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3.迷宮までの道

 足元には飾り気のない鼠色の石畳が広がる。石畳の左右には、石を切り出したレンガ状の小さなブロックを積み上げて壁とした建物が建ち並ぶ。

 無骨な作りだ。商店や一部の建物を除いて、カンテラと窓以外の装飾は少なく、この街が芸術ではなく最低限の実用性のみを欲しているというのがよく分かる。

 オルシェは観光客に人気が無い。そう言われても納得出来る、殺風景な街並みである。

 しかし、観光客はいなくとも冒険者や住人でごった返すのがオルシェの日常だ。

 そんな街中を、私とヨシツギは進んでいく。私も彼も、荷物はリュックサックと、腰のベルトに革紐で取り付けた革の袋であり、剣や鎧は持っていない。因みに、私のリュックサックは空で、革袋には緊急時に使うマギアが入っている。

 

 目指すは、この街が迷宮都市と呼ばれる所以であるダンジョンだ。


「トキシアル草とノクラシスの花は、採取してから駄目になるまでが非常に早い。地上で扱う際は、カードの形で持ち帰るのが最良なのですよ」


 なるほど。隣にいる彼の話を聞いて、また一つ知識を得たと実感する。

 しかし、不思議なものだ。物質のマギアは、物質が持っていた形状や品質を保持したまま、何百年と保存できる性質を持つ。

 迷宮都市の一つ、ノスティフィカルにある大図書館では、三百年前の花のそれが納められているという。


 太陽は空の中心で輝いている。オルシェの郊外にある果樹園にて今朝収穫されたカランシアトールの実が、野菜に混じって商店に並べられていた。その薄い緑色の実や色鮮やかな野菜たちは、それらの下に敷かれた布の黒によく映える。

 ヨシツギはカランシアトールの実を指差して、店主の男に二つと伝えた。

 二つで銅貨四枚。贅沢をしなければ、パン一人前で銅貨十枚である。

 それと比べると、かなり安い食事と言えるだろう。最も、腹持ちはあまりよくないけれど。

 店主が片手で差し出したカランシアトールの実を、私は両手で受け取る。一方で、ヨシツギはそれを右手だけで受け取った。

 カランシアトールの実を片手で掴むには、私の手は少し小さい。そんな些細なことで、年齢や性別、背丈の違いを感じさせられる。

 果実をかじりながら歩みを進めていく。

 最初は甘く、後味はほんのりと苦い。それがカランシアトールの実の味だ。

 カランシアトールの果汁を絞り防腐処理を施した物は、治癒能力を上げる薬の中では甘い分類としてよく知られている。

 即効性は無いが、飲用には適している。また、外傷に対して塗り付けても効果がある。

 因みに、カランシアトールの葉は治癒の水薬の材料になるのだが、その味は非常に苦い。悪戯好きな子供に対する脅し文句に、治癒の水薬を飲ませるぞという言葉があるほどだ。

 この味を知る者は口を揃えて不味いと言う。


 街の中心へ近付くにつれて、冒険者の姿が多くなった。

 深紅のベレー帽に同じ色のクロークを身に付けた、オルシェ在住の学者の姿も見掛けるようになる。冒険者の使命がマギアや資源を獲得することならば、学者の使命は謎の探究だ。

 オルシェではマギアに関する研究が進められている。


「ねえ、冒険者協会から仕入れたら駄目なの?」


 冒険者が獲得した資源やマギアは、街の中心部に存在する冒険者協会が積極的に買い取りを行っている。そこで買えば解決するのではないか、と彼に思い質問した。

 私の言葉に対して、彼は首を左右に振る。


「残念ながら、在庫が無いでしょうね。もしあったとしても、損失になるため最後の手段です」


 マギアの価値を、私はまだ完全には理解できていない。けれど、そんな私でもその二つだけで金貨三十枚以上だということは分かった。

 そういえば、グラニアスはこんなことを私に言ったことがある。

 ――賢者は金を生み出す。マギアさえあれば、子供ですら大の男を倒すことが出来る。お前を安値で売り払った奴隷商人は馬鹿だと言えるだろうな。


 ヨシツギにとって私は、金を作り出す道具に過ぎないのだろうか。そうであったならば、私は悲しいと感じるのだろうか。

 心に暗い影が射す。軽い疑心暗鬼に陥った私を知らずに、彼は前を見ている。


「……私は金になる?」


 心の声が漏れ出したというのだろうか。私の口は勝手にそう呟いていた。

 私の問いに対して、彼は言いにくそうに言葉を紡いだ。


「嘘偽り無しに言うならば、貴女の力は金になります。ですが……」


 不意に、彼は私の頭に手を乗せる。


「もし誰かに貴女を誰かに売るように言われても、売るつもりはないですよ。始まりは主人と奴隷でしたが、今は一人の家族です」


 彼はゆっくりと私の頭を撫でる。

 今は信じてもいいのかも知れない。少なくとも、この瞬間に私が感じている感情に嘘は無い。

 彼に撫でられると、心が暖かい。すごく落ち着くのだ。

 彼と暮らしたこれまでの三カ月は、温もりが絶えない日々だった。こんな日常が続くならば、私に拒む理由は無い。


 迷宮へと続く門が見えてくる。

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