ギャルは強い。——最初から。
……長い、長い時間が経った気がする。それこそなんで自分が目を閉じたままなのかなんてことを忘れてしまうくらいには。
もう驚異的な光はない。いつの間にか落ち着いた瞼の仄暗い闇の中にいた。
「……、……て。……——起きて」
声がした。俺を呼び起こす──その声は良く知ってる声だ。
ゆっくり目を開ける。そこで見た景色は学校のクラスなどではなく――。
「——な、なんだ。ここは……」
どこから説明すればいいのか分からない。どことなく教会の礼拝堂のような雰囲気のある大広間、その中心に俺達——俺と煌城さんと澪の三人——がいる。
正面には階段があって、その上に玉座、のようなものがある。そこに座っているいかにもお偉いさんな風体の王様? みたいな人と、玉座の隣に簡素ながらも鎧を身に着けた女性が立っている。
もっと簡単に言おう。冒険ファンタジー序盤の城だ。
「み、みんな無事、なのか?」
俺はきょろきょろと周りを見る。「なにここ」みたいな顔の煌城さんと、「とりあえずは」と不機嫌そうな澪がいた。ぱっと見では外傷はない。それは良かった。
俺も体に不具合はない。それどころか右足にあるはずの違和感が無くなっている。立ち上がってみないと分からないが、もしかして、治った?
なんだかまるで、いや、まさに、か。俺がさんざん読んできたラノベのテンプレートの一つ、「異世界転移」そのままじゃないか。
そうなると、と頭が回り出したところで玉座の隣にいた女性が声を張った。
「——聞け! 異世界より招かれた勇士たちよ! ここは魔導王城セクィント。お前たちは今、我が国家存亡の危機を救うべく召喚された救世主! ……のはずだ」
なんで最後ちょっと自信ないの? そのあと……。
「お前、たちは、えー……。この世界を救うべく、諸悪の根源たる魔王を打ち倒す旅に出てもらう! ……でいいのか? なんで三人もいるんだ? 一人じゃなかったのか?」
なんかぶつくさと玉座に座る王様? の方を見たり見なかったりと怪しい挙動が見られるが……、大丈夫なんだろうか。王様は動かないし。
「(ねね、今ってどういう感じ?)」
こそっと耳打ちしてきたのは煌城さん。そうだよな、不安だよな。
で、俺は「わかんない」としか言えなかった。情けない。
だが煌城さんは滅入るとかそんな様子は見せず、「そっかー」と納得し前を向いた。「よくなくない?」と澪のツッコミも聞こえたが、実際なんにも分からないので何か教えてくれそうな人が喋っているうちは黙っている事にする。
「あ、そうだ。……ん゙ん゙っ! まずはお前、たちの実力を見せてもらう! セルジオ卿、任せる」
「ほほ……、やっと出番かえ」
俺たちの傍、柱の陰から一人姿を見せる。それまで全く気配の無かった老人が目の前にやってくる。ローブを着た……、いや、ザ・魔法使いの老人と言ってしまった方が伝わりやすいだろう。
その老人が杖をこちらにかざす。同時に俺達の周囲に仄かな光が満ちる。
「……、一番強い魔力を持っているのは金髪のお嬢さんか? 素養だけ見ればワシより上か……。いや、そちらの黒髪のお嬢さんも引けを取らない魔力を持っておるな。だが変わった魔力の指向性を感じる。ふうむ、優劣のつけ難い優秀な魔法使いになるじゃろう」
とかなんとか言ってくれる。それを「そうかそうか!」と嬉しそうに女性騎士は頷いている。メタい発想だが、俺達を召喚して成功した、と思いたいのだろう。
「ふぅむ? じゃがそちらの男児よ。どうにもはっきりせんな。強い弱いという指標の上にいないような……、まるで――実力を隠しているかのようじゃ」
うーん。実力隠し系のラノベも知ってはいるが、今の俺はそういうのじゃない。むしろ骨折していた分能力が下がっていそうなものだが……。
「大体分かった。感謝するセルジオ卿。さて――、では実力を見せてもらおうか。ついてこい」
なんて言い出した。え、実力? なんかするの? とハテナが頭の上に浮かぶが、玉座の高さから階段を降り、俺たちの横を通り過ぎるときに見えたその女性騎士の横顔がとてもウキウキとしているように見えたので、まあ、ついていく。
異世界的な、地球でいう北欧感のある顔立ちだが、綺麗な顔だなぁ、なんて感想をもってしまう。それを見逃さんと脇腹に指が刺さる。
鼻の下。と口パクで澪が訴えてくる。仕方ないだろ、美人なんだし。
***
城の中を歩いて移動する。
俺は、の話だが。足はすっかり元通り。なんなら調子がいいまである。不便なく普通に歩いていた。
歩き始めは「大丈夫?」と二人のギャルに挟まれたが、大丈夫だと伝えるとそわそわしながら前を行く女性騎士についていく。
しばらく歩いての感想は「すごーい」とか「わぁー」しか出てこなかった。ヨーロッパの城の中とかこんな感じなんだろうか。テレビで見たあんな感じが目の前にある。
して、開けた場所で足が止まる。四方が城壁に囲まれた、ちょっとした訓練場なのだろう。端の方に中国映画で見た木人があったり、弓道で使いそうな丸い的があったり。……異世界だな、と改めて思う。
「では実力を見せてもらうとしよう。——金髪の。名は?」
「ア、アタシ!? えっと、煌城燈、です……」
「ふむ、アカリ。まずはここから、あの、的を撃ち抜いてみろ」
「撃ち……? どうやって?」
「そりゃ――魔法でだが」
さらりと言ってくれたが、魔法を使えと。異世界人をなんだと思っているんだ。
というか、ここへ来てからの待遇にも文句がある。異世界はこちらの事情を知ろうとしてくれたか? いや無かった。すべて押し付けられるようにここまで進んできた。
理不尽。腹が立つ。反骨心が湧く。と思うのが普通だと思う。
「——オッケー!」
「え?」
驚かされたのは俺の方だった。煌城さん、オッケーって言った?
「き、煌城さん? え、っと。魔法の使い方、というかなんかいろいろ分かるの?」
「ううん、分かんない。でも魔法ならほら、貸してくれた本にあったじゃん」
貸した本。ラノベか。確かに剣と魔法の冒険ものも結構あるが……。
——あんなものは創作、作り話なんだ。今どうこう出来るような、ライフハックとは違う。
「なんとかなるって! よーし、いっちょやりますか!」
俺の弱弱しい制止も聞かず、的が狙える位置に立つ。不安だ、そんな感覚だけでなんとかなるなら苦労はしない。——と、彼女は。
「——祖が統べる天地を分かちし天鳴よ。我が元に来たるは開闢の祖——」
なんと流暢に、魔法に? 必要? な詠唱? を始めた。
なぜそんな事が……と疑問が浮かぶ。俺には与えられなかった異世界情報とか持っているのか? 疑問は尽きない。があることに気付く。
「——吹きすさぶ磁界、地を割く雷鳴、天を染める灼炎——」
魔法の詠唱はラノベ、「ソードオブファンタジア」に似ている。だがよく聞くとバラバラな事を言っている。彼女は、本当になんとなくでやっているんだ……!
だが彼女の周りには光が集まりつつあった。何が起こるか全く分からないが、何かが起こる、かもしれない。
「満ち、現れよ……! ……」
……。ど、どうした?
「——。……忘れた! えーい♡」
と言った彼女は、的へ向けて指ハートの照門を通してウィンクをした。
同時に、音もなく、光さえ遅れて、彼女の狙った直線が墨汁のような光を呑み込む黒の一閃が”まず現れた”。光が現象として世界に映し出される前に”現象が確定”。その後に破壊があり、狙った的とその直線状の全ては消し飛んだ。
……みたいな説明がその小説にはあった気がする。俺も何を言っているのかはよく分かってない。
「まじで言ってんの……?」
と澪も放心状態。俺もびっくりだ。本当に”何か”が起こるなんて。
「笛木~、ぶいぶい」とピースしている煌城さん。かわいいが、今は恐ろしく映る。
「セルジオ卿! 今のは――」
「ああ……。魔法を修めたる祖、七賢人の一人が提唱した魔術奥義の一つ、<極性魔法>。扱えるものなどこの世には存在せんと思ったが……、しかし発動直前のあの構え……古文書に記載があったような。そも極性魔法とは――」
……なんか隣で専門用語の連発が始まった。聞かなくていいだろう。
上機嫌で戻ってくる煌城さん。「どうやったの?」「わかんな~い」とふわふわしている。なんかすごいことが起こった、くらいの感覚なのだが、反動とかないのだろうか。実はダメージが、とか。
「うむ。アカリ、見事だった。ではそちらの少女も、なにか見せてくれ」
「わ、私も!? え~……、ど、どうしよ……」
いきなり振られる無理難題に困り顔の澪。手助けしたいが、俺だって訳が分からないのだ。何を言えばいいのかも分からない。
女性騎士が「さあさあ」と的の前に立たせる。俺に助けを求める視線を送ってくるが、俺には何も出来ない。
「ゆ、悠馬っ! なんか、コツとか……」
「すまん分からん! 感覚で! 想像力だ! 澪!」
なんて適当な事しか言えない。異世界のどうこうなんて言えるわけがないのだ。
「……名前で呼ぶんだ」
「?」
煌城さん? 小さくて聞き取れなかった。もしかしてコツとか?
「”煌城さん”、もしかして何かあったり?」
「え? ううん、分かんないよ。でも……」
煌城さんはグっと親指を立て――。
「やればできる!」
……と言った。いやいやいや。
澪は眉間に皺を寄せたまま的を睨んでいる。
「どう、って。やればって。こう、なんか、……こう?」
煌城さんの見様見真似で指ハートとウィンクをした。雰囲気ダウナーな彼女がこんな事をするなんて珍しい……!
「澪がカワイイポーズを……!」
「う、うっさいなぁ!」
と感心していると俺と澪二人同時に異変に気付く。
「え」
「は?」
いつの間にか、音も光もなく、何の痕跡も無く、——的が”抉り取れていた”。
抉り、というのは状況判断でしかなく、的があったはずの場所の周囲の土が、引き込まれたような感じに見えるからだ。かすかに、としか。
「な、なんか出来た? んですケド……」
頬を掻きながら戻ってくる澪。出来る、のか。すごいな。
「……見た?」
「ああ、見てたぞ。お前の――」
「言わなくていいって! ああ、ハズいぃ……」
指ハート&ウィンクなんて、結果から見れば気にしなくていいのに。やるだけやって何も起きませんでした、のほうがよほどハズいだろうに。
「セルジオ卿! 今のは……」
「ワシにもはっきりと見えんかった……! しかしアレを可能とするなら”虚”の術式しかありえん。ならば必然、これは八次元の――」
また始まった。専門用語は聞き流して、と。
「すごいな。二人とも魔法が使えるなんて」
「いや~実感ないけどね?」
「うん。私だってなんか勝手にって感じだし」
謙遜、ではなくホントにそうなんだろうな、と信じられる。この中で一番異世界に詳しいのは多分俺だろうけど、その俺より早く魔法を会得した。
なんか……、すごい。
「いやぁ、すごいな二人とも。私はとても安心している。これほどの実力があれば魔王の侵攻など恐れるに足りんな! はっはっは」
女性騎士がすごく上機嫌で言っている。判定はよく分からないがとにかくよかったのだろう。ならよかった――。
「——最後に男児。お前の力も見せてみろ」
——ですよね~……。
「ふふ、期待しているぞ?」
女性騎士はいたずらっぽく笑う。俺は――。




