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5.処刑人アンリエッタ

 磔にされた人間を見る限り、正しく生きた人間の死に様ではない。

 正しく清く生きたのならば、そもそも磔になどされないだろう。身に付けた鎧も所々へこんでいるし、靴は履いてないので裸足だ。

 しかし、オルシェの迷宮には子鬼と呼ばれる魔物がいると聞いたことはあるが、彼らの技術水準はそれほど高くないとヨシツギから聞いている。

 ならば、死体を固定している鉄の杭は誰が作った物なのか分からない。少なくとも、子鬼が作った物だとは思えないのだ。

 そんな疑問を抱く私をよそに、彼は死体に対して問いかけた。

 正確には、死体が磔になった木の後ろに居る人間に、だ。


「アンリエッタ。貴女の仕業でしょう?」


 ――アンリエッタ。その名前は聞いたことはない。私の記憶が正しければ、アルモニアの客の中にアンリエッタと名乗った者は居ない。

 数秒の間を置いて、大きな溜息が聞こえた。


「どうして、いつも君に邪魔されるんだろうね。本当に不思議だよ、全く……」


 そんな呟きと共に、彼女は木の陰から出て来た。

 彼女の姿を見た感想を簡潔に言うならば、人殺しだ。

 彼女はフードの付いた白色のローブを身に纏っているのだが、その白は返り血だと思われる赤で鮮やかに彩られている。また、右手には血の滴る短刀を握っていた。

 顔はフードのせいでよく見えない。

 しかし、フードから覗く頬には赤い斑点が付いており、彼女が凶行に及んでからまだ一度も顔を拭っていないということを表している。

 背丈から予想するに、彼女の年齢は私とそう変わらないと感じた。もし、平均より小柄な人物とするならば、私より少し上だろう。

 ただ、年上と仮定したとしても、彼女が子供であることには変わりはないのだが。


「シェアラ。彼女は、まあ、僕の知り合いですね……」


 そう言ったヨシツギの口調からは、負の感情が読み取れた。出来るなら、知り合いにならない方がよかった、と。

 彼女はは彼の隣に居る私を見て、軽く礼をした。右手を胸に当ててそっと体を折り曲げる、騎士がよくする形の礼である。

 一連の動きはごく自然に流れるように行われたことから考えるに、彼女は磔にされた人物とは違い、ある程度の地位を持つ人間なのだと理解できた。

 だからこそ、私には分からないことがあった。位の高い人間が何故このようなことをするのか、それが謎なのだ。

 それを言葉にしようか悩んでいると、ヨシツギは私の頭に手を乗せた。何事かと顔を見上げると、彼は首を左右に振った。

 彼女が小さな声で笑う。


「私はただの殺人鬼、貴方たちは何も知らない通りすがり。今はそれでいいんじゃないかな?」


 彼女はそう言った。それを聞いて、今度はヨシツギが溜息を吐く。


「……そうですね。僕も人の趣味に口出すつもりはないですし」


 そう答える彼の顔は、どこか遠い記憶を思い出しているように窺えた。

 ……そういえば、グラニアスも私に向かって同じような顔で同じようなことを言ったことがある。他人の趣味には手を出さない方がいい、それが奴隷商人をやっている内に嫌でも分かったことだ、と。

 私たち二人は彼女の横を通り、森の中を進んでいく。

 彼女の姿が見えないところまで歩みを進めたとき、私は彼に小声で気になっていたことを尋ねた。


「……ねえ。変態っていうもの?」

「いえ、変態よりおぞましいものですよ。彼女はね」


 明確な答えを得ることは出来なかったが、私には理解できない程に闇が深いのだろうか。

 今のところ、魔物の姿はない。

 迷宮の二階層目に繋がる、群青色の結晶で出来た扉が見えてきた。

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