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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

影の緑眼

作者: 五部 臨

 ああ、やはり大嫌いだ。


 私はあの女を睨んだ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――




 夏の日暮れ。ヒグラシが鳴く。その頃に、取材から戻ってきた。普段、騒がしい部室には珍しく人がいなかった。


 がらんとした部室は丁正大学にあるサークル、我らが新聞研究会だ。文芸部やオカルト研究会、漫画研究会なんかで肌の合わなかったものか、それらを掛け持ちできるような人が多い。


 それだけに他に行く場所のない連中が溜まっているかことが多いから、人がいないこと事態希有なことだ。しかし、鍵も閉めないのは不用心ではないかと、ぶつりと文句を言う。


 途中、姿鏡に自分の姿が映る。なんとまあ、特徴のない女であることよ。首から提げたカメラがまるで本体みたいに目立つぐらい。まあそれ以外どこにでもいるような、地味なヤツだ。

 思わずため息を吐く。まあ、仕方ないさと諦めるように肩をすくめる。



「まあ、いいや、原稿、あげちゃいましょう」



 新聞研究会は、新聞を研究しているというよりは、学内向けの簡易新聞を作ることを目標としている。この新聞はまあ、部数は少なく、内容も大したこともないが、それなり続いてきている。


 私は、中堅ぐらい。オカルト研究会の派閥争いと痴情のもつれがドロドロと合わさった騒ぎから逃げ出して、この研究会に入ってきた。まあ、文章を書くことも嫌いではないし、新聞に書く内容も各人の好みで書いていいので、やっていることはオカルト研究会で会誌なんかを作ってた頃と大して変わらないけど。


 ほぼポータブルサイズのパソコンを起動して、ぽちぽちと今回の取材内容を取材用のメモ帳から書き写す。


 今回は縁切りのおまじない関連である。特に面白いのは沼の鏡という方法だった。


 ある沼の近くに手鏡を持って行き、古い携帯電話と共に並べる。そして、その携帯電話のアンテナを切り取り、沼へと捨てる。残った鏡は電話と共に決して見つからない所へ埋める。こうすると二度と相手から連絡がこないという。


 現代機器と呪いというのは相性が素晴らしい。どんどん増えるし、新雪を踏むみたいで、ネタにすると気分がいいものだ。



 そんな風にぽてりぽてり進めていくと、人がやってくる。


 入ってきたのは女だ。私と同じように首からカメラを提げている。だが、私よりどっしりとした品である。格好は派手なもので、さっと開いた胸元と極彩色の衣がなんともまあ、似合っていた。



「おはようございます」

「ああ、おはよう。もう夕刻だがね」


 我らが部長だ。同じオカルト研究会脱出組である。もっとも彼女の方はまだあちらと付き合いがあるらしい。


「丁度、渡すものがあってね」

「はあ」


 そういって微笑む。苦手な笑いだ。勝ち誇っているように感じられて嫌だった。本人は絶対そうは思っていないだろうけど、どうもこの人の笑いというか仕草というか、態度が苦手だった。嫌いな人ではない。むしろ尊敬だってしている。しかし、どうも最近彼女と距離を取りたくなっていた。


「ほら、前いっていたヤツの資料だ。それじゃ、私はまだ用があるんでね。失礼するよ」

「あ、すみません」


 そういう部長に向かって、私は必死に笑みを作る。彼女は満足すると立ち去る。


 私はため息を吐いて、資料を手にとった。『現代呪法』と簡素な明朝体で書かれた資料である。


 ぱらぱらと私はその資料をめくった。『沼の鏡』と書かれた話が調べ尽くされている。


 もう一度、私はため息を吐いた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――



 帰りの電車で見れば見るほど、その資料は完璧だった。『沼の鏡』の儀式を行う時間や、元になった和歌を処分する方法などが詳細に書かれている。


 和歌には送るものと返すものがある。

 昔、和歌は貴族のナンパに使われた方法で、気のある人間に送りつけたりする。

 そのうち相手から送られてきたものを沼で処分し、返し用に作った和歌をどこかに埋めるらしい。鏡は元々はその返しの和歌を書くときに使った硯に、水を満たしたものらしかった。


 私の取材や情報網ではまったく分からなかったことだ。同じことを調べ上げるのに、私は倍の時間がかかるだろう。それをさらりとこなす。すごい人だとは思う。しかし、胸の奥がもやもやとしていた。



「君の記事、部長さんが書いたヤツに似てるね」

「君は部長さんと同じようなことを書きたがるな」

「君は部長のマネばかりしたがるね」


 他の先輩がそんなことをいっていたのを思い出す。言葉が脳でリフレインする。


 ああ、面白くない。


 なんだか、もやもやとしたなにかが緑色の目でこちらを見ているような気がする。


「つまり、あいつらは、おまえはあの女の影でしかないといっているンだ」


 緑眼の何が言う。私はそいつの言うことを無視してバックに資料を放り込んだ。

 バックの中には携帯電話、ファンデーション、口紅なんかが申し訳程度に入っている。化粧品は彼女に勧められて購入したのだが、つけることはためらわれた。同じ時に派手めの服を進められた。試着だけ、してみると、まるで彼女みたいだった。私は顔をしかめて試着を終えると、逃げるように帰った。


「そうさ、つけてしまえば、おまえは完璧に影なンだからな」


 ぐつぐつと緑眼が言う。



 いつだって部長は私の前を歩いていた。


私が追いつこうとしてもせいぜい影を踏むの限界であり、彼女の通った道を歩くしかないのだ。彼女に追いつきたくても追いつけない。横道にそれて別のことをためしたり、必死に別の要素を取り入れた。


 占いコーナーなんかを作ってみたら意外と好評で、みんな見てくれはした。



 でも別の先輩が言う。



「アイツ、飽きちゃったみたいだけどさ、昔こんなのやってたんだよね。それも結構当たるんだ」



 それから、何をしても、うまくいかない。彼女の影から抜け出せないのだ。何をしててても部長の影がある。


 部長は今年で卒業だ。


 同世代の部員は、部長の書いていたコーナーの引き継ぎを、私に求めていた。この資料もそれ用のネタをまとめたものなんだろう。



 まっぴらだ。



 私は、部長の影なんかじゃない!


 そう叫び出したい反面、彼女の言うとおりに動く確実性が邪魔をする。いい記事を書ける。彼女のマネをするだけでいいのだ。しかし、劣化した部長として延々とあと何年か記事を書くのは苦痛なのだ。


 私は私の記事を書きたい!


 そう心で叫んでも、だれも答えない。そもそも、私が私の記事を書けないのはだれでもない私のせいなのだ。彼女に追いつこうとする限り、彼女の後ろを追うだけなのだから。


 部長は私の記事をよく添削し、評価する。彼女の評価や添削どおりやればどんどんうまくいく。

 そして私はどんどん彼女の影に埋もれていく。


 彼女はいつだって正しい。だから尊敬している。すごい人だと思う。



 だから憎い。私はいつだってあの人の後ろにしかいない。



 新聞の記事だって、きっと彼女の代用品でしかないのだ。


 ごぼごぼと汚い感情が痰のように張り付き、私の中で蠢く。


 正しいから、言えない。


 どんなに反論しても、彼女の絶対的に正しく、私より鋭い意見に敵うはずもない。


「縁、切ればいいンじゃねぇか。二度と会わなければどうにでもなるさ」


 緑眼のそいつが言う。


 そうかな。


「そうさ」



 がたんと電車が止まった。私はついでに途中下車した。 



――――――――――――――――――――――――――――――――――




 資料の指定する通りの時間。子の刻に私は沼に着いた。それは暗い林の中にある。月の明かりと外灯の灯りはちらちらと見えるからあるくには困らない。これを処分したら帰りはどうしようかなどと考えたが、面倒になって止めた。


 どうでもいいや。


 自棄が理性を除外した。

 縁が切れれば彼女と合わなくなる。彼女の影で無くなる。それが重要であって他はどうでもいい。


 心の中の緑眼が蠢いて私を焦らす。


 手鏡を取り出して、地面に刺す。北の方位へ鏡面を配置した。


 部長が持ってきた正式の方法ではない。私が自分で調べた方法である。


 私はワザと丑の刻になるのを待ち、それから儀式を始める。


 まず事前に切っておいた携帯電話の電源を入れた。電波の繋がった状態でないと縁が断ち切れないからだ。はさみを取り出してアンテナを切り、沼へ投げ捨てた。

 

 そうして、がさがさと林の中に穴を掘り始める。隠すのならこういう所の方がいい。そう思って閉じたはさみで辺りを掘り返した。


 するとプラスチックの割れる音と共にアンテナの切られた古い携帯電話が出てきた。まるで狙ったように、まるで私の行動を予期していたみたいに。みたことのある電話だ。部長が去年まで使っていたのと同じ型だ。まるでここまでの行為までも彼女の影に支配されているみたいだ。


 私は泣き出しそうな顔で、その携帯電話を沼へ投げ捨てた。


「どうして! どうしてなのよ!」


 林にむなしく声が響いた。すると私の携帯電話に着信が鳴る。部長からだ。アンテナが多少断ち切れても電波は届くらしい。

 力ない声で私が出るとお説教が待っていた。


 家に連絡もなく沼にきたため、いろいろな場所に電話がかかってきたらしい。


 私はあやまりながらも、彼女の正論が酷く不愉快に感じられた。

 なぜ、そんなにこの人は正しいのだろう。正しさを常に言えるのだろうか、ああ、うらやましい。



 あえて弱々しく装って、私は部長に、沼に来てほしいと助けを呼んだ。そしてすぐに電源を切る。


 きっとあの人は来るだろう。

 来なかったらこの呪いは成功したのかもしれない。


 もし来たのならと、私ははさみを強く握った。さっきまで相対していた緑眼はいつの間にか消えていた。


「ああ」


 熱っぽい声が出る。


 頬が熱い。部長が来てくれることを私は望んでいる。尊敬する彼女をこの手で断ち切ることを。



 今だに地面に刺さっている鏡には、私が嫌いな奴の顔がしっかりと写っている。



 ああ、やはり大嫌いだ。


 私はあの女を睨んだ。



 鏡に写った私は緑色の眼を輝かせ、じぃっと睨んでいた。





 了




――――――――――――――――――――――――――――――――――

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