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表と裏

作者: ひみゃらや山脈。

 とある村から出発した勇者の名はエリス・ロングウッド。

 エリスの伝説は世界中で語られ、みな口を揃えていう。

  

 彼女こそが本当の勇者だ、と


 エリスの勇者譚はいくつもいくつもあり、その数を数えることはよほどの暇人でもやりはしない。


 ここに一番初めに彼女について記した勇者譚がある。

 誰がつけたかタイトルは『表と裏』


 とある女性が胸に抱いたまま死んだというその本。


 いま、コインが投げられる。



 ◆ ◆ ◆



 エリスと俺の産まれた村は、普通の村だったんだ。

 麦も平均的にそこそこ採れたし、街との距離感がいい感じに近かったおかげでよく来る冒険者が金を落としていった。

 そんな村に俺は農民として、エリスは領主の次女として産まれた。


 彼女は才気溢れる少女だった。

 剣の腕前は10歳にして村で一番になったし、魔法の才能も魔力も大きく、上級魔法を12歳には会得していた。

 都にもこんなに才能を持った者はいないだろうし、おそらく国で一番だろう。


 何度もエリスに国から誘いがきたけれど、彼女は一度も首を立てに振らなかった。

 なぜ断るのか聞くたびに、わたしにその誘いは不相応だよ、といって笑う姿が不思議でしょうがなかった。

 あまりしつこく聞くと彼女はフキゲンになるから、俺はあまり突っ込んで聞かなかったのだが。  

 

 そうそう、彼女は怒るとすごく怖い。竜だって裸足で逃げるくらいだ。

 一度彼女の父親である領主様が、俺を友達にしていることを批判されて彼女は大激怒した。

 そのころはまだ彼女は10にも満たない歳だったのに大人である領主様は震えていたし、俺もションベンを漏らしてしまった。

 彼女はそんな俺の姿を見て笑うと、領主様も曖昧な顔で笑った。

 それからは領主様も俺たちの関係にとやかく言うことはなくなったのだが。


 話がそれてしまった。

 エリスの勇者譚には関係のない話だったな。

 彼女ほどの女性だ。おそらく後世でも語り継がれることだろう。

 俺はそんな彼女を誇らしく思うし、この俺の書いた本がその勇者譚の始まりになるのかと思うと筆を持つ手が震える。


 また話がそれてしまった。

 俺は昔から彼女に君の話は長いなって言われては笑われる。

 そのたびに直そうと思うのだが、どうも性分ってヤツらしく、直らない。


 まあそれはいい、話を続けよう。


 いつもどおり彼女と話をして農作業をする。

 で、作業がひと段落するとまた彼女と話をしてから水浴びをして寝る。

 ルーチンワークってやつだ。

 

 そんないつもと同じ日にいつもと違うことが起こった。


 ドラゴン討伐に来た、という冒険者たちの来訪だ。


 ドラゴンなんて俺は見たことがないのだが、この村を中継して行動するくらいには近くに生息しているらしい。


 俺だって男だ。

 わくわくしたし、ドラゴンを倒す、という言葉はどうしようもなく胸を焦がした。

 だけど俺はそんな自分がいかに弱いのかを理解しているし、そんな俺がドラゴンに勝てるとは思っていない。


 だけど彼女は別だった。


 すでに彼女の才は街でも噂されるほどに有名らしく、そんな彼女をぜひ討伐隊に!という思いもあってこの村を中継地点にしたらしい。

 討伐隊のリーダーらしき厳ついおっさんがそう言うと、彼女はひどく悩んだ。

 リーダーは、考えておくといい、と言うと装備の点検と討伐隊のフォーメーション確認のために貸しきった酒場へ向かった。

 その後も彼女はめずらしく長く悩んでいた。


 やがて彼女は俺を見ると、君はどうしたらいいと思う?、と問いかけてきた。

 俺は、実力なら誰よりもあるんだし参加したらいいよ、と軽く答えた。


 彼女はそのときの段階ですでに冒険者でも並ぶもののないくらいの腕前の持ち主だったのだから。

 あくまで俺の村に来る冒険者のなかだと、だが。


 彼女は意を決したみたいで、酒場へと向かっていった。

 俺はその背中を見ながら、早くも土産話を期待して待っていた。

 俺には彼女の負ける姿なんて相手がたとえ竜でも想像できなかったのだから。



 しかし、出発していった彼女たちは予定日になっても帰ってこなかった。


 

 俺はすぐに荷物を整えると、彼女を追いかけていった。

 だてにずっと一緒にはいるわけではない。

 彼女から向かう場所について聞いてあるのだ。


 俺は一日かけて竜のいる地につくと、その荒れ果てた大地や焦げた草を踏んで彼女を探し始めた。

 正直怖かった。

 非力な俺だと一瞬ももたず塵にされるだろう。

 だけど俺には彼女を探しに行く以外の選択なんてなかったんだ。

 彼女の負ける姿は思い浮かばないが、同時に彼女のいない世界も思い浮かばないのだから。


 しばらく探していると、強く体を引かれた。

 そう、彼女だ。

 綺麗な金髪がくすみ、服も汚れているがたしかに彼女だった。

 君は馬鹿じゃないのか!、と怒鳴られる。

 竜なんか目じゃないくらいに怖いけど、俺は彼女を見つけられた安堵のほうが強くて思わず抱きしめてしまった。

 

 今思い返すと本当に恥ずかしいことをした。

 彼女も身をぶるぶる震わせていたし、きっと怒っていたのだろう。


 するとそこで咆哮が聞こえる。

 俺は彼女の怒りの声かと思ったが、その咆哮は竜のものだった。

 巨大な竜はその大きな翼をばっさばさと動かし、こちらに向かってくる。


 その大きな姿は見るものに恐怖を与えておつりが来るくらいに恐ろしいものだったけど、俺はちっとも怖くなかった。

 

 俺のすぐ近くには竜より怖い彼女がいるのだから。


 彼女は俺をトンッと突き飛ばすと、呪文を唱えながら竜の方向へと走っていった。

 その後姿は頼もしいもので、竜へと立ち向かうそれはたしかに勇者のものだった。


 結果的に言うと、彼女は勝った。


 当たり前だ。勇者が竜に負ける道理はない。

 

 俺は勝手に彼女の元へと向かったことで怒られることになるのだが、これはエリスの勇者譚だ。あえて省こう。



 それから彼女の元へと、正式に国から使者がやってきた。都からこの村までの距離を考えて、一年で使者がやってきたのは遅すぎるくらいだが、竜を倒したのが彼女だと伝わるまでのことを考えると、早かったのかもしれない。

 使者の告げた言葉は、彼女を正式に国で雇いたい、というものだった。

 騎士としての雇用ではなく、個人として国が認めて雇うのは異例のことだったので、今度は断るのに断れない話だった。王からの直々の命令なのだから。

 彼女はやはり悩んでいたが、俺が、俺も付き人としてついて行くから行こう、というと彼女はなぜか嬉しそうな笑顔で頷いた。

 たぶん個人雇用という異例の出来事に感動したんだろう。


 

 それからの毎日は多忙を極めた。

 有名な話だと、国の軍隊に混じって攻めてきた軍隊を相手に無双した話や、巨人が侵攻してきたのを一人で打ち破ったことだ。

 あまり有名でない話は、王暗殺のために友好国だった国から差し向けられた暗殺者を事前に察知して撃退した話だとか、エルフの隠れ里を魔族の手から救ったことだろう。

 

 俺はそれをだれよりもすぐ傍で見ていたし、どんどん活躍していく彼女の姿が誇らしく、傍にいられることに感謝していた。


 


 そんなある日、最大の事件が起こることになる。

 魔王が現れた、という情報が入ったのだ。

 ずっと小競り合いが起きている魔族の住む地で何百年に一人現れる巨大な力を持つ魔王は、その力で魔族を支配して、やがては人間の国にもやってくる、という予言があるので国の緊張は最大に達した。

 魔族の住む地は険しい大地で、大群で攻めるのは難しい場所だ。

 しかも事は一刻を争う、ということで決定したのは彼女の派遣だ。

 

 彼女のそれまでの実績は、一軍でも匹敵できないほどのものであり、まさに人類最強といってもいいだろう。

 そんな彼女が魔王討伐に向かうのはある意味当然であり、彼女もそれを望んでいた。


 さて、俺もついていくことになる。

 なぜなら彼女が心配だからだ。


 彼女は強い。そう、だれよりも。


 だけど同時に彼女は恐ろしく不運なのだ。


 最初彼女が竜を倒すのにあれだけ時間がかかったのは、彼女が竜に出会えなかったからだった。

 彼女が竜の住む地に到着してすぐ、彼女は討伐隊とはぐれた。

 あんな広々とした荒涼としている大地でどうやってはぐれるんだろう、と思ったが、彼女ははぐれたのだ。

 そう、化け物みたいに強いが化け物みたいに運が悪いんだ。


 軍隊だって巨人だって暗殺者だって隠れ里だって俺と一緒にいなければ彼女は倒すことが出来なかっただろう。

 彼女の逆で俺は恐ろしく運が良い。

 くじを引けば百発百中だし、なにより彼女と幼馴染だというのがなによりの証明だ。


 彼女と俺はコインの裏と表みたいなものなのだろう。

 強くて不運な彼女と弱くて幸運な俺。

 それすらも幸運に思えてしまうあたり俺は彼女に骨抜きみたいだ。


 

 さて、彼女は反対したが、俺は説得をしてついて行くことになった。

 彼女を見送るパレードは都で有数の動員数になるイベントになり、俺はやはりそんな彼女の人気が誇らしい。


 魔族の住む地に着いたのは一週間ほどの旅をした後だった。

 この地は俺たちの国ではないので国境をわたることになったのだけど、どの国も彼女を歓迎し、盛大に見送った。

 彼女の強さはどの国にも知られていたし、彼女の優しい性格は国外にもファンを作っていたのだろう。

 魔王の出現が人間に団結をくれたのだから、案外魔王というのもいいものだ。


 

 魔族の住む地に到着し、魔王を討伐に向かう俺たちは何度も襲撃を受けた。

 彼女は持ち前の運の悪さを持ち前の強さで乗り切り、道を切り開いていった。


 俺は戦いについてはまったく力になれない。

 だから彼女よりも強い相手に戦っているとき、運の悪さが祟っても助けることはできない。


 まあ身を盾にしてでも俺は彼女を助けるだろう。

 俺は彼女が死んでしまうのは耐えられない。

 彼女を救って死ねたのならばそれはなによりも嬉しくて、俺は自分自身を初めて誇ることができそうだ。


 明日は決戦だ。

 すでに魔王城は見えており、この本を書くのも最後になるだろう。

 

 出来れば起こって欲しくない未来をここに書いおく。

 

 そして俺は今から眠り、明日彼女が魔王と戦う姿を記録したい。

 

 それじゃあ


 おやすみ。エリス。


 ◆ ◆ ◆


 その後、歓迎パレードで出迎えられた勇者の顔は無表情であり、魔王討伐に成功した者の顔としてふさわしいものではなかった。


 その表情について、さまざまな憶測が飛び交う。


 曰く、優しい勇者は魔族であっても殺したことに罪悪感を覚えているのだ。

 曰く、本当は魔王は倒されておらず、今も生きていると勇者は知っているのだ。


 その全ては憶測であり、真実を知る二人はもうすでにこの世にいない。


 

 

  


  投げられたコインは表に嗤う。



作中の『表と裏』作者とエリスの考えはとある一点以外は正反対です。

そこら辺を意識して読んだり、エリスの気持ちで読んだりするとより楽しめると思いますのでぜひ試してみてください。



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