4.死告蝶の根城
迷宮の門には、迷宮の特徴が表れていることが多い。私が書物で知った、迷宮に関する豆知識だ。
オルシェの門は、街の中央の広場に生えたカランシアトールの大木に埋め込まれている、両開きの青い扉だ。
本来、カランシアトールの木は背丈はあまり高くない。大人の身長より少し大きくなった所でその成長は止まる。
しかし、目の前の木は少なめに見積もって大人十人分以上の高さと幅を誇っていた。これは異常なことである。
更に門に近付くと、扉の表面に蝶の群れが彫られていることが判別出来るようになった。また、扉が半透明な青色の結晶だということも分かる。
オルシェ迷宮。正式名称は「死告蝶の根城」。
――蝶が死を告げる。オルシェの熟練冒険者が初心者に向かって、口酸っぱく言う言葉だ。
不意にヨシツギが大樹を見上げ、一点を指差した。
彼の指差す先には、枝に腰掛けた骸骨が有り、一対の虚空でこちらをじっと眺めていた。
私たちの視線に気が付いたのか、骸骨はかたりかたりと笑ってみせる。
「あそこで笑う彼が、オルシェ初代領主のドラル・オルシェ?」
「そう、ドラル。オルシェの迷宮を作り出した張本人ですね」
あれは、生きていると言えるのだろうか。知識では知っていたけれど、実物を見てみると不可思議と言わざるを得ない。
彼の存在もそうだが、彼が何故そこまでして生に執着するのか分からないのだ。
ドラル・オルシェ。彼は過去に不老不死に関する研究を行っていた、気の狂った錬金術師として有名だ。
青い血の通った木偶人形、苦痛と治癒を同時に与える槍、魔物と人間を継ぎ接ぎして生み出した醜い魔法生物。そして、不老不死を叶える魔法。
彼の生み出した技術はみな邪悪とされ、神に仕える神官からは忌み嫌われている。また、一流の錬金術師を目指す者にとっては避けては通れない関門とされているらしい。
彼の様子を見る限り、不老不死の魔法が成功したとは言い難いが、朽ち果てないという意味では失敗ではないのだろう。彼の真意を声として聞くことは叶わないのだけども。
そういえば、彼は混沌を司る神を信仰していたらしい。迷宮を作り出したのは、神の声を聞いたからだという逸話も残っている。
不思議な初代領主から目を逸らし、私たちは迷宮へと向かう。
途中、血だらけの足を引き摺りながら歩く冒険者とすれ違った。
「一歩間違えば、ああなるんだね」
「ええ。ですが、命があるだけまだ幸いでしょうね」
辺りに漂う、鉄の匂い。目に飛び込む、鮮血の赤。近くで味わう死に近い者の匂いと色は、私を酷く不快にさせる。
人は簡単に死ぬ、哀れな物だと骸骨が嘲り笑っているような錯覚に陥るのだ。
そんな妄想を頭から振り払い、迷宮の扉を押し開く。扉は想像していたよりずっと軽く、とても滑らかに開いた。
迷宮は人を拒まない。まるで、そう言っているかのようだ。
扉の先に広がっていたのは、色鮮やかな果実を実らせた、白い木々が立ち並ぶ森のような場所だった。葉だけでなく、幹まで混じりけのない白に染まっている。地面は苔のような物で覆われていて、ふかふかとした感触が足の裏に伝わってくる。
空には相変わらず太陽が輝いていた。
しかし、手入れが行き届いていない果樹園のような何かと言うべきか。
果樹園として見るにはあまりにも荒れ果てていて、森と見るには木々の並びが規則的すぎる。また、入り口の近くには崩れかけた井戸も存在していた。
私たちが通った扉は、空中で支えも無しにふわりと浮かんでいる。
「迷宮で稼ぐ主な方法は、マギアや資源を収集しギルドなどに売ることです。では、この迷宮の特産物とはなんでしょうか?」
ヨシツギの質問に、私は即座に答えることは出来なかったが、その答えは文字通り目の前に転がっていた。
扉の隣に生えている果樹の足元に転がっている、カランシアトールを一回り小さくして赤く塗ったような果実……リンゴは、商店で買うと金貨一枚である。最も、その地に落ちたリンゴは傷だらけで売り物にはならないのだけども。
「果実?」
「ええ。果実と、あとは薬草です」
簡単な話、この迷宮には金貨が落ちていると言っていい。
しかし、ただそれだけだろうか。金貨一枚を得るのがここまで簡単ならば、もっと冒険者が多くてもおかしくはない。
そんなことを考えながら迷宮の奥へと進んでいくと、純白の木々に止まる青い蝶の群れが目に付いた。
蝶が死を告げる。この儚げな蝶が、どうやって死を告げるのだろうか。
彼にそれを尋ねようと思ったそのとき、彼は私に向かって口に人差し指を当てる動作をして見せた。どうやら、今は喋ってはいけないらしい。
蝶は私たちが隣を通り過ぎるときに飛び立っていき、空に群青の色が浮かぶ。その群青に混じって、赤黒い点が一つ舞っている。
今までより慎重に周りを警戒しつつ、無言のまま奥へと向かう。
時間が経つほどに赤黒い蝶は徐々に数を増やしていき、青い点が代わりに減っていった。
「シェアラ、もう喋ってもいいですよ」
不意に、彼がそう言った。
私たちの目の前には、木に磔にされた死体が存在している。




