8.妹のために
「渚沙!!」
大きな鳥から、長身の人が、そう叫びながら下りてくる。
音も立てずに地面に降り立ったその人を見て、渚沙が名前を呼んだ。
「小松!? なぜここに?」
しかし、小松がリィを見ているので、紹介した。
「彼はリィ。おれたちと共に、打倒皇帝の旅をしている」
「どーモ!」
リィが片手をあげて挨拶する。
「ん? 少々なまりがあるように思うが……」
「ア~。やっぱり気になル? そこは勘弁して欲しいナァ。シンの国の出だかラ」
前髪のない方の頭をかき、いつもの笑顔で返すリィ。全然気にしていない。
「なるほど。いや、気になったわけではないんだ。ただ、この前、中央で会ったときに、渚沙が清の服を着ていたから。知り合いに清の国の者がいるんだろう、と思って」
今の渚沙は、いつも通りの藍色の着物だ。小松は、渚沙が着物以外を着ているところを見たことがないと言う。それを聞いた渚沙が、「着物以外着ていなかったからな」とぼそりと呟いた。
「そうそウ。あの服を着せるだけでも、結構大変だったんだヨ。ズボンがいやだとか、帯がないと困るとか言っテ」
「そうだよ。髪の毛だっていつも通りでさ」
リィの発言に、追い打ちをかける咲耶。話に入れなかったのもあって、容赦ない。
「じゃあ、リィとおんなじのを着る? って聞いたら、それもやだ、って言うんだもん」
「その辺にしておいた方がいいんじゃなイ? 渚沙、真っ赤になっちゃうヨ」
リィが止めた時には、すでに真っ赤だった。
「あ、ごめん」
咲耶が素直に謝ると、渚沙は「別に怒ってない」と言って、咲耶の頭を撫でる。
「あの2人は、いつもああなのか?」
小松が、微笑ましそうに、少し引きながら聞いてくる。リィは、力なくうなずいた。
――ほんと、あの親子ハ! 端から見ているだけで恥ずかしくなるようなことを、平然とやってのけるんだかラ!! 見ている方の気持ちにもなレッ! 咲耶を止めなければよかっタ!
「何というか……。あれでは、まるで本当の親子だな」
「そうなんだヨ。まったく、やってられないよネ。……まあ、今や、2人とも家族のない身だから、仕方ないと言えば仕方ないんだけド……」
小松のつぶやきに対し、すぐに反応してくるリィ。
――あの2人とリィしかいなくて、かなり苦労したんだろうな……。
そんな同情の念がうかんでしまうぐらい、疲れた目であの“親子もどき”を見ている。そして、笑った顔が一瞬消えた。聞こえるか、聞こえないか。それくらいの小さい声で、呟いていた。
「ホント……。誓約のために家族をなくした者もいるっていうの二……」
しかし、瞬きの間にリィの表情は元に戻り、その言葉も、空耳であったように思えてくる。そんなものだろう、一瞬、かすかに聞こえただけなのだから。
表情を戻した――元々変わってなどいなかったかもしれないが――リィが、明るい口調で言う。
「ところデ。小松サンは、なんでここに来たのかナ?」
その言葉に、親子もどき2人組が、さっ、とこっちを見た。
――ものすごくタイミングの合った動きだ。前世では本当の兄弟か親子だったりして。……そんなことはないのだろうけど。
小松は、自分で自分の考えを否定してから、きっ、と前を見据える。
「少し長くなるが、聞いてくれないか」
佐保は、登城してから、2・3度、舞を舞わされたらしい。それと、知らないところでの不慣れな生活、元々治るどころか進行していた病――いろいろな事が重なった上で、生誕祭で舞を舞った。その舞の途中、佐保が倒れたのだ。
病のことを訴えずに、「お姉様のため」と懸命にこらえた佐保。病を抱えていることを、佐保の侍女が皇帝に報告した。すると、皇帝は言ったという。
「1度舞を舞うくらいならできるであろう?」
生誕祭当日、朝から体調の優れなかった佐保は、懸命に、舞を舞い続けた。10歳という幼さで、重い病を抱えたまま、公衆の面前で、優雅に舞った。
そこで、倒れた。舞の終盤、佐保は、血を吐きながら、がっくりと崩れ落ち、――死んだ。
そして――。
皇帝は、佐保の亡骸を、どこかに持って行かせたまま、小松が訴えても返してくれない。
何度も訴える小松に、さも面倒くさそうに言い放った。
「あの死体なら、処分した」
「これが、私の見たものと、佐保の侍女から聞いた話だ」
渚沙たちは、声も出ないようだ。重い雰囲気の中、一番に声を発したのは、咲耶だった。
「そんなのって……、そんなのって! そんなの、ないよ!!」
まるで自分のことのように、苦しそうに、声を絞り出していた。
「そんなのって……。そんなのって……」
嗚咽を漏らす咲耶の頭を、そっと渚沙が撫でる。
「……小松。それは……」
渚沙は途中で言葉を濁し、
「……」
リィは、口を開きかけて慌てて閉じた。
小松は、息を深く吸い込むと、渚沙の瞳をまっすぐ見た。
「だから、私も、共に連れて行ってくれ」
渚沙は、一度、目を伏せた。そして、何かを思いついたようにしてリィを見る。リィも、笑っているような、困ったような顔で渚沙を見返した。
「ごめんネ。星が誰なのかまでは分からないんだヨ。でも、一緒でもいいと思ウ。人数は多い方がいいかラ」
渚沙は、次に、咲耶を見る。
「一緒に行く。いいでしょ!? ねぇ!」
前に一度咲耶にだまされている渚沙は、リィを見る。リィは、視線を足下に下ろし、呟いた。
「……時は、災厄の子供に導かれン。……行き先は、子供が示ス。星は子供の元へと集い、子供は自らの力へと星を導ク……」
そして、顔を上げて、言う。
「咲耶がそう言うなら、いいだろウ。予言では、だけどネ」
「よし。予言でよければ、あとは成り行きだ。よろしく、小松」
渚沙の言葉に、小松がうなずく。
これで、4人の旅となった。
リィは、それを見ながら、誰にも聞こえぬよう、呟く。
「……王に背く汝ら5人は、闇星なリ。……星は、あと2人」
その目は、うっすらと開けられていた。
きゅ、と、布にくるまれた棒を握る手に、力を入れる。
「姉さン。玉依……」
その声は、今度こそ誰にも聞こえなかった。
旅の仲間は4人、5人であるはずの星は、残り2人。 あと、「姉さん」と並んで出てきた「玉依」とは!?
書いてて自分でこんがらがりそう。
~おしらせ~
0.世界の様子 に、白星の見た「時の予言」をのせておきます。