7.リィと咲耶
7/31 本文を大幅に変更しました。表現のみです。
――夜中。
わずかな物音に渚沙が飛び起きると、そこには、リィも、咲耶もいなかった。リィの寝ていた木の枝には誰もいない。ただ、長い布が風に揺れていた。渚沙の隣で寝っ転がっていた咲耶も、足跡をつけずに姿を消した。
目を閉じ、精神を耳に集中させる。
わずかに音がする方向に向かって走ると、そこには、リィと咲耶がいた。
――やはり、信用するのではなかった!
後悔する。だが、咲耶が自分の意思で立ち、リィと距離をとったのを見て、息を潜め、しばらく、事の成り行きを見てみることにした。……もちろん、すぐに飛び出せるよう、刀に手をかけたまま。
そして、あることに気づく。
――リィの持っている金の細い棒を、前に、白星が持っていた。
驚きで目を見張る渚沙。きっと、昼間から抱えていた布に巻かれた棒は、あれなのだろう。
しかし、もう25歳くらいで、背も高い方だった白星と比べ、渚沙と同い年(18歳)のリィが持つと、その棒は、異様に長く見える。そんなことを考えている内に、リィに動きがあった。
リィは、すっと咲耶の目の前に片膝をついてしゃがみ、頭を深く垂れた。
「なかなか取りに戻れず、お渡しするのが遅くなりましタ」
一呼吸おいて、リィが呼んだ。普段ののんびりとした話し方ではなく、普段よりも低い声だった。
「咲耶様」
跪いたリィを見る咲耶の目は、深紅に染まっていた。
「よい、月弓。顔を上げよ」
顔を上げるリィ。その目は、細くはあるが、瞳が見える程度に開いていた。その瞳もまた、深紅だった。
目の前で起こっていることがさっぱり理解できず、声も出ない渚沙。
――咲耶も、リィも、魔族。それと、咲耶は、少なくともリィよりは位の高い者。月弓というのは……? ダメだ、分からないことが多すぎる。
「白星が、政様の命により、咲耶様の魔力を魔石に確保しましタ。ですが、ほんのわずかでス。お力が及ばず、申し訳ありませン」
「よい。よくやってくれた。しかたあるまい。月弓とて、まだ幼かったのだから」
「お心遣い、感謝いたしまス」
――なぜ、ここで、白星と政様が出てくる!? 確かに咲耶は政様の娘で、白星は政様に仕えていた時見だが、リィとのつながりがいまいち分からない。なぜ、リィが、白星が確保したという魔石を持っている!? なぜそこで、リィが関わってくるんだ?
リィが、咲耶に赤い石――“魔石”を渡す。
魔石は、咲耶の手の上でドロドロに溶ける。手を一握りし、開くと、すでに赤い液体はなくなっていた。
それを見て、満足そうにうなずく咲耶。そして、かくんと倒れ込む。渚沙が駆け寄るまもなく、咲耶はリィに抱き留められた。
駆け寄った渚沙は、咲耶が無事なのを確認し、リィをにらむ。リィは、渚沙の視線に気づくと、何事もなかったかのように、糸のように細い目で、人なつっこい笑みを浮かべる。いつもの、のんびりとした声を出す。瞳は、見えない。
「見られちゃったカ」
渚沙は、リィをにらむようにして、身構えた。自然と、左腰の剣に手を当てる。
「大丈夫。何もしていなイ。咲耶様は、ご自分の魔力を、ほんの少し取り戻しただけダ」
リィの声は、再び、低く静かになる。眉を寄せ、いつもののんびりさは感じられない――さっき、赤い目の咲耶と話をしていたときの雰囲気だ。
「……どういうことだ」
「咲耶様は、今、魔力のほとんどを封印されてしまっタ。それ故に、本来は出てこないはずの“咲耶”が出てきていル。俺は、その魔力を、ほんの少しお返ししただけだヨ」
「その杖は、白星が持っていた」
「違ウ。これは、俺のモノダ」
いろいろ納得できない渚沙は、もう1つだけ、と言って質問する。
「リィは、魔族なのか」
リィの返事はなかった。
「咲耶が起きる前に、元の場所に戻しておかなければならないネ」
そう言って話題をそらしたリィに対する疑問や疑いは、増していく。
渚沙は、そんなことを考えながら、眠れない夜を過ごした。
「どうせ、起きているんだろウ?」
唐突に、リィから声が掛かる。木の上から振ってくる言葉に、耳を澄ます。
「これからの旅を続けるにあたって、疑われてちゃ、やりにくいからネ」
「なら、答えろ。その杖は本当におまえの物なのか?」
しばらくの沈黙のあと、答えが来る。さっき声をかけてきた、いつもの声のまま。しかし口調だけは、赤い目の咲耶と話をしていたときのように、鋭い。
「そうダ。白星の杖は、この輪が、左右4こずつなんダ」
「その杖は、何だ?」
「それは、今は言いたくないし、まだ関係なイ」
「答えろ」
渚沙の鋭い言葉に、再びしばしの沈黙。
「時見の持つ杖」
「時見?」
黙るリィ。それでは、と、渚沙は次の質問をする。
「月弓とは?」
渚沙の問いに、木の枝の上であぐらをかいていたリィは、少し黙る。
「名前だヨ」
そういうことが聞きたいんじゃない、と、渚沙は声をとがらせたが、そうとしか言い様がない。
「誰の?」
再び、沈黙。風が木の葉を揺らした。
リィは細く目を開けると、赤いその瞳で空を眺める。
「俺の名ダ。でも、今の俺はリィだ。だから、俺じゃなイ」
「意味が分からない」
――月弓は、咲耶の魔力と共に封印しタ。使わないと誓った名ダ。今の俺は“リィ”だし、月弓を名乗るときは、全ての決着がつく時だかラ。
だから――
「いずれ分かル」
渚沙からの返答はなかった。
――さっぱり意味が分からない。
謎は深まるばかり。分からないことだらけの中、知っているモノが、合計枚数や全体像の分からないパズルの、ピース一つひとつのように、現れては、新たな穴を増やしていく。
そして、そのピース一つひとつの場所に悩む時間もなく、物事は進んでいく。
そう思って、ため息をついたとき、咲耶が目を覚ました。
――これ以上は無理だ。咲耶に悟られてはならない。少なくとも、この咲耶には。
そう思った渚沙は、とりあえず、咲耶の頭を撫でた。
「おはよう、咲耶」
「おはよー。渚沙、リィ」
呼び方が元に戻っていることを確認して、少し安心する。
疑いが完全に晴れたわけではないし、謎はむしろ深まった。
――でも、咲耶が大丈夫なら、それでいい。
そう思い、いつも通りの挨拶を、木から下りてきたリィと交わす。
「おはよう、リィ」
「渚沙、咲耶、おはヨー」
そんなとき、突如、空から人が降りてきたのだった。
リィの謎は深まるばかり。でも、咲耶が無事ならそれでいい。そう思えちゃう渚沙は、重度のシスコン(この場合はなんと言えばいいのだろう?)かと。
それはさておき、シータみたいな人は、誰でしょうか。