6.鳴海の生誕祭
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いつも通りのリィと咲耶、そしていつもと違う渚沙は、中央と呼ばれる、“明の国”に来ていた。
「本当に気づかれないか?」
「何言ってるんだヨ。何も対策をせずに来ようとしていたの二。敵陣に来て、怖じ気づいたのカ?」
「大丈夫だよ、なぎさ。今までとは随分違うから」
渚沙の問いに、リィ、咲耶が答える。しかし、渚沙は納得がいかない様子。
「……」
「もしかして、恥ずかしイ?」
リィがニヤニヤしながら聞く。完全に面白がっている。
「違う! なんだか、落ち着かないんだ。着物とはあまりに違って……」
それもそのはず、渚沙は、リィによって、別人のように仕立て上げられているのだから。
清の国で手に入れたのが、清の国で発達している格闘技の服。黒地に、襟元から留め具の部分にかけて、暗めの赤色に染められている。そして、「帯がないと落ち着かない」という渚沙の要求により、赤い太めの布で、服の上から縛ってある。余った布は、刀のある左側にまとめた。
「シンでの体術を使う者が着用する服ダ。動きやすさは保証するヨ」
「でも、それで刀って、変じゃない?」
咲耶の問いに、リィは、人差し指を立て、ニヤッ、と笑った。
「それが、平気なんだナ~。今では、普段着としても普及しているのダ!」
「ねえ、咲耶もそれにした方がよかったかな?」
咲耶が、自分の着物を見る。山吹色の着物だ。
「大丈夫だヨ。どうせ、渚沙だってすぐに着替えるかラ。あんまり気に入ってないみたいだしネ。……でも、中央にいるあいだくらいは我慢してくれないト」
後半、渚沙を見る。渚沙は、渋々うなずいた。肩までつかない程に短く切りそろえられたボブの髪が、サラリと揺れた。本当は、帽子をかぶるか、髪飾りでまとめろ、とリィに言われていた。しかし、「それだけは勘弁してくれ」と必死で断ったために、髪には一切変化はない。
――その日は、鳴海の生誕祭だった。
「外から、少し見るだけでいいんだ」
咲耶は、そう言って、人混みに向かおうと、渚沙の服の袖を引っ張った。
しかし、渚沙は、ふと何かを見つけて立ち止まる。
「小松?」
声をかけられた小松は、振り返って、一瞬顔をしかめ、すぐに表情を明るくする。
「渚沙か!?」
長く白い髪を持つその女性は、シンプルなドレスを身に纏い、髪の毛を頭の上で大雑把に結い上げている。それでもなお、髪の毛は肩までの長さがあった。
「きれいな人だね」
咲耶が言うと、小松は、びっくりしたように咲耶を見て、渚沙に、とても言いにくそうに話しかける。
「あの……、各家庭にもいろいろな事情があると思うし、追求する気もないのだが……。その、渚沙が結婚したという話は聞いていないが……。その子は……」
どうやら、小松は、咲耶が渚沙の子であると勘違いしているらしい。渚沙が顔を赤らめる。反論したのは咲耶だ。
「違うよ!」
「しかし……兄弟がいたという話も聞いていないぞ?」
今度は渚沙が説明する。
「咲耶は、拾ったのだ。血のつながりはない」
「そうか……。それはそうと、大変だったようだな、集落は」
「ああ……。皆には、申し訳ないことをしてしまった」
小松は、渚沙の表情が暗く沈んだのを見て、慌てて話題を切り替える。
「本当に、敵を討つつもりか? この前、文が届いたときは、かなりびっくりしたのだ」
「ああ。そのつもりだ」
こんな調子で話を続けている2人を見て、つまらなくなった咲耶は、あることに気がつく。
「あれ……? リィは?」
「いけない。もうすぐ、舞が始まってしまう。今年の舞姫は、佐保なのだ」
「それは、今年の舞が楽しみだな。残念ながら、追われる身である俺たちは、近くで見ることなどできないが……」
「しかたあるまい。ご武運を、渚沙」
「ありがとう」
渚沙と小松が別れたことによって、渚沙と話ができるようになった咲耶は、今さっき気がついたことを、渚沙に報告する。
「リィがいない」
「なに!? あれほど気をつけろと言っていた本人が……」
そう言って、顔を伏せる。
この前の、リィの家での咲耶の目を思い出す。ある一点を見つめ、急に、赤い“魔族の目”になったんだった。つかみ所のない性格。予言も知っていたし、なにより、あの余裕のある態度。何か隠していて、その上で渚沙たちを動かしている――そうである可能性は、皆無ではない。
――怪しい。信用していないわけではないけど、怪しい。
「なぎさ?」
ハッ、と我にかえる渚沙。相当怖い顔をして考え込んでいたらしい。咲耶が、ものすごく心配そうに顔をのぞき込んでいた。
「大丈夫だ、咲耶。少し考え事をしていただけだから」
それでも心配そうな顔を崩さない咲耶の頭を、わしゃわしゃと撫でる。やっと笑顔になったのを見て、言う。
「とりあえず、リィを探そう」
「俺ならここにいるヨ?」
背後から、探そうとしていた人の声がした。
「あれ? リィ? あれ?」
リィは、いつもの笑顔で、混乱しているらしい咲耶の頭を、ポンポンと優しくたたいた。
その反対の手には、今までは持っているところを見なかった長い棒のような物を持っていた。とても長い物で、手で持った上で、体に寄りかからせるようにしている。歩くときに大変そうだな、と渚沙は思った。
細く長いそれは、布にくるまれていて見えない。唯、下の方には小さい、上の方には大きく、何か飾りがついていると思われる膨らみがあった。緩く布に覆われている状態では、その完全な形までは見えない。
「すこし、あるモノを取りに行っていタ。それより、咲耶は、弟は見たのカ?」
「弟!?」
そう驚いたのは咲耶だけではなく、渚沙もだった。
「あレ……? これも、知らなかったノ? だったら、言わない方がよかったかモ……」
後半、顔をそらしながら声を小さくしていくリィ。咲耶が追求する。
「弟、って、どういうこと!?」
答えようとしないリィを問いただし、解説をさせる。
「咲耶のお母さんは、咲耶を産んだあと、鳴海様を産んでいル。咲耶とはお父さんが違うけど、弟は弟だろウ」
「そっかぁ……。弟がいたんだね……」
気がつくと、人が減っている。皆、顔を伏せ、そそくさと帰っていく。何があったのか気になりつつも、人があまり減る前にここを出なければならない。そう思ったリィが、渚沙と目で合図をすると、咲耶に声をかけた。
「そろそろ次へ向かうカ。人が少なくなって目立つと、困ル」
咲耶は、来たときよりも幸せそうな顔をしていた。
その晩は、森の中で野宿となった。
「さくやには、弟がいたんだね。どんな感じなんだろう。なるみは、さくやのことを知ってるんだろうか」
「……さあ、どうだろうな」
なんと言ったらいいのか、迷っている様子で、渚沙が言った。リィは、さっきからたきぎを集めに行っている。必然的に、渚沙が対処しなければならない。しかし、とっさに出てきたのは、気遣いのかけらも見られないような言葉だった。
「今は敵同士でも、いつか、一緒に暮らせる日が来るといいな」
咲耶は、少し寂しそうに笑った。
渚沙が、咲耶の頭を、やさしく撫でた。
「大丈夫、いつかきっとそんな日が来る」
「まったく、あのオトーサンハ……。あんな雰囲気の中に入っていけるカッ!」
リィの、小さな声の文句は、2人には届かない。どうやって入っていこうかと迷い、挙げ句の果てにもうしばらく待つことにした。
リィは、自分の持った、布に巻かれた棒を、ほんの少しだけ布をほどいて、見る。金色の細いその棒は、上の先端に、上側の切れた輪があり、その真ん中を半分に分けるように、細くとがったモノが、棒からまっすぐに続く。そのとがった棒の先端は、輪に触れない程度の長さで、ぴったりと切れ目に向かっていた。その棒の左右には、輪にはめられた小さい輪が3つずつある。振ると金の輪同士がぶつかり、シャラン、と小さい音が出た。
それを大事そうにもう一度布にくるみ、そっと呟く。
「姉さン……」
「ごめんごめん、遅くなったヨ」
「もうすぐ日が沈んじゃうじゃないかぁ! 遅いよ!」
――あんたらのせいだろウ!
そう突っ込みたいのを、必死で耐えるリィ。
無事、火は灯り、世界は夜を迎える。
渚沙が、リィに疑いを持ちました。
次は、翌日ではなく、その日の夜の話です。