ユティ教信者
◇ヒトリ島・5日目(続き)◇
「ああ! そう言えば」
男は、何かを思い出した様子で言った。
「村の男が二人、この島に向かって戻って来ないのですが、知りませんか?」
聞かれたく無かった事を質問をされ、心臓の辺りがキュッとなった。
「……さあ? 会っていませんね。船が転覆でもしたのでは?」
「しかし、あの日は晴れていました」
「晴れの日だって、不意に立ち上がったりしてバランスを崩せば、転覆しますよ」
「確かに、そうですね」
男は納得してくれたようだった。
「お友達ですか?」
「まさか! 彼等はならず者ですよ! 本当に、帰らぬ者となっているのなら、喜ばしい事です」
「そうなんですか。でも、犯罪者なら、法の裁きを受けさせなかったんですか?」
「……知らないのですか?」
え? 何? 何か不味い事言った?
「あ、あの。私、親が居なくて、世間の常識を教えて貰えなかったんです」
「そうなんですか?」
男は、納得がいかない様子で首を傾げた。
「ですが、貴女は、良い所のお嬢さんと見受けられますが」
え? そう見えるの?
「確かに、引き取ってくれた親戚は裕福でしたが……。だからと言って、必ずしもまともに教育してくれるとは限らないのですよ」
「そう言うものですか……」
何とか誤魔化せたか?!
「では、先程の話ですが、この国で法の裁きを受けられるのは、貴族だけなのです。それ以外の犯罪者は魔物と同じ扱いで、誰かが賞金をかけない限り、放っておかれますね」
何だ、それ?
私は唖然とするしかなかった。
「目の前で人を襲っていても、放っておくんですか?」
「その辺りは、人によりますね」
嫌な国だな。
「さて。帰る前にコドクを捕まえなくては」
そう言って歩き始めた男について行く。
「貴女は、もう食べました?」
「どんな生き物ですか?」
「飛ばない鳥ですよ」
「そんな鳥は、見た事がありませんね」
「そうですか? 変だな……」
島を歩き回る男が、私のダンジョンの入り口を見付けた。
「この穴は、貴女が掘ったんですか?」
「ええ。この中で暮らしています」
「この中で? 見せて貰っても良いですか?」
「……独身女性の家に入ろうとするのは、どうかと思いますよ」
白い目で見てやる。
「いや! そんなつもりはありません! ……が、確かに不味いですよね」
私は、男が諦めてくれてホッとした。
偽装してあるけれど、ばれる可能性は減らしたい。
「そうだ! 何か不足している物があるでしょう。筏を貸して頂くお礼に、何か持って来ますよ」
「別に気にしなくても良いですよ。あ、でも、野菜が余っていれば……」
「野菜ですね。解りました」
「居ませんね……。誰かが獲り尽くしたかな」
男が残念そうに呟く。
「それにしても、こんな小さな島で飛べない鳥が繁殖して居たなんて、不思議ですね」
「この島は、元はもっと大きい島だったんですよ」
「え!?」
私は男の言葉に驚愕した。
「十年前ですか……。この島に在ったダンジョンを聖剣使い様が駆除しましてね。その際に島が崩れてこうなったんですよ」
「恐ろしいですね……」
「そうですか? 私は、ダンジョンの方が余程恐ろしいですがね」
「私は、ダンジョンの事をよく知りませんが、そんなに恐ろしいのですか?」
「そうですね。幸いこの国には、女神の寵愛があり、女神の器たる神女陛下・女神に選ばれし聖剣使い様がいらっしゃる。ですが、それ以外の国では、邪神が創りしダンジョンによって、氾濫の被害を受けるのです」
色々凄いな。女神の寵愛に・器に・選ばれし戦士!
「氾濫とは何ですか?」
「ダンジョンからモンスターが溢れ出て来る事ですよ。万を超えると大氾濫と呼びますね」
数えるの? 余裕だな。
「氾濫の原因は判っているんですか?」
「モンスターの間引きが足りないと、どんどん増えて行くと言われていますね」
「ねずみ算式に増えるんですか」
「いけませんよ!」
突然、男が怒鳴った。
「ネズミは、女神に愛された神聖なる生き物! 邪神関連の例えに使わないように!」
「あ、はい」
ネズミが聖なる生き物って事は、ペストとか流行っても駆除出来ないんだよね? 怖い……。
「あの、ペストって言う病気を知っていますか?」
「知っていますよ。邪神の使者である猫が媒介する病気でしょう?」
……何も言うまい。この世界では、本当に猫が媒介しているのかもしれないし。
「ところで、女神の名前はユティでしたよね?」
「そうですよ」
「邪神の名前は?」
「邪神は沢山いますからね。女神ユティ以外は全て邪神です。邪神共の王『ローダルク』が有名ですね」
【ローダルク】達は、本当に邪神なのだろうか?
「ですが、そのローダルクも、最早存在しません!」
「え? そうなんですか?」
「ええ! 聖剣使い様達が、三年前、クリサンセマム皇国に存在する【最も高きダンジョン】たる【中央ダンジョン】を駆除しましたからね! 惜しむらくは、邪神を信奉する皇国の奴等を教化させられなかった事です。良い植民地になったでしょうに」
植民地とか言い出すと、胡散臭く感じるなあ。何故だろう? 下心に見えるからかな?
もしかして、邪神とかって、侵略の正当化の為の嘘なんじゃ……。
多分、『邪神=ダンジョンマスター』なんだろうし。
「【中央ダンジョン】を壊した時は、ダンジョン以外に何も壊れなかったんですか?」
「いいえ。愚かにも、ダンジョン周辺に街が在りましてね。崩壊に巻き込まれて壊滅したそうですよ」
「……それって、戦争になってもおかしく無いですよね」
「ははは! 皇国なんて、敵ではありませんよ!」
そんなに力の差があるならば、さっさと植民地にすれば良いのに。
「ところで、先程から随分コレが気になる様ですね」
男が首輪を指差して言う。
「済みません」
「別に良いんですよ。これは、『女神の御守り』です」
「御守りですか」
「ええ。【女神製ダンジョン訓練所】に挑む際に、男性のみ頂けるんですよ」
男のみ?
「それは、何か効果があるんですか?」
「魔除けになると言われていますね」
「そうなんですか」
マジックアイテムじゃないのか。でも、御守りが首輪……。普通なのかな?
「コドクがもう食べられないなんて、残念でなりません」
筏に乗ろうとした直前、男はそう呟いた。
「家畜化したら良かったんじゃないですか?」
私がそう言うと、男は、その発想は無かった! と思っていそうな顔になった。
「まあ、今更ですよ」
「そうですね。それでは、気を付けて」
「はい。筏は、明日返しに来ます」
そして、夜。
『怪しい』
昼の話を聞いた水海が言う。
「だよね! 高確率で関係者だよね!」
『でも、まあ、難破して流れ着いたのは偶然だと思うよ』
「そうかな?」
『だって、ダンジョンマスターや眷族が、ダンジョンから出て来るとは限らないじゃない?』
「確かに!」
そうだよね。普通出て行かないよね。
流れ着いた演技をする意味も無いと思うし。
「ところで、クリサンなんとかって言う国、知ってる?」
『クリサンセマム皇国。私が居る所だよ』
「え?! そうなの!?」
まさか、水海が居るのがクリサン……皇国だったとは!
『そうだよ。ところで、その首輪だけど……これじゃない?』
水海が首輪を手にして、画面に寄せた。
「あ! 似てる! 正面にレンズみたいなのが着いていたよ」
『カメラかな?』
「げ!」
うっそ! 撮られた?! ……あ! 【鑑定】持ちに見られたら、ダンジョンマスターだってばれちゃう?!
『まあ、今更どうしようもないね』
「心配してやるんじゃ無かった!」
私は、あの男に声をかけた事を心底後悔した。
◇ユティ神国首都・ユティ神城◇
「ふふっ。……見付けたわ」
送られて来た映像を目にした女が笑う。
「でも、弱いのね。こんなの倒しても自慢にならないわ。暫く待つしかないわね」
つまらなそうに呟いて、直ぐに気を変えた。
「まあ、どうせ、直ぐに汚名が轟くでしょうし、そうなれば弱くても関係無いわ」
女は再び笑顔を浮かべた。
「楽しみね」
◆所持DP◆
120P
◆覚えた魔法(現在Lv2)◆
Lv1:浄化・着火・散水
◆所持品◆
懐中電灯・筏(偽装用)
【最初の部屋=偽装部屋】
シャベル・草刈り鎌・釣竿・餌・バケツ・タオル・タモ・盆ザル
木の蓋(トイレ用)・ボロいマント・干し草・オイルランプ(植物油入り)
木の板・大鍋・中華鍋・布・箸・コップ・皿・まな板・お玉
【ペット部屋】
猫用ベッド四つ・餌箱
【コドクの部屋】
寝袋・マット・保温シート・ラグ
ミニ七輪・オガ炭・包丁・まな板・小型の鍋・小型のフライパン・お玉
食器セット・食器セット(箸・皿一枚・コップ抜き)・ボウル
塩・醤油・ピッチャー(飲料水入り)・食用油
カラーボックス・ハサミ
◆眷族◆
スズメバチ(群):眷族になった事で毒がパワーアップしている。
キラーホーネット:スズメバチ型モンスター。幼児大。
コドク:眷族になった事で、メスは毎日卵を産むようになった。
ローグゴブリン:モンスター化したゴブリン人。
ローグオーガ:モンスター化したオーガ人。
◆食料リスト◆
生魚(数種)・焼き魚(数種)・干し魚(数種)・スズメバチ(成虫)
コドク(成鳥)・コドクの卵(生)・コドクの卵(固茹で)・コドクの卵の卵焼き(醤油)