裏162話
イヴ姉さまはイズミの持っていた腕輪を一組壊して残ったもう一つの腕輪をあっという間に強化しました。
そして、話し合いに乱入する形でパンプキンにルナシェイドに関する情報を与えると、その結果として事態は一気に動く事となりました。
「うーん。予想以上に早いねぇ」
イズミとロウィッチの姿をしたイヴ姉様はミズキさんたちと別れると、パンプキンがルナシェイドに向かって行くのを眺めつつ、サンサーラエッグ村に向かっていました。
そしてやって来たのはサンサーラエッグ村のシンボルである巨大な卵形の岩の裏手でした。
「その……」
「おハローお母様。ご機嫌いかがですか?」
イズミが何故ここに来たのかを問おうとする前にイヴ姉さまは卵形の岩に向かって場違いなほど明るい声を掛けます。
でもお母様?イズミがお母様と呼ぶあの人なら『塔』の外に出ることはまず無いはずだし、ここに居る神様と『塔』はどちらかと言えば敵対関係のはず……なのにお母様?
「私の知り合いの姿と声で喋らないでくれますか。虫唾が走ります」
「!?」
「わーお」
イズミがイヴ姉様の言葉に疑問を抱いていると卵形の岩の表面が波打ち、そこから一人の女性が明らかに怒気を纏ってイズミたちの前に現れました。
「お母様ってば『高貴なる赤薔薇』に『文明の黄昏』、しかも『虹の布紐』まで、割と本気でキレてます……」
「えっ!?」
「虫唾が走ると言ったはずです」
そして女性が外に出て来てその顔をイズミが認識するよりも一瞬早く女性の姿がイズミの視界から掻き消え、次の瞬間には女性が右手に持ったバラの豪華な装飾の施された赤いレイピアを横に振り抜いてイヴ姉様の首を刎ね飛ばし、左手に持った緑青色のリボルバーから黒い弾丸が放たれて刎ね飛ばされたイヴ姉様の頭を粉々に粉砕した後、虹色のリボンで束ねた髪を優雅に揺らしていました。
何をしたのかは結果を見れば理解できました。けれど、その過程をイズミの目で捉える事は出来ませんでした。
正に神速と表現する他ないこの攻撃をこの世界で出来る相手についてイズミが心当たる人物ではただ一柱。
つまり目の前に居るこの方こそがパンプキンの仕えているこの世界の最高神。その人なのでしょう。
「……」
頭を失ったイヴ姉様の胴体がイズミの目の前でゆっくりと倒れていきます。
流石のイヴ姉さまと言えど頭を失っては行動……
「いやー、相変わらずの剣技ですねー」
「!?」
が、途中で地面に手をつくと、ついた手を支点にハンドスプリングをし、空中で何度か回転、最後にしっかりと決めポーズを付けて足から着地します。消し飛んだはずの頭を再生させ、本来の姿に戻った上で。
その光景にイズミは口を馬鹿みたいに開けてパチパチと激しく瞬きをしてしまいます。
でもそれもしょうがない事だと思います。今の一撃は完全にイヴ姉様の命脈を自身を為すための根幹から破壊したはずでした。なのになんでも無いように一瞬でイヴ姉さまは復活した。
それはあまりにもイズミとはレベルが違い過ぎてイズミの頭では理解できない光景でした。
「完全に滅びの力を叩き込んだはずですが、ダミーだったようですね」
「種明かしはしませんよー。それはさておいて、お母様に質問です。『今のお母様は何者ですか?』」
復活したイヴ姉さまは嬉々とした顔で女性……まるでイズミの知るお母様を成長させたような女性に声を掛けます。
「今の私はリーンカーネーションであり、その役割は他の私のせいで傷ついた魂を集め、救済する事。そしてこの世界に生きる者の為にアレを落とすための手筈を整えることです。なにせ誰かさんが私を滅びる寸前にまで追い込んでくれた上にアレを送り込んでくれましたからね」
女性は尚も怒った顔で笑顔のイヴ姉様の質問に答えます。
それにしても他の私?うーん、姿が似ている事から考えると、もしかしてお母様や魔神の事かな?イズミの持っている情報だと確証は得られないけど力のある神様なら自分の身体を分割することも出来るらしいし。
「ふうむ。つまり『根』では無く『輪廻』になったわけですかー。それは僥倖ですねー」
「何が僥倖ですか!貴方は一体自分の策がどれだけの人を傷つけたと思っているのですか!どれだけの悲劇を生んだと思っているのですか!どれだけの災禍を招いたと思っているのですか!!」
「リーンお母様は優しいですねぇ。一々そんなのを気にしてる神様なんて圧倒的に少数派ですよ?後、怒り過ぎると身体に悪いですよー」
「このっ……いえ、これ以上当り散らすのは無駄ですね。全く以て本当に貴方は私に似過ぎている……」
「クスクスクス。だから失敗作なんじゃないですかー。まあ、それ以外にも失敗作呼ばわりされる原因は色々ありますけどね♪」
イヴ姉様にリーンお母様と呼ばれた女性は苦虫を噛み潰したような表情のまま岩で出来た座椅子を地面からせり出すとそこに座り、イヴ姉様は女性のそんな様子をニヤニヤとした顔で眺めています。
その表情になんだかイズミまで腹が立ってきた気がします。
「まあ、いずれにしてもアレですねー。こっちのお母様が変わったのなら、あっちのお母様のお願いとも現状では両立できるようになりますねー。いやー良かった良かった」
「……。ついでに『箱舟』探しも手伝ってくれればラッキーとか言いだしそうですね」
女性の口から『箱舟』と言う単語が漏れた瞬間、急にイヴ姉様の顔つきが普段のへらへらとしたものから真剣なものに変わりました。
「……。いえ、アレは近づくだけでも危険ですから他の誰にも探させる気はありません。仮の話ですが偶然でも何でもとにかく見つけた時には何を捨て置いてでも直ぐに逃げてください」
「そう……ですか。なら、私は素直にこの世界で隠遁生活を送らせてもらうとしましょう」
「逃げるとは言いませんか」
「言えませんね。今の私はそう言う存在です」
「はぁ…………」
女性の答えにイヴ姉様が珍しく溜め息を吐きます。
そして長く重い溜め息の後に普段のイヴ姉様に戻ります。
「どのお母様も頑固者で困るのニャー。まあ、そう言う事なら後はタイミングを見計らうだけなのニャー。ニャーニャーニャー」
何だかやけっぱちな様子でイヴ姉様が指と腕を高速で動かして何かをします。
と言うかイヴ姉様キャラ壊れてませんか?
と、ここでイズミに向かってイヴ姉様から分厚い紙の束のような物が手渡されます。
「これは?」
「あ、イズミはルナシェイドが落ちたらこのマニュアルに従ってルナシェイドの動力炉をバラしてから回収しておいて。私はこっちを頑張らないといけないからさ」
「え?イズミはそんな事……」
「大丈夫!解体をしくじってもこの世界が滅びて、この世界に生きる高位存在以外の存在が魂ごと再生不可能なレベルにまで砕け散るだけだから!」
「「!?」」
イヴ姉様のその言葉を聞いてイズミは急いで貰ったマニュアルを読み進めます。
こうなったらもうイヴ姉様は意見を曲げません。イズミがやるしかありません。やるしかないんです!と言うか何の嫌がらせですかこれは!?
「じゃ、私は失礼しますねー」
「やっぱり貴方は……貴方は……」
そしてイズミがマニュアルを急いで読む中で女性は震えながら立ち上がり、上空でパンプキンがルナシェイドに自爆攻撃を放つと同時に……
「失敗作です!」
「ばいにゃらー♪」
女性が世界の外に逃げ出すイヴ姉様にレイピアを振り、卵形の岩がその余波で粉砕されました。
……。『塔』に帰ったらお母様に報告してイヴ姉様に何かしらの制裁を加えて欲しい。割と本気でイズミはそう思いました。
南瓜が空で戦っている頃地上ではでした。
07/05誤字訂正