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2.奴隷商人グラニアス

 窓から見える店の前の大通りは、早朝に関わらず人の行き交いが激しかった。

 パンを抱えた女に剣を背負った屈強な男、黒色のローブに身を包んだ老いた男。様々な人種が街にいる。

 アルモニアでよく売りきれるマギアは、パンや水などの食糧や簡単な初級魔法が多い。

 確かにパンや水をダンジョンに持ち込もうとするとかなりの荷物になる。それらをマギアに変えておけば、鞄の内部に余裕が出来るだろう。

 マギアの封印を解くことは、誰にでも可能だ。複雑な魔法陣や難解な知識は必要ない。

 因みに、使える人が限られている「賢者」の魔法も、難しい理論は基本的に必要ない。

 大抵の場合、何らかの方法で対象に自分の魔力を込め、それに合図することで対象をマギアへと変えることが出来る。

 例えば、私がいつものようにパンをマギアへと変化させる場合使うのは、生まれ付き持った魔眼と、魔力の鐘と呼ばれるハンドベルだけだ。

 私の魔眼の力の一つには、離れた物体に自分の魔力を封じ込めるものがある。それを使い、物体に魔力をぶつけるのだ。

 魔力が対象に無事定着したら、合図の魔法を鐘の音に乗せて伝えるだけで完了である。

 パン一個なら十秒もあれば十分だと思う。

 因みに、魔力の鐘でも物体に自分の魔力を注入することは出来るが、その方法は普段はしない。こちらは魔力を音に乗せて伝えるため、音色が届く範囲全ての物体に魔力が篭もってしまう。そのため、マギアへと変えるときに大切な物までマギアにしないよう、魔眼の力で合図を一つ一つ送るか、魔力が自然に抜けていくのを待つしかなくなるといった感じに面倒になるのだ。


 私が考えに耽っていた横で、ヨシツギはカウンターの上に本を三冊広げていた。

 「オルシェ迷宮解説図面」、「オルシェ迷宮魔物図鑑」、「ワームでもわかるマギア融合」。彼は眼鏡の位置を直しながら、本をただ眺めている。

 そんな彼の横顔を眺めてみる。

 黒色の短髪、黒の瞳に銀縁の眼鏡。私の知識と照らし合わしても、彼のような人種はこの世界には存在しない。

 恐らく、私の知識が間違っているのだろう。私の知識は酷く狭い範囲に限られているため、ただ知らないだけかも知れない。


 店の玄関に視線を戻すと、一人の奇怪な男が入ってくるところだった。

 黒い外套にのっぺりとした白い顔。よく観察すれば、その男の顔が仮面に覆われているのだと気付くだろう。

 ……ここに来るなんて珍しい。私が彼に抱いた感想だ。


 男の名前はグラニアス・ローフォード。職業は奴隷商人。

 彼は他の奴隷商人から奴隷を仕入れ、ある程度の教養等を身に付けさせて付加価値を付与してから転売する、一風変わった商人として有名だ。彼の売る奴隷は奴隷商人の間で上級奴隷と呼ばれ、相場の二倍近い高値で取引される。

 因みに、グラニアスは魔眼持ちだ。彼の魔眼は、他の魔眼持ちを一目で見抜く力を持つ。

 魔眼と言っても、姿形に特徴が現れるのは極めて少なく、普通の目を持つ者が魔眼持ちを見付けるのは容易いことではない。

 私は、グラニアスに転売された奴隷の一人。

 彼から学んだ読み書きや魔法は、私という一人の奴隷の価値を高めてくれた。彼がいなければ、ヨシツギに買われることはなかった。


「いらっしゃいませ。……グラニアス」

「元気にしているようだな。シェアラ」


 仮面の隙間から覗く目が私を見て、すっと細められる。恐らく、笑っているのだろう。

 自らが売り渡した奴隷の顔を見て笑うとは、よく分からない男である。

 グラニアスは奴隷から見ても変わり者だ。

 彼は商品を仕入れたら、最初に本を買い与えていた。文字が分からない者には絵が付け加えられた図鑑を、魔法が分からない者には魔法の教本を、といったようにその奴隷が持たざる部分を学べる書物を与えていた。

 私ははっきりと憶えている。山のように積み上げられた基本的な魔法と「賢者」に関する書物。今考えれば、本の冊数は彼の期待を示していたのかも知れない。

 それだけ投資しても、後で返ってくると信じていたのだろう。

 けれど、私が売れるまでは三年の月日を要した。彼が利益を上げたかは定かではない。


「お久しぶりですね。グラニアスさん」

「あなたも元気そうで何よりだ」


 ヨシツギはカウンターに置かれた本を閉じ、カウンター裏の収納へと入れた。

 取引を行える状態になったと判断したのか、グラニアスはカウンターの上に一枚の紙を置いた。

 紙には文字が綴られている。


 トキシアル草、ノクラシスの花、カランシアトールの実。

 ――ほぼ万能な解毒作用、強い鎮痛効果、一時的な自然治癒能力の増強。みな薬の材料だ。

 言葉は交わさずとも、意味は通じる。

 ここはマギ……、カードショップである。要するに、紙に書かれた物質のマギアが欲しいということだ。

 しかし、ヨシツギは紙を手に手を置くと、それをグラニアスの方へと寄せた。


「その報酬では受けられませんね。僕には十分ですから」


 そうヨシツギは言って、私の後ろへと回った。それから、頭の後ろから抱き付くように腕を伸ばし、私の頭にあごを乗せた。

 不意打ちだ。けれど、悪い気はしない。

 ただ、心臓の拍動がほんの少しだけ早くなる。何故だかは分からない。

 頭を撫でられたときと同じ……、いや、それ以上の温もりを感じる。

 しばらくして、温もりは遠ざかっていった。

 不意に、グラニアスが笑い声を上げる。


「気に入ってくれたようだな」


 グラニアスは懐から羽ペンとインクを取り出すと、報酬が書いてあったと思わしき欄に二重線を引いた。そして、その下にこう付け加える。


 ――ロドリアス金貨三十枚、ロドリアス銅貨三枚。期限なし。


 ヨシツギは紙を受け取ると、カウンター裏から一つの判子を取り出して紙に判を押した。

 長方形を上下に二つ並べたこの印は、カードショップ「アルモニア」の看板に刻まれた彫刻と同じ物だ。

 その印を捺印したということは、店主がその依頼を認めたという印になる。

 取引を終えた二人が世間話を始める。

 二人が世間話をする間に、私は商品一覧から依頼品を探していた。

 しかし、カランシアトールの実はあるけれど、トキシアル草とノクラシスの花はなかった。その事実を二人に告げると、どちらもやはりなかったかという反応が帰ってくる。

 グラニアスは二週間後にまた来ると言い残し、去って行った。


 無い物はダンジョンに取りに行くしかない。

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