表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

前髪ぱっつん


 新品の衣服に袖を通し、胸の穴を覆い隠す。

 衣服で人間であると偽装する。

 白を基調とした、あの彼女と同系統の制服。

 魔術師の正当な装い。

 死亡して妖魔として生き返った僕が、その天敵である魔術師を装うなんて。

 すこし、可笑しな感じがした。


「――入るぞー」


 何度かノック音がして、更衣室の扉が開かれる。

 入ってきたのは、先ほどの中年男性だった。


「ほー、なかなか様になってるじゃないの。ちゃんと人間に見えるぜ」

「それはどうも」

「まぁ……」


 煙草を吹かし、立ち上る白い煙とともに彼の視線が上を向く。

 正確には、僕の頭の天辺に。


「その萌えキャラみたいな獣耳と尻尾がなけりゃの話だけどな」


 獣の耳と尻尾。

 妖魔となった僕に生えた、妖魔たる証。

 転生狐という名前からして、この耳と尻尾は狐のものなのだろう。

 随分と黒いけれど。

 黒い狐って、自然界に存在するんだっけ? しないんだっけ?

 まぁ、妖魔なんて化け物に自然淘汰の最先端が当てはまるかどうかなんて、僕にはわからないけれど。


「着替えが済んだならついてきな」

「あの、もとの服はどうしたら?」


 背中と胸の部分に穴が空き、血みどろになった衣服。

 流石にこれを着て、外には出られない。

 すれ違う人たちがみんな、警察か救急車を呼ぶことだろう。


「んー? あぁ、その辺にあるゴミ箱に突っ込んどいて。あとで勝手に処分されっから」

「勝手に……わかりました」


 清掃員の人がいるのか?

 それとも魔術的な処理がなされるのだろうか。

 ことの真相はどうあれ、僕は言われた通りに行動する。

 赤褐色に色づいた衣類を、ゴミ箱に突っ込んだ。


「あ、そうだ。いまのうちにキミの身体のことを軽く話しておこう」


 こつこつと足音を鳴らしながら、彼は思い出したように言う。


「身体のこと、ですか?」

「そう。キミは転生狐の転生体だ。一度、死んだら来世で目覚めることになる。けど、今のキミはそうじゃないよね? 未だ今世に止まりつづけているんだから」


 たしかに、その通り。

 僕はまだこの世に止まり続けている。

 これじゃあ転生というよりかは、蘇りに近い。

 まぁ、人間としては死んでいるんだけれど。


「……つまり、転生できていないってことですか?」

「そうだよ。転生は不完全に終わり、結果として人間だったはずのキミは妖魔と化した。転生狐ってのはね。一度、人として産まれたら死ぬまで人なんだ。そして、来世でまた人か、妖魔になる」

「途中でそのどちらかに変わることはない」

「よっぽどのことがない限りはね。そして、そのよっぽどのことが起こった」


 転生に失敗した。

 人から妖魔に転じた。

 これもある意味では転生に近いのかも知れないけれど。

 正当な転生狐としての転生ではない。


「恐らく、転生のための妖気が足りなかったんだろうね」

「妖気、ですか?」

「あー……ガソリンみたいなものだよ」


 ガソリン。

 燃料か。


「転生狐が最後に確認されたのは約百年ほど前のことだ。俺たち魔術師が必死こいて討滅したとある。つまり、転生狐は深手を負っていた訳だ。転生した先でも癒えないほどの傷をね」

「……人間になって、その傷を癒やしていた。けど、僕が死んだから」

「キミの様子をみるに。傷のほうはすでに癒えていたんだろう。でも、キミはまだ年若い。転生のために必要な妖力が足りないまま転生せざるを得なった。そして、今にいたるってこと」


 恐らく、僕は二代目か三代目の人間の転生体なんだろう。

 そうして少しずつ、魔術師に悟られることなく、傷を癒やしてきた。

 この平和な日本だ。

 余程の不幸でもない限り、天寿を全うできる確率は高い。

 生憎と、僕の代で低い確率のほうを引いてしまった訳だけれど。


「……一つ、いいですか?」

「いいよ。でも、一つだけね。もうつきそうだから」


 見れば、廊下の先に扉が見えた。

 恐らく、あそこが目的地。

 だから、手早く質問を投げた。


「どうして僕を討滅しないんですか?」


 僕はすでに人間ではなく、妖魔である。

 すでに人の世の法律の適用外。

 どんな非人道的な扱いをしても、誰も文句はいわない。

 それこそ殺してしまって問題はないはずだ。

 なのに、彼らはこの妖魔の僕に、道を示してくれている。

 その理由は、知っておきたい。


「そいつは」


 彼はドアノブに手をかける。


「猫の手――いや、狐の手も借りたいほど、切羽詰まってるからだよ」


 がちゃりと、扉は開かれた。

 その先には大小様々なコンテナが乱雑に配置された空間が広がっている。

 派手な色のコンテナに圧倒されがちだが、よく見てみればイスやテーブルがある。

 ソファーにキッチン。作業机に、こたつ、テレビまであった。


「ここは、いったい」


 やけに生活感があるけれど。

 それでも非日常的だ。


「魔術師が属する魔術組合っていう組織の支部さ。まぁ、うちは出来たばっかりで予算がなくてね。適当な倉庫を繋げたり改造したりして代用してるんだ」

「なるほど……」


 僕が目覚めた場所も、あの更衣室も、もとは倉庫だったものか。

 魔術師が属する魔術組合。

 その支部がここで、ならば彼は支部長ということか。


「所属の魔術師も、今のところは一人だけでさ」

「さっきの……」


 前髪ぱっつんの。


「そう。折角だ、自己紹介してもらおっか」


 支部長が視線を送る先には、件の彼女がいた。


「双海乃々《ふたみのの》です」

「冴島通。これからよろしく」


 そう言って、僕は彼女に手を差し出した。

 それを見て、乃々はほんの僅かな間を置いて、ゆっくりと握ってくれた。

 僕たちは握手を交わす。

 そのとき、彼女の手には、妙に力が入っていた。

 それがすこし不思議で、けれどそれは追究するまでもないこと。

 解かれた握手とともに、その小さな疑問は離れていった。


「早速だけど。二人には一仕事してもらおうと思う」


 自己紹介も済んだところで、支部長はそう僕たちに告げた。


「あまり悠長にもしていられないからね。冴島くんの身体はすでに限界が近い。まる一日、持つかどうかってところだろう。すぐに妖魔を狩って、その肉を食べないとね」


 妖魔を喰らい、妖気を回復させる。

 そうしなければ、僕の肉体は維持できずに死にいたる。

 二度目になる死は、きっと本当だ。

 なんとしてでも、回避しないと。


「仕事の詳細はすでに双海くんにしてある。冴島くんは、彼女に従うように」

「はい。初仕事、頑張ります」

「よし。じゃあ、二人とも。行ってらっしゃい」


 支部長に見送られ、僕たちは支部をあとにする。

 この身体になって、改めて訪れた食事の機会。

 自らの手で殺し、自らの手で食うということ。

 その実践をはじめよう。生きるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ