4.清の青年
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迦耶の国から、少し中央よりにある国、清の国。
渚沙は、肩までつかない程度に伸ばした髪が風にあおられるのを、たまに顔をしかめて手で押さえる。
その隣を歩く咲耶は、キョロキョロと落ち着きのない様子で、周りを見ていた。
「この国は、迦耶の国とは服装が違うね」
「そうだな。ここの服は動きやすそうだ」
清の国の服は、首からぴっちりしまっていて、腰のあたりから、左右に切れ目が入っている。前後に分かれ、それが足下まで繋がっている。切れ目からは、別の色の布を使った、ズボンがのぞいていた。アオザイのようだ。
「着物の下に着物を着ているのか?」
「あれは、クワイと言いまス」
思わず口をついて出た疑問を聞いたらしい青年が、癖のある言い方で渚沙に答える。そして、自らのクワイをつまんで、「これでス」と追加した。
青年は、糸のように細い目で、瞳は全然見えない。渚沙は、前が見えているのかと疑ってしまった。
はねた前髪は右側にまとめられ、それ以外は、前髪も後ろに結ってしまっているらしい。首筋近くの、低い位置でまとめて結われた髪は、前髪とは比べものにならないくらい、落ち着いて、そろっていた。
「くわい?」
咲耶が、渚沙の後ろから、ぴよっこりと顔を出した。
青年は、一瞬驚いたように細い眉を動かすと、すぐに元の優しい顔に戻り、質問に答えた。
「そう、クワイ。上着の下に、クワイをはきまス。詳しくは知らないけド」
そして、歯を見せてニッと笑う。
「私、リィといいまス。旅のお方、我が家に来ませンカ?」
渚沙は、咲耶を見る。咲耶は行く気満々で、渚沙のことなど気にも留めずに即答した。
「いく!」
リィの家には、人はいなかった。リィがお茶を出してくれる。
「ありがとう。俺は渚沙、こっちは咲耶という」
「ありがと、リィ!」
「どういたしましテ」
咲耶は、やはり、キョロキョロと周りを見回している。それを、渚沙が、温かい目で見ていた。
「二人はどうして旅をしているんダ?」
しかし、渚沙は答えない。
渚沙は、神武族の事を思い返していた。
――リィを、巻き込むわけにはいかない。
「教えられなイ?」
リィは、そう言うと、渚沙の方を、細い目で見る。今は既に笑っていない。
「私には、時見の知り合いがいタ。もう何年も合っていないし、たぶん死んでいル。その時見は、ある人に“時”を伝えなければならないと言って、どこかへ行ったきりで、それ以来会っていなイ」
リィは、少し、深呼吸する。
「白星という時見を、知らないカ?」
渚沙の心臓が、どくんとはねる。
咲耶は、相変わらず部屋の中のものを興味深そうに眺めていた。
「白星は……、死んだ」
「そうカ」
割にあっさりとうなずいたリィ。それに対し、驚きで、渚沙が目を見開いた。
「そうだと思っていタ。あのときの白星の気迫はそんな感じだったかラ」
しかし、そう言って笑うリィの顔には、悲しげな雰囲気もあった。渚沙もうつむく。
「俺も旅に同行させてほしイ」
「しかし――」
「わかっていル。白星から聞きいたヨ。あなた方が、“星”であることも、今頃は追われる身である事モ」
「それなのに、なぜ……」
「俺も、“星”だかラ」
歯を見せて笑うリィ。渚沙の厳しい視線を受けて、すっと真面目な顔をする。
「白星に聞いタ。俺も“星”の1人だト。」
渚沙の厳しい表情は崩れない。
「“星”、とは?」
「あレ? 白星に聞いてなイ? “星”は、簡単に言うと渚沙達の仲間。皇帝に勝つために必要な者達だヨ」
渚沙は、白星の最後を思い出し、顔を伏せる。
『もし、あなたが、皇帝に背き、反旗を翻すというのなら、“魔の森”に向かいなさい。そして、そこにいる、災厄の子供を連れて行きなさい。力は、今はありませんが、それは子供自身が導いてくれるでしょう』
「白星は、俺には時の予言を言ってはくれなかった。唯、魔の森に向かって、災厄の子供を連れて行け。今は、力はないが、それは子供自身が導く、と。それで、精一杯だったんだ」
「なるほど。時の予言については、またあとで教えてやるヨ」
ニッ、と笑って、急に真剣な顔で咲耶を見る。
その視線の先で、咲耶は、ピタリと止まっていた。瞳は、深紅。
その視線先には――。
「咲耶?」
渚沙の声に驚いたらしい咲耶は、瞬きをした。瞳は、黄色に戻っている。
「あれ? どうしたの?」
「なんともないのか?」
「えっとね。……さくや、お腹すいた」
いつも通りの咲耶に、ほっと息をつく渚沙。咲耶には答えず、代わりに一言だけ言う。
「これからは、リィも仲間だ」
一瞬間抜けな顔になって考えた咲耶は、すぐに納得し、すっと目を伏せた。
「リィは、強い?」
質問の意味が分からず、困惑顔のリィ。咲耶が、もう一言だけ重ねた。
「リィは、死んじゃったりしない?」
それでもなお数秒考え、質問の意味を理解すると、歯を見せて笑った。
「当たり前ダ!」
咲耶も、歯を見せて笑った。
渚沙と楽しそうに話す咲耶を、リィは、糸のように細い目で、じっと見つめていた。
その視線には、2人とも気がついていない――。
時の予言のことを知る人が現れました。が、どうやらただ者ではなさそうです。
……どうでもいいですが、リィのこと。彼は、私の好きなキャラです。好きなキャラをかいているのは楽しいですね!