23 玉依
呆然と立ち尽くす渚沙に、驚きはするものの、緊張の糸は切らない明日葉と小松。
渚沙が何かを言おうとして、それを遮るように、水内が話す。
「玉依様の元にご案内します」
「水内、いいのか」
明日葉や渚沙たちは、皇帝に逆らったときの対応を、身をもって知っている。それ故に、心配も大きい。
振り向きもせずに歩き始める水内、それに続く埴安を呼び止めようと、渚沙が呼びかけている。それを遮り、水内は、歩いたまま言う。振り返りはしない。
「私は、王を信じていますから」
さらに、埴安も、
「水内様の側にいた兵は、皇帝の回し者でした。それ故に、あのような失礼な対応をすることしかできなかったのですが、朱雀隊のものは皆、王を信じておりました」
しばらくの沈黙の後、
「そうか……」
片手で目のあたりを覆い、肩をふるわせる渚沙。その背を、小松が、そっとたたいて、抜かしていく。
渚沙よりも後ろから、一部始終を見ていた明日葉は、その光景に、初めて、2歳の差を実感した。
同時に、玉依のことを思い返し、2つ年上の彼に声をかけるべきか迷う。
「……」
そして結局、少しためらいながらも、小松と同じように背をそっとたたいた。
「まだ、終わってないだろ」
独り言のように呟くと、水内や小松たちを追うため、ためらいがちに歩き始める。
その耳に、渚沙のかすかな返答は、確かに聞こえていた。
――大丈夫だ。
そう思うと、まっすぐ前を見据え、しっかりとした足取りでみんなを追う。
玉依。――待っていろ、武公……!
「玉依様、一行を連れてきました」
扉に手をかける水内。後ろに控えながら、小松は、不思議な雰囲気を感じていた。罠ではないか、という考えは常に頭のすみに置いており、手は常に刀の柄にかけている。
少し遅れて、明日葉がやってくる。
「本当にここか――? この感じは……」
しかし、扉が開かれると、明日葉の独り言は気にならなくなる。
そして、口をついて出てきたのは、
「……なぜ……」
渚沙が到着すると、既に部屋の扉は開いていた。
部屋の中に足を踏み入れると、渚沙は大きく目を見開いて、呟く。
「これは……」
「渚沙っ!」
渚沙が状況を把握する前に、明日葉に叫ばれ、慌てて目の前に迫るものをよける。そのまま足払いをかけようとし、今、よけたものが、知っている剣ではなかったと思い、慌てて、横に転がるようにして移動。
そして見た相手は、唇の端に、歪んだ笑みを浮かべるその人は、
「――咲耶」
紛れもなく咲耶だった。
「邪魔をするなと、言ったであろうに。……月弓は、たいして役に立たなかったか……」
ふん、と鼻を鳴らす咲耶。渚沙が、そのいいように怒りと悲しみを覚え、十束を抜く。
「ならば、我が直接仕留めるまでよ」
そう言うと、胸の前で、丁寧に手を合わせる。そしてゆっくりと開くと、手の内には、炎の玉が見えた。そして、勢いよく、左手を引いた。細長く伸びたその炎を、右手がぎゅっと掴む。すると、炎が霧散し、残ったのは、細く長い刀だった。
「そこの者達のように、邪魔さえしなければよいのだ。」
渚沙がそちらを見ると、先に来ていた4人と、白星が若かった頃のような女性がいた。あれが玉依だろう。玉依は明日葉にかばわれるように座っているが、明日葉のけががすごい。もしかすると、玉依が、明日葉を押さえているのかもしれない、と、渚沙は思った。
小松は、目立った外傷こそないものの、小さな傷がたくさんある。
「小松! 明日葉!」
渚沙は呼ぶが、すぐに咲耶の剣をよけるために後ろに跳ぶ。
「くっ……」
しかし、剣先がわずかにかすり、その部分がやけどしたかのように痛む。
「我が剣には、父上にも扱えきれなかった程の魔力が秘められている。故に、このような芸当もできるのだ」
咲耶が、自らの剣の刃を撫でる。手の触れた場所から順に、金の火の粉を散らす、咲耶の炎が生まれた。
「我は今、気分がよい。少し遊んでやっても良いぞ」
「咲耶ッ……!」
愛くるしかった面影が残る、その端正な顔で、にっこりと笑う咲耶。
「止めろ……、止めてくれ、咲耶!」
渚沙には、咲耶に手を上げるなんて、できなかった。
咲耶の剣の切っ先が、渚沙に向けられる。しかし渚沙は、十束を手放した。軽い音が、広い部屋に、むなしく反響した。
「邪魔をするなと言ったはずだ。……其方はまだ消せぬのだ」
振り下ろされた剣は、玉依の鼻の先で止まっていた。渚沙をかばうように立つ玉依を、咲耶は、失望した時のような、至極面倒だ、と言うような目で見た。
「玉依!」
明日葉が飛び出そうとしたが、咲耶が剣を玉依の頭に当てると、明日葉は出て行けなくなる。
「まだ言う気にならぬか? 武公の時見よ」
「わたくしは武公様にお仕えする身です。制約に反するつもりはございませんし、あなたに加担する気もございません」
きっぱりと言い張る玉依。しかし咲耶は、うっすらと微笑むと、右手で剣を持ち、手を合わせた。剣は、すっと球体に戻り、そして消滅する。
「どのみち、最上階の皇帝の間にいるのだろう。あいつは、我に恐れをなして逃げるような奴ではあるまい。そこで本人に聞けばよいか……」
そして、咲耶は去る。部屋からまがまがしい邪気が消えると、明日葉と小松、水内、埴安は、玉依と咲耶に駆け寄る。
「大丈夫だ。……それより、咲耶を追う」
「でも、渚沙は……」
小松に止められるが、渚沙は、十束を拾うと、立ち上がる。
「剣を交えなくても解決できるはずだ。そのために、白星は俺達を巡り合わせた」




