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「そうだ。被害者とその家族にとって、加害者が安穏と生き続けることを、許せるわけがない。加害者が受ける罰は、ただ拘束された生活のみで、一生続くトラウマを抱えた家族の悲しみに比べて、どうしても割にあわない。どうしてもだ。」
「…。」
神の言うことには、同意する。けれども、神が、何を言おうとしているのか、美樹には、まだわからなかった。
「そこで、死刑廃止の代わりに、生まれたのが、このプロジェクトだ。」
「プロジェクト?」
神は続けた。
「死刑を免れても、公平な罰を受けるべきだとする考えや、凶悪犯罪に対する抑止力としても、十分な説得力を持つだろう。まだ、公には、公表されていないが、それは、プロジェクトの内容が固まる前に、横やりが入るのを避けるためだ。まだ、未知の分野でもあるから、事は慎重に進んでいる。いずれ、公表することになるだろうが、それも、この実験が終わってからだ。この実験結果によって、更に協議され、検討されることになる。つまり、今の段階では、まだ、何もルールが決まっていない。」
「どういう意味?実験?」
何だか、すごく嫌な感じがした。
「俺の仕事は、死体のDNAから、その記憶をバーチャル世界に投影することだった。」
「え?」
それでなくても、嫌な感じがまとわりついているのに、神の話は、また飛んだ。
「もともとは、変死した死体の死の原因を探る為のプロジェクトだった。その記憶を、更に、他人の脳にインプットさせるよう、研究を進化させた。」
「え?え?」
神は、水が流れるように、すらすらと説明する。
美樹の心がざわつく。
「最初は、うまくいかなかったよ。断片的な記憶が、ランダムに表れる。一生の全てを網羅することもできない。しかし、その抽出できた記憶の断片を時系列に並べるように、AIに覚えさせた。つまり、ランダムな記憶から、多少の脱線はあるものの、人生の終わりに向かう時間の流れを、AIがコントロールし、誘導して、そこにたどり着かせる。いくつかの細かい違いや矛盾点が現れたとしても、最終的には、一番印象に残って、記憶の鮮明な人生の最期に向かうようプログラムが修正する。」
身体を認識していないのに、心臓の音が聞こえるような気がした。
体中の血が、逆流しているような気がする。
これは、聞いてはいけない内容ではないのか?
聞くべきではない。
何かが、警鐘を鳴らす。
聞きたくない
自分の中の何かが、強烈な拒否反応を示していた。
「何度も、プログラムを作り直して、ようやくここまできた。向坂美樹の人生の、最期につながる記憶に、ストーリー性を持たせて、矛盾をできるだけ回避させ、バーチャル世界、つまり、第三者の脳に投影すること、つまり、夢を見させることに成功したんだ。時間は、たっぷりあったさ。本来、死刑となるべき男は、ずっと生き続けているんだから。」