実験試験
30xx年、日本。
少子高齢化が強まり、若年層は労働力として認知される世界。
円安が進み、日本のGDPは著しく低下。
モバイル機器も、操作がどんどんと簡易化。
今や、流行りの起源は40代以上が作り、
令和のものは懐かしいとされる。
そんな世界の、とある女性のお話。
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ふわ、あぁ。
ん、んん。今何時だ?
5時?なんで私こんな早くに起きたんだろ。
あ、そっか。今日は「試験」があるんだった。
…。
だるー。
眠い目を擦りながら、体にムチを打つ。
今日は、「試験」の日。
日本国籍の規定年令に達した男女に実施される。
義務であり、日本全国に試験会場が置かれる。
欠席は許されず、三日程ある中、必ず一日は行かねばならない。
どのような問題が出題されるかは極秘で、
結果等も返却されない。
十数年前から実施されている、この「試験」。
実施直後こそ、異論や違和感はあったものの、
今や誰もが通る、恒例行事になっている。
なので、私も例外なくこの「試験」を受けなければいけないのだ。
なんで休日にやるんだろ。
週に、たった一日の休日を使いたくないなー。
まぁ、受けなきゃ捕まるし。
受けるしかないし。
みんな受けてるし。
しょうがないかぁ。
必要なのは、筆記用具と、夏だから水分補給ができるもの。
電子機器は持ち込み禁止か。
なんでこの時代に、紙に筆記でテストなんだろう。
スマホとかで自宅で受けれないかなぁ。
よし、準備できたし。
時間は...余裕あるけどまぁいいか。
電子ロックのキーを開け、部屋を出た。
ここは巨大なマンション。
10階建てであり、私は8階に住んでいる。
途中、気怠げで生気を感じない、若い男とすれ違った。
飢えているようにも、満たされているようにも見えた。
このマンションの住人はすべて40歳以下だ。
近年はこのような、世代別集合式集合住宅のマンションなどが急増している。
少子高齢化により、子どもが足りない今。
世代に分け、住ませることで、出会いの場を増やそうという目的らしい。
そのため、1階のロビーには、シャワー、ベッド付きの誰でも使える
個室が多く用意され、
合コンまがいのことをさせるための、大小様々なラウンジさえある。
正直、政府の意図が見え見えで吐き気さえしてくる。
極少数派の朝から元気な連中を蔑みながら、
大きな玄関ドアを通り、外へと繰り出す。
ここは県内では比較的都会なため、試験会場も歩いていける。
騒がしい作業音や、広告。
無意味な、若年層によるAIや社会への反対運動。
耳が自動的に受け流せるまでに聞き慣れた、雑音の中で歩を進める。
あと数分で着くというところで思いがけず、阻まれる。
近年、警察による規制が大幅に緩和されたことで生まれた、
横柄なナンパ野郎どもだ。
もう慣れた。
昔からよく声をかけられ絡まれた。
長ったらしい常套文句を口にしながら、擦り寄ってくる。
いちいち丁重に断ることも面倒だ。
長い文章を話すな。簡潔にまとめろ。そして、お前と私は不釣合だ。
この3点だけ言えば、臆する。
あとは堂々と歩けばいいだけなのだが。
今回は面倒くさいパターンだ。
歩こうとすると逆上して、周りの取り巻きで私を囲んできた。
ジリジリと詰め寄られ、裏路地へと歩くように言われる。
もしここで言われるがままにすれば、5時間コースだろう。
しかし、こういうときには対処法がある。
至ってシンプルだ。
とにかく高い声で、キャー、と悲鳴を上げる。
メディアに出てくるような大げさな声でだ。
そこで周りの注目を引く。
掃いて捨てるほどいる中年を見つけたら、
思い切り可愛い子ぶって、助けてください、と話しかける。
謎の正義感に駆られた中年は、私を助け出す。
予定通りだ。
さらに目をキュルキュルさせて、礼をいう。
中年は、いいよ、と一言いい、立ち去る。
ちょろい。ちょろすぎる。
中年に再度礼を告げ、会場へ向かう。
この対処法は、ある程度のルックスが必要だが、
私にはある。
少し早足で会場へ向かい、
開始より十分早くつく。
受付の人に声をかけ、免許証を見せる。
「淡竹 笹芽衣様ですね」
そう言われ、頷く。
受験票のようなものを渡され、会場の中に入る。
シンと張り詰めた空気が漂う。
緊張か。
それを取り繕うとする引きつりか。
試験会場Ⅲと書かれた部屋へ向かう。
入口に座席表のようなものがあり、自分の番号と一致する席へ向かう。
部屋の中には、十数個の監視カメラが無機質な音を立て首を回している。
席には椅子に座って正面、右、左に高い仕切りがあり、隣は見えない。
それに机には、小型のワイヤレスイヤホンのようなものが置かれていた。
忘れ物かと思ったが、配布された試験の概要を示した説明書によると、
周囲からの騒音が聞こえないようにするための耳栓のようなものらしい。
ずいぶんと厳重だ。
恐ろしい反面、興味さえ湧いてくる。
時間を確認。
試験開始25分前には試験会場に到着及び、着席。
試験は午前8時から。または、午後8時から。
私は午前の部だから、あと、、、20分くらいある。
少し周りを見渡す。
特段目立ったものはなく、無機質な壁に飾りっ気のない天井。
机や椅子だって、良く言えばシンプルだが、単色で面白みがない。
落書きや少しの汚れもなく、新調されたみたいだ。
そういえば試験問題はどこなのだろうか。
掴みようのない疑問を漂わせたまま、試験開始時間となった。
試験用紙はロボットが運んできた。
耳栓も早急に着用するように指示され、不正は厳禁とのことだった。
試験用紙を捲り、問題に取り掛かる。
はじめは数学。
連立方程式、微積分、二次関数、グラフ。
さほど難しくはない。
カリカリカリカリ
ただ、さっきからずっと、ペンを走らせる音が耳を擽る。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
集中しようにも些か不快だ。
耳栓は意味がないのか?
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
ずっと一定。
音もリズムも間隔も。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
小さな音だけれど、
いやだからこそ擽られた耳が嫌がっている。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリ...コトン
なにか置いた?
もう終わったのか?時間は...まだ20分経過。早すぎるか?
キュッキュッ
消しゴム?なんだ、それだけか。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカ...リカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
ううっ。こそばゆい。
小さな音が、ミミズのように耳にねじ込まれる。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
無機質。感情の欠片もこもっていない。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
苦しい。辛い。吐き気を覚える。
カリカリカリカリ
喉の奥からおぞましい物体が、吐き出されるようだ。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
止まれ。止まれ。止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
やめろ。やめろ。やめろやめろやめろやめろやめろやめろ。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
脳みそを叩かれたような頭痛。
思わず頭を抱え込む。
カリカリカリカリ
鋭く尖った爪が頭皮に食い込む。
皮膚を抉り、ヒリヒリと痛む。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
気を紛らわせようと、舌を噛む。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
歯が食い込む。
頭が、頬が、舌が痛みを帯びる。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
覚えのない恐怖に襲われる。
都会の喧騒よりも、
飛び交う罵声と怒号よりも、
大声で叫ぶ狂乱者よりも、
ずっとずっと五月蝿い。
ずっとずっとうざったい。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
あ、あ、ああああああああああああああああああ。
気が狂いそうだ。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
あと、あと何分だ。
この地獄の終わりまで。
この地獄の正体まで。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
誰だ。誰だ。誰のせいだ。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
気づけば、爪は極端に短くなっていた。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
うああ゙。
誰のせいだ。見つけて殺してやる。
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
カリカリカリカリ
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「先輩。これでいいんですか?」
大きなモニターに、数十個の映像が切り替わっている。
「あぁ?知らねぇよ。全部セイフのお偉い様の意向さ。
俺等は手を出せねぇよ」
40代後半と見られる気弱そうな男性が、
50〜60代と見られる初老に声をかけている。
「でも、でも異常じゃないですか?
規定の年令に達した男女を試験という名目で一つの部屋に集める。
そこで、耳にイヤホンをつけさせ鉛筆を走らせる音を延々と流す。
極限までのストレスを与え、その状況下での反応を調べる。
結構野蛮なことをしていません?」
「まぁなぁ。でも、近年問題だもん。
自分の意見だけを押し付け、相手の意見を受け入れない。
短時間で多くの刺激を受けるものにしか興味を示さない。
なにより、我慢ができずすぐに逃げの手段を取る。
こんな奴らが蔓延りまくってるんだよ。20代は特にな。
そいつらを分別し、職場や住居を分ける。
合理的だと思うぜ、俺は」
「確かに、合理的ですね。
うわ、この人すごいな」
「どれどれ?あぁ。これは即地下行きだな。これはどこだ?」
「試験会場Ⅲです」
「なんだ。Ⅲならしょうがない。特別対象会場だからな」
「そうなんですかね。爪を噛んで。髪を引き抜いて。頬を異常なまでに掻いている。
苦しんでいる様な表情ですね。折角顔はとんでもなく美しいのに」
「あぁ。般若、泥眼。そんな表情だな」
「僕なら顔がいいので、特別対象でも恋愛対象ですけどね」
「なかなかえげついな。お前。けどおすすめはしないぜ。
付き合ったら最後。世話が大変だ」
「へぇ。まぁ僕等には関係ないですけどね」
「あぁ。苦しむのはあいつらだ。隔離する案は合理的だと思うぜ」
「えぇ。合理的ですね」
「あ、立ち上がったぞ。試験会場の扉を叩いている」
「あらら。警察ですかね」
二人の男が、モニターの中の地獄を眺めている。
完全な隔離。これがこの時代だ。
合理的だろう?




