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バーベキュー


「無事ですか!?」


 すぐに乃々が駆け寄ってきてくれた。

 その表情は先ほどまでとは別人のような暖かさがあった。

 僕のことを、すこしくらいは認めてくれたのかな。


「うん、大丈夫だよ。それにしても、すごいね。これ」


 天を貫くように生えた鎖の槍。

 それを見上げて、魔術というものに感嘆する。

 なにもない所から、こんなことができるんだ。

 それはとても素晴らしく、そして危険な術。

 でも、だからこそ、妖魔という存在に対抗できる。

 僕のこれからの日常は、これが普通になってしまう。

 そのことが、不思議で堪らなかった。


「……この程度のことは、練習すれば誰でも出来ますから」


 そう言って、乃々は鎖の槍をかき消した。

 その際、支えとなっていたものが消え、残った胴体が地に落ちる。

 すごく重そうな音がして、夥しい量の血が流れていく。


「そう言えば、血抜きって言うのが必要なんだっけ」


 その光景を見て思い浮かべるのが血抜きというのも、なんだけれど。


「ちょうどいいかも」

「ちょうどいいって、まさかこれを?」

「そう。血も抜けてるし、都合がいい」


 妖魔の死体に近づいて、腹のあたりの肉を尾で引きちぎる。

 重さにして十キログラムほどの肉の塊が採取できた。


「これだけあれば足りるはず」

「……絶対、食べきれないと思いますけど」

「その時は塵になるから大丈夫。さぁ、帰ろう」


 尾に肉を持たせて帰路につく。

 倉庫街を抜けて支部まで戻ると、なぜか支部長が玄関口に立っていた。


「支部長、こんなところでなにを?」


 そう乃々が尋ねると、支部長はにやりとする。


「ちょっとね。バーベキューでもしようと思って」

「バーベキュー?」


 そう首を傾げていると、不意に人の気配がした。

 そちらに目を向けてみると、小柄な少女が視界に映る。


「支部長。見つかりました」


 彼女はその体格に見合わず、大きな段ボール箱を二つ手に持っていた。

 パッケージを見るに片方は炭で、もう片方がバーベキューセット。

 それを軽々と持ち上げているのを見るに、彼女もただ者ではなさそうだった。


「おっ、見つかったか。やっぱりな、こんなに広いんだ。どこかにあると思ったんだよ」

「……支部長。あれはもしかしてこの倉庫街に保管されていた物なのでは?」


 支部長の口ぶりだと、僕にもそう聞こえた。

 小柄な彼女の見つかりましたという言葉も、それに拍車を掛けている。


「そうだよ? いいじゃないの。誰も使ってないんだし。倉庫の奥で錆び付くよりは、使ったほうが道具も喜ぶと思うよ?」


 悪びれることもせず、支部長はそう言ってのける。


「ですが……」

「相変わらず真面目だなぁ。双海くんは」

「私は別に、真面目なわけでは」

「わかった。じゃあ、事後報告になるけど、上にはちゃんと許可をとっておくよ」

「それなら……まぁ」


 乃々も渋々と言った様子で、首を縦に振った。

 その様子を眺めていると、近くで荷物を下ろす音がする。

 見れば大きな段ボール箱が二つ、地面に置かれていた。

 その近くには、小柄な少女もいる。

 近くでみた彼女は、やはり小さく映った。

 ちょうど僕の胸に空いた風穴に、顔がすっぽりと納まるくらいだろうか。

 すこし、嫌な表現の仕方になってしまったけれど。


「それが支部長の言っていたお肉ですか?」


 尾の上に乗せた妖魔の肉を指さして、彼女は問う。


「えーっと。たぶん、そうだと思う」


 支部長は僕が妖魔の肉を持って帰ることを予想していたのだろう。

 まぁ、普通に考えてみれば、予想がつきそうなものか。

 妖魔と化したとはいえ、僕の思考と嗜好は人間のころと何ら変わらないのだから。


「では、お預かりします。私が調理しますので」


 小柄な少女は、そう言って手を差し出した。


「キミが?」

「はい。私は、そのためにスカウトされたようなものなので」


 スカウト、ということは彼女も魔術師なのか。

 ただの体格に見合わない力持ち、ということではないらしい。

 支部長が気を利かせてくれたのだろうか。

 どちらにせよ、彼女に任せておけば、美味しく調理してくれるらしい。

 でも、それだとすこし、納得がいかない。


「それ、僕も手伝っていいかな?」

「手伝う? なぜでしょうか」

「僕が奪った命だから、最後まで始末をつけたいんだ」


 自らの手で殺し、自らの手で喰らう。

 最初にそう決めたから。


「そうですか。では、お手伝いをお願いします」

「うん。とりあえず、台所まで運べばいいかな?」

「はい。行きましょう」


 その小さな背中について行き、支部の中に入る。

 台所まで直行すると、肉を置いて切り分けに掛かった。


「妖魔の肉……って、美味しいの?」

「実際に食べたことはありませんが、牛と豚の中間のような味がするといいます」

「へー」


 牛と豚の中間か。

 どんな感じだろう。

 実際に食べてみないことには、明確には想像できないかな。


「あと、時間が経つごとに味がすこしずつ変わるとも」

「本当? それはいいね。飽きが来なくて」


 飽きがこないことはいいことだ。

 満腹以外で食事を止めてしまう理由の一つが、飽き。

 それが無くなるなら、沢山食べなくてはいけない僕もすこし楽になる。


「そう言えば、名前を聞いていなかったよね? 僕は冴島通って言うんだけど」

涼宮千枝すずみやちえといいます。この支部のキッチンリーダーを務めます」

「キッチンリーダー?」


 聞いたことのない肩書きだ。


「はい。支部長が言うには、この支部では毎日のように妖魔のお肉を捌くといいます。ですから、料理が得意な私に厨房のすべてを一任すると」

「それでキッチンリーダーか」


 けれど、それって体よく面倒ごとを丸投げされただけなのでは?


「キッチンリーダー千枝とお呼びください」


 でも、本人は気に入っているようだし、野暮なことを言うのは止めておこう。


「――よしっと。これで全部かな?」

「はい。あとは串に刺すだけです」

「串……か」

「どうかしましたか?」

「いや、ちょっと思い出しちゃって」


 そんなことを漏らしつつ、肉と野菜を交互に刺していく。

 思い出すのは、蜷局を巻いた鎖や、鎖の槍に貫かれた妖魔たち。

 串刺しとはよく言ったもので、串を刺している間はすこし食欲が失せてしまった。


「完成です。さっそく持っていきましょう」

「そうだね。そろそろ向こうも準備が出来ている頃だろうし、行こうか」


 完成した串やその他もろもろを持って、支部の外にでる。

 扉を開けるとすぐに組み上げられたバーベキューセットが見えた。

 炭がよく焼けていて、網もほどよく暖まっている。

 次いで見えたのは、その炭の炎を肴にして悠々自適に缶ビールを飲む支部長だった。


「おー、来た来た。待ちくたびれたぜー」


 すでに出来上がっているのか、口調がやや可笑しい。

 近くにいる乃々が、かるく頭を抱えている。

 止めたんだろうな。でも、支部長は聞かなかった。


「じゃあ、始めよう」


 計十キログラムほどある肉を贅沢に使った串焼きだ。

 付き合わせも沢山あるし、ステーキにしたものや、サイコロ状にしたものもある。

 端から並べていっても、並べきれない量だ。

 肉の種類が一つしかないのが玉に瑕だけれど、出来映えは上々だった。


「いただきます」


 充分に焼けた串焼きに口をつける。

 口の中に含み、噛み締めると、なぜだか自然と笑みがこぼれた。

 とても美味しいから、だけではない。

 味がする。食感がする。腹がふくれる。

 またこうして物を食べることが出来て、僕は嬉しいんだ。

 食べるということは、生きていることの証だから。


「はー……」


 串だけになったそれを片手に、空を見上げる。

 星空は生憎とまばらだけれど、それがどこか綺麗に見えた。

 なんでもないようなことが、いまはとても掛け替えのないもののように思う。

 こんな風に感じるのは普通ではないけれど、いずれこれも普通になっていくのだろう。

 だから、この感覚は得がたい体験として、大事に閉まっておくことにしよう。


「ねぇ、冴島くん。今日はどうだった? 今後もやっていけそう?」

「そうですね……」


 今日一日を振り返ってみる。

 身体と尾の使い方を憶えた。

 はじめて妖魔を自分の意思で討滅した。

 牛頭の妖魔と対峙した。

 なんとか乃々と協力できた。

 そして、こうしてバーベキューをしている。


「やっていけそうだと思います。頼れる先輩もいることですし。ねぇ、乃々」


 そう言いながら、乃々ほうに視線を送る。

 急に話を振ったからか、乃々はすこしむせてから態とらしい咳をした。


「双海くんのほうはどうなの?」

「そうですね。はじめはどうなることかと思いましたけれど」


 ちらりと視線が僕に向く。


「まぁ、すこしは認めてあげてもいいです。通くんのこと」


 乃々はとても嬉しいことを言ってくれて、だけれどすぐに視線を逸らしてしまった。

 すこしでも認めてくれたのは嬉しいけれど。

 そういうのは、最後まで目を見て言ってほしいな。

 まぁ、そこまでは、まだ僕はたどり着けていないのだろう。

 これからすこしずつ歩み寄ることで、近づけていければいいな。


「さぁ、お肉はまだまだ沢山あります。みなさん、沢山食べましょう」

「おー!」


 バーベキューはまだまだ続く。

 食べても食べても減らない肉と格闘しながら、夜は更けていく。

 胸に空いた穴はまだまだ塞がらないけれど、僕はまだ生きている。

 いつかこの風穴を塞ぐときが来るまで、みんなと頑張ろう。

 僕の普通ではなくなった日々は、まだ始まったばかりだ。

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