裏153話
ロウィッチがフルボッコにされますので、苦手な方、ヤバいと感じた方はご注意を
「…………」
ゲートを抜けた先に広がる……ああいや、正確に言えば広がってはいないか、ゲートを抜けた先に有るのは文字通り何も無い場所なのだから。
だから造りだす。
俺が立つのに適した仮初の大地を、望むに適した仮初の空を、力を使うのに適した仮初の神殿を。
ここまでやっても力の差は一切埋まっていないと言い切れるが、場を作らなければそもそも『神喰らい』がこちらに来ることも無いだろうからしょうがない。
「出来上がりっと」
そうして出来上がったのは直径にして100m程の花畑であり、所々に幾何学的な文様が装飾として刻み込まれた柱が立っている。
加えて出来上がった場に幾つかの仕込みもしておく。
予めやれるだけの事をやっておかなければ後で後悔してもし切れないだろうしな。
「来たか」
「へー、私に喧嘩を売るためだけに随分と洒落た舞台を整えたものだねー」
そして俺の準備が整ったのを見計らったかのように空間に亀裂が走り、出来上がった亀裂を押し広げて出来上がった空間から赤系の鎧を身に付けたオレンジ髪の女性が出てくる。
女性の二つ名は『神喰らい』。
己が欲望のままに神すら喰らい尽くす暴食の邪神であると同時に、幾つもの神宝を作り上げた名工でもある。だったか。
「ふむ、貴方はチーさん家の子だね。一応言っておくけど今の私は……」
『神喰らい』が何か話を始めようとする前に俺は駆け出し、先手必勝と言わんばかりに杖の先端に現状で込められるだけの魔力を込めて刃を造りだし、『神喰らい』の首に向けてその刃を振るう。
「なっ!?」
「誰かに害を為すためじゃなくて、出来る限り多くの人にとって最良のエンディングを迎えさせるために動いているんだけどなー」
だが『神喰らい』の首に刃が触れた瞬間、装備品と場によるブーストを掛ける事によって俺の人生最高の一撃と確信できる程の力を秘めた刃はあっけなく砕け散る。
「まっ、そっちがやる気なら火の粉ですらないけど一応はふり払わないとね」
「ッ!?」
次の瞬間、俺の腹に強い衝撃が走り、気が付けば俺が作り上げた場と外の境界線にまで俺の身体は吹き飛ばされ、それから一瞬の間をおいて俺の全身にまるで身体が粉々に砕け散るような衝撃が走り、そこから更に一瞬の間をおいて何かが弾け飛ぶような音がする。
「ぐはっ……」
俺は口から血を吐きながらも『神喰らい』の姿を見る。
「ふうん。一応肉体を完全に破壊する気で攻撃したんだけど、これで死なないなんて凄いねー」
だが、その姿を見て俺の思考は混迷を深める。
何故なら『神喰らい』は一歩も動いていないどころか、指の一本すら動かしていなかった。
しかし魔法やそれに類する力が使われた気配も無かった。
「ぐうっ……」
「へえ、起き上がれるんだ」
何をされたのかすら理解できない。
それはつまり俺と『神喰らい』の間にはそれだけの実力差が有る事に他ならない。
まったく……本当に絶望しか無いな。
だが、ここで退いたなら何の意味も無い。
「くすくすくす。まだやる気なんだね。じゃあ、もう少し舞台を広げようか」
「化け物が……やってくれる……」
俺が起き上がって杖を構えるのを見た『神喰らい』が一度指を鳴らす。
すると、俺の為に作り上げられたはずのこの場が大きく広がっていき、森が出来、丘が出来、山が出来、川が出来、海が出来上がる。
片手間以下の作業で俺が作り上げた場の数倍の空間を作り上げ、しかも俺にとって都合のいい法則を行き渡らせるとそれを一つの世界として固定してみせる。
俺も『神喰らい』も人間から見れば同じ神の領域に有るはずだが……はっきり言って俺とは戦闘面も含めてあらゆるレベルで違いすぎるな。こんな真似を出来る神は早々居ないだろう。
「それじゃあ、頑張って逃げてみようかー」
「つっ!?」
そして俺がその現象を理解している間に『神喰らい』は数を数えるのも馬鹿らしい量の黒い球体を作り出して宙に浮かべる。
大小様々なその球体は小さい物はピンポン玉サイズであるが、遠方の方にあると思しきものは山のような大きさをしていた。
だが問題なのはその重量。周囲の空間に及ぼしている重力効果が確かなら、その重量はピンポン玉サイズの物でも数万トンは間違いなくある。
一応重力を遮断する術も俺は持っているが、それはこの黒い球体たちがぶつかった際の衝撃を防ぐようなものでは無く、俺自身の防御能力はブースト分を含めてもこの攻撃を防げるようなものでは無い。
おまけに恐らくだがこの球体には各種魔法金属が含まれているから、掠っただけでも致命傷になる可能性が高いし、周囲の空間に与えている影響からしてその配合や発生させている方法等も違う可能性がある。
「頑張ってなのニャー♪」
「この……」
『神喰らい』が豆粒ほどの点に見えるほどの距離まで事前の動作も無く転移すると同時に黒い球体たちが俺の今居る場所に向かって落ち始め、俺は慌てて箒を呼び出すとそれに跨って回避行動を取り始める。
「くそっ……舐めやがって……」
俺は大小様々な黒い球体を回避しつつ攻撃のための力を集めていく。
『神喰らい』が俺を舐めているからなのか黒い球体たちの軌道は直線的であり、異常なまでに大きい物とその影に隠れるような小さな物を除けば簡単に回避することが出来るようなっていた。
「おおー」
「ぶっ飛ばしてやる!」
故に俺は容易に『神喰らい』の目の前にまで接近することに成功し、一瞬ではあるが転移を防ぐ結界によって『神喰らい』が逃げ出す事を防ぐと、俺の全魔力を込めた拳で『神喰らい』の右頬を殴りつける。
そして俺は見る。
「ッ!?」
俺の全魔力を込めた一撃を受けても産毛の一本すら動いていない『神喰らい』の姿を。
そして俺は見てしまう。
「「「やるねやるねぇ」」」「「「でもでもまるで力不足」」」「「「それでもご褒美はあげましょー」」」「「「私相手にこれだけもったなら」」」「「「褒められて然るべきだしね」」」
『神喰らい』の口から外に出された舌と、その舌の上に無数の小さな口が有り、小さな口がそれぞれ別の言葉を別の声で発しているその光景を。
そして理解する。
「一つで間に合わないなら」「「二つの口で」」「「二つの口で間に合わないなら」」「「「三つの口で」」」「「「三つの口で間に合わないなら」」」「「「「「無数の口で」」」」」
「うっ……あっ……」
俺の行動は時間稼ぎどころか、『神喰らい』にとっては暇つぶしになっていたかも怪しいと言う事実を。
そしてそれを理解したが故に、
「くそおおぉぉ!!」
「「「私に喧嘩を売って」」」「「「逃げないのは素晴らしい」」」「「「だから逃げない勇者には賛美を」」」「「「与えるとしましょう」」」「「「では」」」
俺は全力で、まるで駄々っ子のように、少しでも『神喰らい』の気を逸らして満足させてやることによって時を稼ぐために、殴った反動で手の皮が裂け、肉が弾け、骨が折れても再生では無く攻撃に力を回し続けて殴り続ける。
けれどそんな俺の攻撃をまるで意に介さない様子で『神喰らい』は手を動かして巨大な一つの球体となった宙に浮かび上がらせる。
「バイバーイ」
「っつ!?」
そして次の瞬間、黒い球体に一本一本がビルのような大きさの牙が生え揃った巨大な口が生じると、『神喰らい』が俺の妨害など無かったと言わんばかりに前兆も無く転移能力で移動し、俺は逃げる暇も無く黒い球体に飲み込まれた。
『神喰らい』はこれで本気どころかお遊びですらありません。人で言うなら目の前を飛ばれた小バエを片手で振り払うレベルでしょうか。
正にチートですね。
尤も彼女の力は途方もない年月をかけて自力で積み上げ、研ぎ澄ませたものなので、これをチートと呼ぶのは少々間違っているかもしれませんが。
06/25誤字訂正