元気姫
「クレマチスーデートしましょ」
広い屋敷に幼女の声が響いた。
「お嬢様、その前に食事マナーのレッスンがございます。」
幼女が背広を着たひょろりとした男に後ろから声を掛けその脚にしがみつく。
「嫌よ~息苦しくって、先生は怖くて私毎日泣く思いでレッスンしてるのよ。」
「いいですか?お嬢様は将来この国の女王になるのですよ。王子様の許婚ですからね。そのために必要なレッスンなのです。」
背広の男は頬を膨らまし見上げてくる幼女の視線に合わせる為に膝をつき、幼女の手を包むように両手を握り話す。
「それは違うわ。私はクレマチスと結婚するの!だからレッスンなんて必要ないわ。それに最低限のマナーはわきまえてるつもりよ!」
幼女よりもはるかに広い肩が大きなため息と共にがっくりと落ちた。
「わかりました。わかりました。その話は後でゆっくりしましょう、デートの時にでも。しかし、そのままレッスンに行かないのは困ります。教育係の私が叱られてしまいますから、お願いします。」
もうなんと言っても聞いてはもらえないだろうと己の身を盾に幼女に願いを告げると幼女も仕方なしに頷いた。
「あぁ、それと今晩のお誕生日会忘れないで下さいね。」
レッスン部屋に入ろうとした幼女を呼び止め一言かけると、幼女は親指を立てgoodサインを送った。
…やれ、困った姫君だ。
背広の男、クレマチスは本日二度目のため息をもらした。
「やぁクレマチス、今日もお嬢様は元気みたいだね。いや、元気過ぎるみたいだと言った方が正しいかな。」
クレマチスが立ち上がった所にちょうど白髭をはやした語学のレッスンを受け持つ老人が声をかけたのだ。
「おはようございます。Mr.リックスマン。えぇ、ナツお嬢様は今日も“元気過ぎ”てますよ。」
「ご両親方が眠りにつかれてもう2年かね。早いのか遅いのかあの小さな胸にはどう感じられているのか、わしにはこれっぽっちも想像出来んよ。」
「私もですよ。あの日からお嬢様の涙は疎か、弱音すらも聞いていないんです。まだ生きているのに眠ったお姿を見に行くことも、部屋に近寄ることもないのです。」
しばしの沈黙の後、二人はそれぞれの仕事に戻っていった。