5.日向の舞姫
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「ねー、なぎさ。さくや、お腹空いた」
「……。さっき食べたばかりだろう?」
「えー、でも~」
だだをこねる咲耶に、リィがクッキーを見せる。
「ちょっとしたお菓子ならあるヨ?」
ぱあっ、と表情を明るくする咲耶。
「やったぁ! リィ、ありがと~!」
「どういたしましテ」
そんな2人を見つつ、苦い顔をする渚沙。
「リィ、あまり……」
リィは、何かを企むように笑うと、からかうように言う。
「あレ? やきもちカ?」
「違うっ!」
「オトーサン、必死だナァ!」
お腹を抱えて笑うリィに、まったく会話の内容を聞いていなかった咲耶は、追い打ちをかける。
「渚沙をいじめないで!」
渚沙は、顔を紅くして、黙るしかなかった。
小さな小屋に、リィの笑い声が響く。
――咲耶達が、新しく増えた仲間と共に旅支度を進めている頃。
日向の王、小松は、皇帝の前で跪いていた。
「日向の王、聞こえなかったのですか? 皇帝は、其方の妹を、鳴海様の生誕祭に、舞姫として招待すると仰せです」
鳴海は、武公の一人息子の名だ。5日後に、鳴海の誕生日を祝う、生誕祭が行われる。小松の妹は、その生誕祭で舞を踊る役目を任されるというわけだ。
「鳴海様の生誕祭で舞わせていただけることは、とても名誉なことです。しかし、今現在、妹の佐保は、体調を崩していまして……」
小松を、武公がギロリとにらむ。
「余の命に背くつもりか?」
「決して、そんなつもりは……。」
とっさに答えた小松は、それが墓穴だったことを知る。
「では、佐保姫は、明日までにご登城ください」
「……伝えておきます」
――すまぬ、佐保。其方の姉が不甲斐ないせいで、其方は、病を患う中、舞を奉納せねばならなくなってしまった。
小松は、血がにじむほどに強く、唇を噛んだ。
「よろしいのですよ、お姉様」
日向の城に帰ると、小松は、佐保に、事のてんまつを伝え、深くわびた。佐保は、小松に、病人とは思えぬほどの晴れやかな笑顔で答えたのだった。
「しかし、武公皇帝のことは、あんなにも嫌っていたではないか! それに、其方は今、病に冒されているのだぞ!」
「ですが、わたくしが呼ばれるのは、鳴海様の生誕祭です。武公皇帝の生誕祭ではありません。それに、世界一の舞の名手として呼ばれるのですよ?」
――世界一の舞の名手として生誕祭で舞えば、お姉様も名をあげることができます。お姉様のお力にもなれるのです。
「しかし……」
――お優しいお姉様は、わたくしが拒否すれば、皇帝に申し出てくださるでしょう。しかし、それでは、お姉様は、謀反人として罰を受けることになるかもしれないのです。
「生誕祭で舞えば、世界一の琴の名手とご一緒できるのでしょう? とても楽しみです」
「……、わかった。しかし、決して無理はするな。私の唯一の兄弟で、唯一の家族なのだ。其方を失いたくはない」
白く長い髪をかき回すように、乱雑に頭をかくと、優しく微笑む小松。その笑顔は、病気で床に伏している佐保を元気づけてくれた。
――お姉様。
「ありがとう、お姉様! 病は、もうだいぶいいのです。明日には登城いたします」
佐保は、大好きな小松のためにほんの少し嘘をつくと、にっこりと笑って見せた。
――その頃、咲耶達は、無事、旅に出ていた。
3人は、清の国を出て、さらに中央へと向かっていた。
「ところで、こんなタイミングで中央に行って、大丈夫なのカ?」
「ええっ!? ダメなの?」
咲耶が、うるうるとした目でリィを見上げた。大きな黄色の瞳に、涙をたくさんためて、リィに訴える。
「どうしても、ダメ?」
しかし、リィは返事をしない。一瞬ちらっと咲耶を見ると、すぐに、渚沙に視線を移してしまう。
「中央では、生誕祭が行われる頃だろウ……って、聞いてるカ?」
リィの視線の先で、渚沙が、咲耶を見下ろしていた。
――ものすごく、心配そうな顔で。
その視線に気づいたらしい咲耶が、渚沙を、うるうるとした瞳で見つめる。
「なぎさぁ……」
そんな2人を見ながら、リィが、2歩後ずさる。
「咲耶、平気だヨ。別に、絶対ダメだというわけじゃなイ。唯、対策をしておいた方がいいと思っテ」
ものすごく面倒くさそうに説明するリィの言葉を聞くと、咲耶は、すぐに、涙を引っ込め、いつもの笑顔で言った。
「なんだぁ。ならいいや」
そんな咲耶を、渚沙が、とてもびっくりしたことがよくわかる顔で、見つめていた。
「あノ……。まさか、ホントに信じてたわけじゃ、ないよネ?」
リィの、控えめな質問には答えない。しかし、耳の先っぽが赤くなっている。どうやら、リィの予想どうりのようだ。
ハァ、と、ため息をつくリィ。それを見た咲耶まで笑い始める始末。渚沙は、ほおまで赤く染めた。
「ホントにサ。それで大丈夫なノ? 渚沙はお尋ね者なんだヨ?」
リィの言葉に、ハッと真剣な顔になる渚沙。真剣な顔になったと同時に、動かなくなった。
「エ……? 嘘でショ?」
今度は、リィが固まる番だった。
「中央では、もうすぐ、鳴海様の生誕祭があるんだヨ? 何の対策もナシにそんなところに行って、無事で済むとでも思ってたノ!?」
渚沙は、答えない。整ったその顔を、真っ赤に染めていた。
――これ以上注意しても、無駄だ。行動した方が早い。
そう思うやいなや、リィは、渚沙の手首をつかんだ。
「ちょっと来テ!」
――同じ歳くらいの青年が2人、魔族の多い森の中で、漫才を繰り広げている頃。
「では、佐保。警備にいってくる」
「行ってらっしゃいませ、お姉様」
佐保は、そう言って小松を見送ると、すぐに床についた。
小松には、もう病の心配はない、という風に振る舞っていても、病は、治るどころか、進んでいるのだ。
――一度舞を舞えば、それで済むのです。お姉様に迷惑をかけなくとも、たった一度、我慢をすれば。たった一度、少しばかり無理をすれば、それでよいのです。
治療法が見つかっていない、と言われてから、早2年。小松は、佐保のことを、とても大切に思っている。その事を、佐保は知っている。だからこそ、心配はさせられない、と思う。
生誕祭は、5日後に迫っていた。
佐保は、病を抱えたまま舞うことに決めました。
素晴らしい姉妹愛です。