に出さなかった。
口に出せば、この国家プロジェクトには、参加できなかったろう。
顔見知り程度でも、このプロジェクトには参加できなかった。
それだけ厳しいルールを課されていた。
私情は一切禁物。
それでなければ、超プライベートな情報を扱うのに、支障をきたしかねない。
けれども、男は、どうしても、参加したかった。
自分が、人生で一番つらかった時に、一緒に泣いてくれた美樹に、地獄を与えた高下という男が、美樹以上の地獄をみることなく、長い一生を終えることに我慢できなかった。
最初に、美樹が見たであろう最期の状況が映像化された時、男は吐いた。
あまりの残虐さに、泣きながら吐いた。
高下に同じ苦しみを与える為に、男は、一生を捧げる決意をした。
どうしても、このプロジェクトを成功させなければならないと思った。
高下は、101回目の美樹の人生を経験する。
これから、こうなるとわかっていても、絶対に回避できない人生だ。
人生の全てが流れているわけではない。
美樹の人生の最期に至る流れだけがピックアップされて、夢に投影される。
そして、それは、何故か、少しずつ形を変えている。
友達のセリフだったり、美樹自身の思いだったり、物事の順番だったり…。
どの人生が正しいのか、何故、少しずつ変わっているのかはわからない。
人の記憶には、確実なものなどないのかもしれない。
思いが記憶として、定着することもあるのかもしれない。
選択の途中で、何度も交錯する気持ちのどこを切り取るかで、表現が変わってしまうのかもしれない。
そんな美樹の記憶の揺らぎが、ずっと夢の底で蓋をしていた高下の記憶と絡み、更なる変化を遂げることになるだろう。
しかし、この夢は、AIで管理されている。たとえ、夢の中で、違う言葉、違う行動を発したとしても、その小さなエピソードに対応して、必ず修正が加わる。
セリフや思考が変わっても、大きな流れに変化はないのだ。
この夢は、確実に、高下による美樹の残酷な殺人という終幕に向かうのだ。