12
高下衛だ、俺は。
神は、続けた。
「あと、数分で、お前は、向坂美樹の人生を、再度、経験する。」
血の気が引いた。
まさか?
さっきまで、味わっていたあの痛みと恐怖を、また経験する?
い…嫌だ。
「何度も夢を見させたが、美樹の人生を終えると、お前自身の記憶から、人工的にインプットした美樹の人生の記憶のほとんどが消えてしまう。それが、ネックだった。記憶に残らないただの夢で終わってしまっていた。」
嫌だ。嫌だ。
「今、美樹の夢に入る前の半覚醒状態で話ができたことには、意味がある。この瞬間を、想定していた。きっと、今後の夢は、今迄とは違ってくるだろう。」
神は、冷たい声で、更につづけた。
「美樹だけの夢に、お前の記憶が、混ざっていく。このやりとりがきっかけになってな。」
「え?」
「夢の主体が、美樹だけではなく、お前の意識も混ざっていく。」
「俺の意識が混ざると、どうなるんだ?」
「おそらく、お前の意識が、夢の中で浮上してくることもあるだろう。いずれくる最期の運命に対しても、予感を感じることができるだろう。記憶のフラッシュバックも起こって、予知もできるだろう。AIは、お前を向坂美樹だと認識させるため、そういうハプニングに対しても、整合性を持たせるはずだ。前世の記憶だと解釈させるかもしれない。超能力で、未来が見える体質だと思わせるかもしれない。時には、お前自身の意識を総動員して、運命に逆らおうとするかもしれない。純粋なプログラムが、今まで以上に揺らぐ可能性はある。しかし、所詮夢の中だ。
俺の作ったAIが、どんなことをしてでも、どんな理不尽なドラマを作ってでも、軌道を修正する。運命には逆らえない。絶対にだ。だから…。」
だから?
「俺は神なんだ。」
ああ…
「神とは…」
そういうことだったのか。
向坂美樹として生きる夢の中での人生のプログラムを、この神と称する男は作っているのだ。
「もしかしたら、美樹の夢の中で、お前自身が高下衛なのだということも意識できるかもしれない。今のこのやりとりを思い出したら、その夢は、もうお前にとっては、地獄でしかないがな。」
「そんな…。」
「俺の作ったプログラムの終焉は決まっている。お前のこれから始まる人生の目的は残忍に殺されることだからだ。お前は、そこから逃れられない。せいぜい足掻け。」
「いやだ。やめてくれ。」
美樹であった記憶は、今、まだ高下の頭の中に残っている。
あの恐怖を、まだ、鮮明に覚えている。
神が嘲笑った。
「お前がしたことだぞ。」
神の声は冷たかった。
「お前自身が、まるごと被害者の立場になり、お前の犯罪が、どんなものであるのかを身をもって体験するだけだ。いずれは、生きている人間の記憶からも再現できるようになるかもしれない。そうなれば、いじめの経験も可能になるかもな。いじめた者が、いじめられた者の身になり、そっくりそのまま体感する。素晴らしいじゃないか。加害者は、必ず、被害者の立場を夢で体感し、学習できるんだ。今のお前のように、嫌だという気持ちを実感させてやればいい。人間として生きる為だ。想像力のない犯罪者にとって、これがどれだけ大事なことがわかるか?」
「し…死刑を廃止したのは、人道的な理由からだったはずだ。こんなこと…人道的な見地からはずれてる。こんな非人道的な実験が、許されるわけがない!」
神が、また、笑った。
「さっき、お前自身が言ったろう。囚人には、就労義務が課せられている。お前も契約したはずだ。この契約のお陰で、お前は毎日、ご飯を食べさせてもらい、電気を使い、水を使い、生きていくことができるんだ。」
まだ、ほとんどの人間は、この実験のことは知らないのだ。
神と名乗るこいつは、まだ、この実験のルールも決まっていないと言った。
このマッドサイエンティストだけの一存で、この実験は、進められている。
「まあ、死刑に値する囚人に、一生、ただ飯を食わせるのかという意見を抑えるためにできたとは表向きで、最初から、この実験をするための就労契約だった。」
「就労?こんなことが就労?」
「他に、お前に、社会に役立つ為に何ができる?これから多くの病人や怪我人を癒すことのできた、優しい看護師の命を残酷に奪ったやつが?」
「お前に、俺の人生を決められてたまるか。」
「ほお、お前もその人生の創作には、大いに加担しているがな。」
「ぐっ」
言葉につまった。その反応に神が嗤った。