悪夢のはじまり
深夜にもかかわらず屋敷中が騒々しい。
4つになったばかりのナツは騒がしさに目を覚まし、シーツの間をすり抜ける。
両親が不在だったために召使いが寝る前に読み聞かせてくれた絵本を横目にそーっと自室と廊下を繋ぐ扉に耳をあてる。
「旦那様と奥様が戻られたが身体は氷の様に冷たく、気を失っている。牛飼いが酷く混乱している馬を見つけ旦那様と奥様の所までたどり着いたそうだ。」
「意識は戻らんのか。」
「身体を温めるんだ。暖をとれ、お湯もだ。」
「医者はまだか!」
「まて、これは普通じゃないぞ!?魔法か?」
ナツは扉の向こうから聞こえてくる声に唇が渇き、頬を汗が伝い、寒気が襲ってきた。
幼心にもわかったのだ。両親の身が危ういことを。
「おや、お嬢様夜更かしはいけませんよ。」
キィーっと音を立てナツが耳をあてていない方の扉が開く。
そこには扉を開けたクレマチスの姿があった。
「クレマチス、何があったの?パパとママが帰ったの?」
幼い手のひらでクレマチスを一生懸命に掴む。その手は可哀想に震えていて、瞳は既に水溜まりをつくっていた。
クレマチスはこの小さな子が今の状況に気付いていることを悟った。
外からは光がさしている。あれからどれほど泣いたのか。
どうすればあの小さな瞳からこんなにもの涙が出てくるのだろう。
そう思わせる程の涙を流したナツはいつしか泣き疲れて寝てしまっていた。
それは無理も無いことで、あの後にクレマチスと共に両親の姿を見た。
肌は青白く冷たく、目を瞑っていた。
辛うじて息をしていて、間違いなく生きているの。
しかし、何度呼んでも返事は返って来なかった。
名医に診てもらうも首を横に振られた。
どこからともなく現れた老婆はこれを魔法と言った。
この世界には魔法使いがいるという。
それは特別な存在ではなく誰しもに可能性があった。
しかし、魔法を使うには何らかの条件があり、魔法を使う個人によってその魔法には特色があった。
魔法を説くのは魔法。それ以外にないのだと老婆は言った。
誰もがその老婆の正体は知らぬが、魔法使いと言うことだけは理解していた。そして、老婆を追求するほどの余裕は誰にもなかった。
ナツの両親は眠り続ける。